元勇者の異世界一周一人旅
今日もミズキは小さな村の小さな広場で演奏をしていた。演奏が始まって間もないが、大勢の人だかりが出来ている。
(今日で一週間か・・・次はどこへ行こうかな?)
ミズキは一週間ごとに滞在する場所を変え、行く先々で毎日二時間ほどの演奏をしている。目標はこの世界『アルステラ』を一周、つまり世界一周する事だ。
(少し遠いけど、『アンダロト王国』に行ってみようかな。料理も美味しいらしいし。)
アンダロト王国はアルステラ四大王国の一つで国の歴史は一番古い。そのため、観光客の他に歴史や文化を学びに来る学生も多い。
そんな事を考えながら演奏していると、気づけばそろそろ最後のサビに入る。
たまたま通りかかったから、という理由で来たこの村だったが、宿屋の夫婦やお店のおじさん等、色んな人達に一週間だけだがお世話になった。
こういう小さな村だからこそ人の思いやりの心や、お互いに協力したり助け合いながら生活していく事の素晴らしさを実感出来たのだと思う。
演奏が終わり、ミズキは立ち上がり一礼をする。一呼吸おいて、いっせいに喝采の拍手が鳴った。
鳴り止みそうに無い拍手だったが、急にやってきた激しい地鳴りと地震によって止められた。
村人達は経験したことの無いような事だったのだろう。悲鳴をあげる者や腰を抜かして地面に座り込む者等、さまざまな反応をしていた。
(やっぱり私って魔物と戦う運命なのかなぁ・・・)
ミズキはこの地鳴りと地震を知っていた。それは、勇者としてこの世界に召喚されてから幾度となく経験した大型の魔物が出現する前兆だ。
魔王を倒してからは、今まで一度も無かったので安心していたが、それはただ単に運が良かっただけらしい。
「おい!あれを見ろ!」
男の人が村の入口の方を指す。そこには三十メートルは優に超える大きな大蛇がいた。『ディザスターサーペント』だ。その強さは勇者のパーティが完全装備で挑んでも苦戦したと言われているほどだ。
(ここは何としても守ってみせなきゃ!)
ミズキは弓を手に取り、村人達の前に立つ。ディザスターサーペントの脅威は村人達も知っているからか、「無謀過ぎる!」や「あの勇者様達でも苦戦したんだぞ!?」という声が上がった。
村人達は気づかない。ミズキがその勇者であった事に。それもそのはず、ミズキは魔王を倒した後、ゆっくりと旅をしたいが為に知り合いの術師の協力で肉体を乗り換えたからだ。しかも、その肉体は普通の肉体では無く、俗に言う『ゴーレム』や『ホムンクルス』と言った類いの肉体だ。いろんな意味で人間の肉体の頃より強くなっている。
ディザスターサーペントが吼えた。凄まじい風圧が襲いかかる。
《サーペントバイト》
ミズキは矢をつがえ、頭部を狙って打ち放つ。この一撃で倒せればいいなと思っていたが、流石にそこまで甘くなかった。ギリギリのところで回避され、かすり傷しか与えることが出来なかった。
《エアロバイト》
反撃する時間を与えず次ぎ矢を放つ。サーペントバイトより威力は落ちるが速度は段違いに速い。これは避けられなかったようで頭部に直撃した。
ディザスターサーペントは大きく体を反らし、村に向かって倒れ込む。どうやら村ごと押し潰すつもりらしい。
《アイギスの盾》
ミズキは慌てて防御結界を張る。あと少しタイミングが遅ければ村は木っ端微塵になっていただろう。村人のほとんどは今ので腰を抜かしてしまって動けなさそうだ。この村に魔法に詳しい者がいなかったのが幸いだった。魔法に詳しいものがいたらこの戦闘後に質問攻めにあった後、たちまち噂が他の場所へと広がるだろう。記憶を強制的に消す術を使えばいいのだが、そんな非道徳的な行為をミズキはしたくない。
アイギスの盾は神話魔法の一つであらゆる攻撃を受けても傷つくことは無いと言い伝えられている。
神話魔法とは、究極魔法の上位で神話等でしか登場しない、神々が使う最上位魔法というのが一般的な認識で、神話魔法の再現を国家規模で挑んでいる国もある。
しかし、神話魔法は存在するし、それを使える者だってごく一部だが存在する。神話魔法を使える者はもれなく人外でミズキもその一人だ。いくら勇者とはいえ人間の肉体では持てる魔力量には限りがあった。肉体を乗り換えた事でようやく一回分使えるようになったのだ。つまり、これは最終手段であり、最後の切り札でもある。ミズキはカバンから魔力薬を取り出し、一気に飲み干す。
《付与魔法:追撃》
《エンシェントアロー》
《ボムショット》
純白の光を纏った矢が放たれ、それに追従して他の矢も飛んでいく。純白の光を纏った矢はディザスターサーペントの頭部を撃ち抜き、追従していた矢は頭部に当たった瞬間に爆発を次々に起こす。ディザスターサーペントは大きくよろめき、村とは反対方向に倒れ、灰となって消えた。倒れた衝撃で出来た穴の中心には紫色の巨大な魔性石が一つ落ちていた。
「す、すげぇ!」「ありがとうございます!」「命の恩人だ!」「助かった!」
戦闘が終わった途端にミズキの周りに集まり、感謝の言葉を述べていく。少ししてミズキの周りにいた人達をかき分けるように一人の老人が出てきた。ここの村長だ。
「旅の方、村の危機を救ってくださりありがとうございます。」
「いえいえ、この一週間お世話になった恩返しという事なので気にしないでください!」
その日の晩飯はこれまでより何倍も豪華だった。いつもはパンとスープとサラダくらいだったのが、ステーキにライスに揚げ物等々、「こんなに作って今後の生活は大丈夫なのか?」とミズキが心配になるほど豪華だった。
ディザスターサーペントが落とした巨大な魔性石は広場にある噴水の近くに飾ってある。ミズキも今まで見たことが無いくらいの大きさで、売ったら小さな国が一つ買えるだろう。村長は「この村の宝にして受け継いでいく」と言っていたので売る気は全くなさそうだ。
翌朝、ミズキが村を出る時には村人が全員入口で待っていた。そして、宿屋の奥さんからリンゴを三つ貰った。奥さんが育てている自慢のリンゴらしい。
「では、一週間という短い間でしたがありがとうございました!」
ミズキは一礼をし、村を出る。村人達はミズキの姿が見えなくなるまで見送り続けたのだった。
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「本当にこの辺でディザスターサーペントが出たのか?どこも変わった様子がないんだが・・・」
「なんだか平和って感じですよね。」
ミズキがいた小さな村の方向へ向かって歩く男女五人組。服装はバラバラだが、彼らが持っている武器にアンダロト王国の紋章が刻まれていた。彼らはアンダロト王国の極秘調査部隊でディザスターサーペントが出現した場所の調査をしに来たのだ。五人ともディザスターサーペントの恐ろしさは理解していたので初めは警戒しながら歩いていたが、見渡すかぎりの草原に警戒心が次第に薄れていったようだ。
「・・・む?誰かこっちへ来るぞ」
リーダーらしき男がそう言った少し後に、五人組の方へ歩いてくる者が見えた。金髪碧眼の少女、ミズキだ。リンゴをかじりながら鼻歌を歌っている。ミズキも五人組に気づいたようで軽い会釈をした。
「キミ一人かい?ここら辺はあまり魔物はいないけど、一人で出歩くのは危ないと思うよ。」
五人組の一人、人当たりの良さそうな女性がミズキに話しかけた。
「私だって一応冒険者なんです!自分の身くらい守れます!」
ミズキは子供扱いされたのが気に障ったようで、噛みつくようにそう言った。
「あぁ、そうだったの。ごめんごめん。武器を持っているように見えなくて。」
「・・・武器はこれです。」
そう言われてミズキはしぶしぶ弓を取り出した。
「空間魔法!?」
次に声を発したのは、大剣を背負った青年だった。何も無い所から物が出てきたのでそう思ったのだろうが、実際は異世界に召喚された時に貰ったスキルだ。空間魔法を使える人物は少ない。ミズキも使えるのだが、空間魔法でアイテムを収納している間は常に魔力を消費しなければならないのでほとんど使っていない。
「見たことない弓だな・・・何という名前なんだ?」
五人組のリーダーはミズキの弓を見てそう言った。
「そりゃあ見たことない弓でしょう。なんたってヤドリギで出来てますからね!あ、名前は秘密です!」
ミズキは再び弓を仕舞う。
「ヤドリギで出来た弓かぁ・・・どこかで聞いたことあるような・・・?」
双剣を腰に装備した女性がそう呟いた。
「あ、じゃあ私は急いでるんで!さようなら!」
ミズキは弓の正体がバレたらまずいと思い、逃げるようにその場を去った。
「なんか、元気な子だったね。」
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その後、五人組はしばらく歩くとミズキが泊まっていた村を見つけた。村は至って普通の村だったが一つだけ不審な点があった。村の入口の少し先に巨大な穴が出来ていたのだ。
「何だろうね、この穴。」
五人組が巨大な穴を覗き込んでいると村人がやって来た。
「この穴はつい先日に現れたディザスターサーペントが倒れた時に出来た穴何ですよ。穴を埋めようにも大きすぎるのでそのままにしてるんです。」
「「「「「ディザスターサーペント!?」」」」」
五人は声を揃えて言った。
「え、あ、はい。旅の吟遊詩人の方が演奏し終わった時にですね。地鳴りと共にディザスターサーペントが出てきたんです。そしたら、その吟遊詩人の方が弓でディザスターサーペントを倒して下さったんですよ!ちょうど二時間前くらいに出ていったのでもう少し早く来れば会えたかもしれませんね!」
村人は話の途中からあの時の興奮を思い出したのだろう。意気揚々とその時の状況を語ってくれた。
「もしかして、あの子じゃない?あの子がやってきた方向もこっちからだし。」
「確かにそうかもしれんが・・・本当にあんな少女にディザスターサーペントが倒せるのか?」
リーダーの男は村人にその冒険者の容姿や服装を聞いてみた。村人が言った容姿や服装はさっき五人があった少女とバッチリ一致していた。
「せめて名前を聞いておくんだったな・・・その吟遊詩人は、どこに行くとか言っていなかったか?」
「いえ、そんな事は一言も。なんでも世界一周するとかなんとか。」
「そうか。分かった。」
五人はこの村で一晩過ごす事にした。村に入ると村人達は一斉に五人組に駆け寄った。ディザスターサーペントの件があったばかりだからだろう。村人達はキラキラとした目で五人を見ていた。
「おぉ、旅の方よくいらっしゃいました。ちょうど最近、別の旅の方に大変お世話になりましてな。ごゆっくりお過ごしください。」
五人に声をかけたのは村長だった。
「あぁ、ありがとう。一日だけだがそうさせてもらう。」
五人は村を散策していると噴水のある小さな広場にたどり着いた。
「こ、これは!」
五人が驚いたのは噴水の隣に飾ってあった巨大な魔性石だ。五人も見たことの無いほどのサイズだった。
「これは旅の方がディザスターサーペントを倒してくださった時に落ちた物です。なかなか置く場所が決まらなくて、とりあえずここに飾ってあるのです。」
「ここにディザスターサーペントが現れたのは本当だったのか・・・」
実はあの少女が村人達に幻覚を見せていたのではないかと密かに思っていたのだが、これを見せられると本当にあの少女がディザスターサーペントを倒したのだと認めるしかない。あの少女は一体何者なのだろうか。リーダーの男が考え込んでいると
「あ!思い出した!」
突然、双剣を持っている女性が叫ぶように言った。
「うん?何がだ?」
考え事を邪魔されたのが嫌だったらしく、少しイラついたように男は言った。
「あの少女が持ってた弓だよ!あの弓は多分ミスティルテインだと思う。」
「は?ミスティルテインってあの神話に出てくる剣だろ?」
「いや、ミスティルテインは剣だったり弓だったり、話によって違うんだ。それにミスティルテインはヤドリギっていう意味もあるしね。」
「じゃあ、あの少女が持っていたあの弓は神話武器だったのか?ますます何者か気になってきたな・・・」
ディザスターサーペントがここに突然現れた事に、それを倒したうえに神話武器を持っている少女の事。五人にとっては予想以上の収穫だった。もう一度あの少女に会ってみたいと思っているが、世界一周するために旅をしているらしいので会える確率は極わずかだろう。そう思っている五人だが、この後またすぐに会うことになるのだった。
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