EGOIST~最後まで僕は君を思う~
夢の中で彼女の声だけが脳内に響き渡る。
『君にはわからないでしょ?私の苦しみなんて。』
今日の絵梨ならそう言う気がした。
ーーーわかるよ、僕も好きな子いるもん...
と心の中で僕は囁いた。
『どうせベールでしょ?』
ーーーそうだよ
『それは恋とは言わない、ただのアイドルへの憧れ』
ーーー違う...
『現実から逃げようとしてるだけ』
ーーー違うんだ
『彼女のいる世界と君のいる世界は違う』
ーーー違う!それでも僕は奇跡を願っている
『本気なの?』
ーーー本気さ、彼女が好きだ、『そばにいたい』の好きだよ。
『結局外見で決めてるだけ』
ーーーそうだな、本人を見たら自分の理想が破滅するかもな。
『そう言うのをいい加減っていうの』
ーーーだけど、僕は信じたい、好きになりたい気持ちさえあれば、自分に嘘をつき続ければ、それはいつか事実になるって
『だけど、前提として君には彼女に会えることはない』
ーーーそのために頑張って彼女のいる世界に入る
『どうやって入るの?』
ーーー死に物狂いでイラストレーターでもマネージャーでも、ミュージシャンにでもなってやる...って言いたいんだけどな
『?』
ーーーベールはいついなくなるかするかわからない、その時になると彼女は永遠に消える。
『じゃあどうするの!はっきりして』
ーーーうん、だからさ僕は今始める、そして今の僕にできること、それは...
『それは?』
ーーーそれは...ラノベ作家になること。
...
16の春、僕、佐藤秋人は恋に落ちた。
それは、学校に来た謎の転校生でもなければ、偶然出会った不思議な女の子でもない。
空想上でしかないバンドのボーカルだった。
バンド名は『オラシオン』スペイン語で「祈り」を意味するらしい。
そして肝心なボーカルの名前は『βONE』、これはドイツ語での後悔、『ベダウアン』をアレンジした言葉だという一説もあれば、英語で『Better One』だという説を唱える人も少なくはない。
バンドもボーカルも、アニソンを歌う、アニメが由来のキャラで実在しない。
そして名前の真意も一切公開されてない。
彼女の歌の題材の多くは後悔や生きることへの苦しみ、死の恐怖に対するあがきと言ったものだ。
だが、何よりも心を引いたのが、『ベータワン』のキャラを演じる女性だ。
誰も素顔を知らないというその神秘さもありファンは皆彼女をこう呼ぶ、謎多き『ベール』と。
ネットでの情報は僕と同じ16歳とまでしか言ってない。
徹底してなりきり、どれほどキャラに自己を捧げたのか僕には想像もつかない。
彼女の歌を初めて耳にするとき、全身に電気が走るような感じがした、まるで自分の心に悔い訴える、そういう歌だった。
アニメ好きな自分に、ほとんどぼっち状態の僕に、彼女の歌は心の芯までズシンと届き、まるで僕のために歌い、僕のためだけに生きるようにも思えたぐらい心を優しく包む歌だった。
それ以来、彼女の歌やアルバムを楽しむのが僕の生き甲斐と言えるものになった。
それでも、一目でいいから会ってたい、彼女に会ってみたい、いや違う...本当は...彼女と...
「彼女と一緒に青春を謳歌したいのだ!!!...」
ハッとすると僕はベットの上に立っていた、寝言で本音を叫びながら起きてしまったらしい。
枕元の時計に這い寄り、覗き込むと、7時20分、登校はギリギリセーフのようだ。
僕は佐藤秋人、『ベール』を好きになって早一年だが、十七になる僕の心の中で彼女への情熱は真冬であろうと今も燃え盛っていた。
「アッキー!!学校いくよ〜!」
目の前にある窓の外から女の子の声が聞こえてくる。
『ガララ』と窓を開けると真冬の冷たい風が顔に当たり目を覚ます。
案の定、玄関付近に制服姿の、両手でカバンを提げる絵梨がいた。
僕が二階のこの部屋に居るのは知っているため、こちらをまっすぐ睨むように見ている。
随分待ったんだろう。
「悪い、今いく!!」
僕はすぐに着替えを済ませ、部屋を後にした。
階段を駆け降り、洗面台に向うが、温水を待たずに顔を洗う。
「冷たっ!!」と僕は思わず口に出した。
冬の冷水は特に冷たく、顔にひび割れがあるのかと思わせるほど冷たさが顔に刺さる。
僕は思わず洗面台にある鏡にのぞき込む、そこにいたのは見慣れた平凡な顔で、整っているものの、ニキビが二、三個と目立つという、どこにでもよくある顔立ちだった。
「あき~朝ごはんは?絵梨ちゃん待たせてるんでしょ?」
厨房に方から母の声がした。
「いやらい」
歯ブラシを口に含みながら、もごもごと僕は返事をした。
「もう~毎朝作っても食べないんだから、それだから体も細いし、身長伸びないのよ」
僕の言葉を理解したようで、そう答えるお母さんに僕は口を漱ぎ終わるまで返事をしなかった。
「いいよ、身長も百七十ちょうどだし、体格も人に負けてないからさ!行ってきま~す」
「ハイハイ、じゃあ気を付けて行ってらっしゃいね」
「おう」
リビングのハンガーにかかった紺色のジャンバーを着て、玄関に向かった。
玄関に前日置いてあったカバンを拾い上げ、僕は玄関を飛び出して行く。
そこにいた絵梨はむくれながら僕を見つめる。
「いや~なんか、その、待たせたな...」
申し訳なさそうに僕は言った。
「いいよ、行こう、アッキーのせいで遅刻するかも」
彼女は拗ねた顔をしながらすたすた先に歩き始めた。
「だから悪かったって」
僕はバツが悪そうに彼女の後ろを追う。
「クスッ!ウソだよ〜別に気にしてないし、十分間に合うからさ」
「クッ!...」
僕は茶化されていたことに気ずいた。
彼女はクスクス可愛げに笑う、そして事実かわいいので僕は彼女を直視できない。
彼女の名前は澤地絵梨、僕の家の左隣に住む幼馴染みの同級生だ。
ショートの茶髪とつぶらな瞳が特徴のごく普通な女子高生だ...少なくとも僕にはそう見える。
学校での絵梨は無口で少し暗いが人気者だ。
成績優秀、スポーツ万能、容姿品性共に二重丸とたきたら誰もが憧れるものである。
変わって僕は、根暗いのは一緒だが、窓辺に座り、まともな友達のいないぼっちだ。
彼女は寒がりのようで、ピンクのジャンバーにマフラー、手袋にミット帽子で、全身淡いピンク色に覆われていた、ただ一箇所、マスクだけが白かった。
「フン!僕を茶化して楽しかったのか」
「ごめんごめん、なんか意地悪したくなっちゃうんだもん、アッキー鈍いから」
彼女がこんな話し方をするのは僕と家族だけだ。
「それで?マスクどうしたの?風邪?」
僕はさりげなく聞いた。
「うん、ちょっとね、咳がひどくて。」
「ふ〜ん、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫、それよりニキビ増えたけど?」
彼女はよくそういうところデリケートなしに聞いてくる。
「べ...別にいいじゃんか...年頃ってことだよ」
僕はブツブツと言いながら、顔を隠す。
「また徹夜でもしたんでしょ!だから今朝も起きられなかったのか!」
「ングア!...」
僕はベロを出しながらごまかそうとした。
「ごまかそうとしてもダメ!そんな徹夜したら体に悪いでしょう!どうせまたベールなんとかの歌とか聞いてたんでしょ!」
彼女は母親のように、いや、それ以上に厳しく僕をしかる。
「いいだろ?別に」
「ダメよ、今日テストあるから昨日あれほど早寝しなさいって言ったじゃん」
僕は言い返すことができなかった。
「で?その...朝ご飯は食べたのよね?」
彼女はいつものように聞く。
「食べてないよ、時間なかったし」
僕は食べてないことを白状した。
「じゃ~ちょうどいいから、さっき家出るときサンドウィッチ作ってきたわ」
彼女はカバンに手伸ばしきれいに包んだサンドウィッチを取り出した。
「いらねーよ」
僕はなんとなく受け取りずらかった。
「いいから、食べなさい、急いでたからそんないいものじゃないけど」
彼女が僕に押し当てるので僕は仕方なく包みを開けてみた。
そこには豪華なサンドウィッチがあった、これでよくないとか逆にむかつく。
そう思いつつ僕はかぶりついた。
「どう?おいしいかな?」
彼女が自信ありげに聞いてきた。
「まあまあ、かな?」
「はぁ?うまいっていってよ~もう~」
彼女はわざとぷいっとなり、眉をひそめ僕を見つめる。
「プッ!ハハハ!」
僕はおかしくて笑ってしまた。
「もう~そこ笑うとこ? フッ...ハハハ」
すると今度は彼女も思わ涙がこぼれるほどに笑い出した。
そして、僕らは学校までの間、他愛ない話をつづけながら、笑い合った。
...
「はぁ~終わったわ〜、いろいろな意味で終わった~」
テストが終わり、僕は大きなため息を一つつき、席で仰向けで嘆いた。
「元気出して、テスト終わったんだし」
後ろの席にいる絵梨はそう僕を慰めた。
「だな、これで気ままなくベールちゃんの歌が聴ける」
仰向けで逆さに見える彼女の顔に目をやると、彼女は苦笑いしながらこちらを見ていた。
「カラオケでも行く?明日から冬休みだし」
彼女はウキウキで提案してくる。
「いや、パスしとくわ、音痴の歌聴くより僕はベールちゃんのほうが良い」
わざとからかうような口調で言うが、彼女はわざとらしいくらい正真正銘の音痴だ。
「あ〜ひどい〜」
彼女は顔を膨らませた、怒ったふりだ。
僕は上体を起こし教室を見渡す。
普通としか言いがたい教室だ。
僕らの席は窓辺で最後列で、教室をよく見渡せる。
前と後ろにはスライドドアという定番を外さないというありふれた設計だ。
壇上の緑の黒板はこれといった特徴もなく、チョークの跡が何か所にあるだけの普通な黒板だ。
そんな日常的な風景はテストで疲れ果てた僕をどことなく癒す。
僕は教室の後ろの公告板に万弁なく貼られたクラスメイトの書初めに目を止めてさりげなく呟く。
「帰るか」
「うん、帰ろうか」
その言葉を待っていたらしく、彼女は机の横にかかったカバンに手を伸ばす。
僕は重たい足取りを何とか運び彼女についていく、ほとんどのクラスメイトが帰った空っぽな教室を出た。
階段を下り、玄関で靴を履き替える。
下駄箱から靴を取り出し、僕は座り込んだ 。
外靴に履き替える。
「うっ...」
絵梨は開いた下駄箱の前に立ち尽くしそう呻く。
僕は恐る恐る立ち上がり、彼女の靴箱を覗き込んだ。
案の定彼女の靴の上には一通の手紙が置いてあったのだ。
そして、それはどこからどう見てもラブレターでしかなかった。
「またか...これ今月で三件目じゃね?モテるね〜」
僕は揶揄うように彼女に言った。
「ハァ、笑い事じゃないんだよ?毎回断るの辛いよ」
彼女はため息をつき、顔を伏せる。
本当に悩んで居るようだ
「えっと...なんか...悪かった...じゃあさ、返事しなきゃいいじゃん?」
「ダメだよ、真摯に答えないと、向き合ってくれない辛さは私が一番よく知ってるから」
そう言う彼女の表情は悲しみがにじみ出ていた。
「ふぅん〜まぁまた帰ったら考えよう」
僕は慰めるようにそう言った。
「うん...」
彼女は頷き手紙を鞄の中に入れ、靴を履き替えた。
帰りの道中、僕たちは言葉を交わすことはなかった。
...
土曜日の午後、絵梨は僕の部屋にいた。
家が隣のため、彼女と僕の家は仲が良かった、なので時々彼女はこうして家族に連れられてうちに来る。
僕の部屋は二階の端にある、大きくも小さくもない部屋だ。
ドアを開けて入ると、右側にはラノベや漫画でいっぱいの本棚があり、左にフィギュアだらけの机が設置されてある。
右奥にベットがあって、横と頭のところに窓が二つある、少し中二心を唆る基地的な要素があった。
ベットの横にある窓の外を覗くと、絵梨の部屋が2メートルもしないところにあって、なんという偶然か窓の位置がちょうど向かいになってる。
そんな僕のオタク感丸出しの部屋で今一人の美少女が当然のように僕のベットで座りながら漫画を読んでいる。
対して僕は床暖房のない真冬の地べたでパソコンを見ていた。
「おかしくないか?ぼくの部屋なんだけど...」
僕はブツブツと言った。
「そう?じゃあアッキーもこっちくる?」
彼女はこっちを見て寝転び、意味深に言う
「じ!冗談じゃない!僕は冷たい地べたで結構です」
僕は慌ててその悪魔からの誘いを断る。
「そう?残念」
彼女はつまらなそうに起き上がる。
「私ね...昨日断ってきたの」
「あの靴箱の人?」
「そう...でね、彼の顔を見て急に思ったの、可哀想だな〜って」
彼女はどこか悲しげに言った。
「そう?でもそいつが勝手に好きになったんだから、君は悪くないよ」
「辛いよ、断るの、アッキーにはわからないでしょ?断る方も断られる方の気持ちも」
彼女は僕の顔を微笑みながら見つめる、だがそれはまるで僕に訴えるような、どこか寂しい目だった。
変だ、普段ならこんな話し方はしない。
「俺だって...わかるさ...人を好きになる気持ちぐらいは」
それでも僕は悔しくてつい言い返した。
「どうせそのベールでしょ?ありもしないもの追いかけてどうするんですか?」
彼女の声は震え、言葉に一瞬だが怒りさえも感じられた。
「別にいいだろ!僕の勝手なんだから」
つい大声が出てしまう、ベールまでが見下された気がしてたまらなかった。
「うん、そうだね、だからもういいでしょ?どうしても誰かが傷つくのなら...自分の気持ちがやっぱり一番大事だよ、人生悔いのないように生きたかった」
彼女は僕のほうを向かない、漫画本をぎゅっと握りしめ横を向く、目が赤かった。
「なんだよ...それ...」
「ごめん...変なこと言って、今のは忘れてね」
僕は黙り込んだ、どう返事すればいいのかわからない。
「絵梨ちゃん、ママたち帰るわよ〜」
一階から絵梨の母親の声が響く。
「じゃあもう行くから、またね」
そういうと彼女は立ち上がり僕の横を通り抜ける。
僕は下を向いたままでいた、今の彼女の顔は見たくない。
『バタン』
ドアが閉まる、その扉は全てを遮るように、静寂だけをこの部屋に閉め込めていった、パソコン画面の中のベールだけが相も変わらず寂しげに、未来に向かって祈りを捧げている。
...
それは16歳の春休みの終わりだった。
絵梨は家族と旅行に出かけていて、遊び相手がいないぼっちな僕だけが部屋にいた。
こういう日はよくパソコンとにらめっこをしている。
「アニメの最新情報か...」
いつものように僕はアニソンやアニメ紹介のページを開く。
「え...」
そこにはいつもとは違う光景が広がっていた。
普段ならいろいろなアニメやニュースでごちゃごちゃな掲載版が今日は統一されて、一つの画像だけが載っていた。
「ベータワン...?架空のボーカル?」
そんな変な名前の歌手を僕はこの日初めて聞いた。
大きく貼られたその歌手のイラストはシンプルだが、心揺さぶる美しいものだった。
白い背景に、横向きで、ベールを被った女の子が真ん中にいる簡易な構図だ。
女の子は高校生ぐらいで、潔白な服装に身を包み、天高くに祈りを捧げている、頭上から差し込む光は彼女の存在を神々しく想わせる。
スクロールしていくと、僕は一つのリンクにたどり着いた。
「デビューソング『EGOISM』?」
曲名を口にしながら僕は動画を再生した。
ピアノのメロディーが流れ出す、とても繊細な音色で優しく指が鍵盤を跳ねてゆくのが目に浮かぶ。
僕は柔らかい曲調の中自然と目を閉じた。
そして、ボーカルが歌い出す。
その瞬間、僕の体に電気が走った。
目に浮かんだのは見たことのない景色が並ぶ異境、美しい光景は言葉にすることができないほど圧倒的だった。
耳にはボーカルの歌が紡ぎ出す優しくも、悲しい力強い心の叫びが響く。
そして、心に共鳴するその歌声はまるでイラストの女の子が優しく僕を抱きしめるようだった。
視界が霞んでゆく、世界を一変させるその声は時を緩めたようにも感じられれば、一瞬にして時が失われるとも勘違いする。
時間の概念が覆った、この世と思えないその歌声は世の中のどの言葉でも表現できないだろう。
そして、僕はそんな歌声を持つ彼女に恋をした。
...
目を開くと白い天井がうっすら目に映る。
意識が朦朧とする中、僕は思い出した、考えすぎて寝てしまっていたことを。
考えてたのは午後に絵梨がきた時の話だ。
彼女の声が脳内に響き渡る、言葉が頭の中を駆け回った。
時計の針は十時を指している、明日は日曜なので絵梨はまだ起きているはずだ。
絵梨の部屋が見える窓に這いよる、そしてそっとカーテンを開くと、外は真っ暗で、絵梨の部屋の明かりはもう消えていた。
心の中にはもう答えは決まっている、僕はそれをどうしても彼女に伝えなければならない。
だけど、もうどう彼女に接していいか僕にはわからない。
そうこう考えているうちに絵梨の部屋で電気がついた、シャーっと開くカーテンの向こうに彼女はいて、外から戻ってきたような服装だった。
表情は疲れ切っていた。
僕らは十秒ほど見つめ合い、彼女は振り返ろうとした。
『ガララ』
僕は急いで窓を開け彼女を呼び止めた。
「待って!絵梨、話さなければいけないことがある!」
彼女は尚も感情の失せた眼差しでこちらを振り向く、そして彼女は窓を開けた。
「どこ...行ってたの?」
僕は少し不安混じりで聞いてみた。
彼女は考えるように目をそらし微笑みながら言った。
「べつに...ちょっと用事あって」
「...そうか」
それがごまかしだっていうことぐらい僕はわかる、だがそれでも僕はもう踏み入れなかった、またあんな絵梨は見たくない。
喧嘩なら今まで嫌という程した、だけどあれは、僕の存在そのものに嫌悪を指す態度だった、あんな絵梨は二度と見たくないほど今は恐怖でいっぱいだ。
だからこそ、僕はこのことを一刻でも早く彼女のに伝えたい、自分は心が決まってると。
「いろいろと考えた、それでやっぱり僕には好きな人がちゃんといるよ」
僕はなるべく穏やかに聞こえるように言った、そうでないと心の迷いがどうも表に出てしいそうだ。
「そう...それをなんで私に言うの?」
彼女は自分とは無関係なことを聞いてるような口ぶりだった、実際彼女には関係のないことかもしれない、それでも僕はその言葉に心を痛めた。
僕たちの間には僅か2メートルの距離しかない、けれどその瞬間だけはそれが何よりも遠いものだと感じた。
「うん、君にしか言えないと思ってさ。僕な、ラノベ作家になろうかなって思って」
僕は笑いながら、少しでも彼女に関心を持って欲しくて重たい気持ちを笑顔とともに持ち上げる。
彼女も流石に少し驚いた表情になる。
「うん、言いたいことはわかってる、僕の文章力じゃあ無理だってわかってる、それでもさ、考えちゃうんだ、もしベールが明日いなくなったらって、もしベールが世界から消えるとなったら」
僕が思ったこと、頭の中で絵梨と対話した内容を包み隠さず話すことにした。
「それって...」
彼女は戸惑っている。
「うん、君が思う通り、彼女の外見や歌声で決めてるところもあるかもだけど、少なくとも僕にはその覚悟がある、彼女がどんな人でも僕は後悔なんてしないから、『愛してる』って言ってあげたい」
僕は思うがままに全てをさらけ出した、これで絵梨に自分もその土俵に上がっと認めさせたい、彼女の愚痴をちゃんと理解できる人だと思われたい。
「クスッ」
彼女が噴き出す。
「なんだよ、べつに笑うことないだろ」
僕は顔を赤らめた。
でも嬉しい、やっと笑った。
「ごめんごめん、アッキーが本当にアホすぎて悩みとか馬鹿みたいになってきた」
「は?なにそれ」
僕にはイマイチ状況がわからない。
「やっぱりあれだよね、無責任だねアッキーは、でもありがとう」
彼女は悩みが吹っ切れたようなすがすがしい顔をしてこっらをまっすぐ見つめてる。
「よくわかんないけど、良いんだよなこれで」
「うん、最後にそれ聞けてよかった」
「最後?まだこれからも親友だよね?」
僕は焦った。
「さぁ、どうかな?もう遅いから寝る、バイバイ」
彼女は意地悪そうににやけ、僕の返事を待たずに窓を閉めた。
「本当、女の子って良くわかんねぇ、おやすみ」
誰もいなくなった窓辺で、僕はそう言うとそっと窓を閉め、机に着く。
「さぁ、では僕も夢でも叶えに行くとするか」
...
あの日から一カ月が経った。
2月に入りいよいよ春がやってくる、少し暖かくなったをは言え、夜の気温ではまだ暖房と羽織は外せそうにない。
僕は机に着きパソコンに向かいながら小説を進めている。
今月行われる新人賞に向けて創作を止める暇もなく書き続けている。
絵梨は最近良く出かけることが多い、僕たちの関係は昔のように戻ったのは良いが、彼女は最近になって情緒不安定で悲しい顔をみせることが多い。
僕は夜にラノベを書くことが多いがすぐ寝落ちで結局かけないことが多い。
そして今夜も僕はパソコンに向かいながら迫り来るタイムリミットと奮闘する。
僕には確信があった、ベールがもうじきいなくなるっていうことが。
ライブや新曲の頻度が落ち、話題性も無くなった今、彼女自身はきっと自由になり、日頃できなかったことを楽しんでいるだろう。
ここまで考えると僕は胸が痛い、自分がその場にいないという苦しさ、自分がいなくても彼女の人生は進むのならば、僕は彼女のこれからに加わりたい、ベールの人生に佐藤秋人という人物が存在したことにしたかった。
こんなに彼女を好きでいる僕を彼女が知らないのは辛くて、だから今、それに近づけるように僕はラノベ作家になりたかった。
『コンコン』
突然、窓を叩くような音がした。
振り返るとそこに絵梨はいた、マスクを着け彼女はこっちに手を振っている。
僕は立ち上がり、ベッドの上に這い上がり、窓を開けた。
外は寒く、2月の風は火照った顔を凍らす。
「なんだよ...こんな寒い日に」
僕は両手をこすりながら文句混じりで用事を尋ねた。
「小説の進展はどう?」
彼女はパジャマの上に青のジャケットを羽織り尋ねる、顔を少し赤らめている。
「ぼちぼちってとこかな」
正直少してまどっているが。
「で?何か用?」
と僕はまたも尋ねる。
「ちょっとね...頭が..クラクラして」
彼女は弱々しく言ってきた。
「大丈夫か?親は?」
僕は心配しながら聞いた。
「二人とも用事で出かけてる...もうすぐ戻るみたい」
彼女は今でも倒れそうなくらい、息を苦しそうにしながら言った。
咳が止まらず、その目はいかにも僕に助けを求めるような目だった。
「今僕の親呼ぶから!横にでもなって待ってろ」
僕は彼女の言葉を待たずに階段を駆け下りた、幸い親は二人ともまだ寝てはいなかった。
そして数分後、救急車が到着し、彼女と僕のお母さんを付き添いにを連れて行った。
僕は家に残されたまま、救急車が去るのを見届けた。
次の日の放課後、僕は病室にいた、どうやら事はそれほど重大ではなかったらしい。
窓から差し込む夕日の中僕たちはお互い黙っていた。
「ねぇ...」
と彼女は話し始めた。
僕は顔を彼女に向けて次の言葉を待った。
「星...そう、星を見に行きたかったな」
彼女は窓の外を見上げ、穏やかに言葉を紡ぐ。
「いきなりなんだよ、らしくないな、そもそも『見たかった』じゃなくて『見たい』だろ」
僕は彼女の言葉が理解できなかった。
「そうね」
僕の言葉は耳には届いたようだが、心は多分聞こえなかっただろう。
「そんなネガティヴなるなって、僕が連れて行ってあげるから、な?元気になったら」
「え〜アッキーと行くの?全然ロマンチックじゃないな〜」
彼女は揶揄うような口調で言った。
「悪かったな相手が僕で」
「アッキー...」
「ん?」
「なんで...なんで泣いてるの?」
彼女は綻びを崩す事なく、柔らかい声で聞いた。
「なんの事だよ...泣いてなんか」
頰に手を当てると、暖かい涙がポロポロと落ちている事に初めて気づく。
「あ...あれ?変だな...なんで?」
僕は笑顔を作ろうと必死に涙を堪える。
だけど意とは反し、涙は壊れた蛇口のように延々と流れ続けた。
「アッキー、約束してほしい事があるの」
彼女は一字一句ゆっくりと、覚悟を決めるように、何かを切り捨てるように言った。
わからない、彼女の言ってることは何一つわからない。
僕はただ横になる彼女を見上げながら、返事はできなかった。
いや...本当は...わかってたさ、君が言いたいこと全部な...それと同じくらい...怖いんだ。
「もう見舞いには来ないでいいから...私はすぐ元気になるから...そのかわり、また戻ったら窓辺でいろんな話をしようよ、だからしっかりして、ね?」
僕は袖で涙を拭う、そうだ、僕が笑ってないとただの風邪も治らない。
「うん、そうだね、大丈夫、僕が君を見ているから」
僕は満面の笑顔で彼女に答えた。
そして、僕たちは面会時間が来るまで話続けた、何遍も、登校中に聞いた話を、なども、窓辺て繰り返した話を、これまでと、これからも、こんな他愛もない話で僕たちは繋がっていく。
...
家に帰った僕は机に着き、小説の原稿進める。
締め切りまであと少ししかない時間を大切にしようと心に決める。
ベールの歌を耳に当て、自分だけの世界を創り出す。
いつものような歌で、いつものように僕を温める歌声が、心を満たしていく。
ーーー大丈夫、全部うまくいく、明日にでも絵梨は退院する
そう自分に言い聞かせながら、僕はラノベの世界観に自分を浸し、震えが止まらない手で、ひたすらに文章を綴った。
そして迎えた新人賞締め切りの前夜、僕は壁に寄りかかり顔を布団に埋めていた。
絵梨は戻ってこなかった、彼女はこの世から消えた。
彼女は最後まで僕にそのことを言わなかった。
彼女を不幸にしたのはそんな彼女に風邪を引かせた両親のせいだ、彼女を困らせた下駄箱男のせいだ、彼女を見捨てた神様のせいだ。
ーーーそうじゃないだろ...
彼女を救えなかったのは医者のせいだ。
ーーー違うだろ...
立ちすぎたフラグのせいだ
ーーー違う!僕のせいだろうが!!
そうか、そうだよな...みんなが必死に彼女を助けようとした時、僕だけは何をしてた?
現実から逃げ出して、ラノベを書いてた、好きな女の子を追いかけてた。
何が『僕が君を見ている』だ、見ていて何もしなかったじゃないか。
本当は自分でも良くわかってたさ、現実逃避ばかりしている事を。
自分が傷つかないように存在しないものを『愛してる』と自分に言い聞かせた。
本当は君がいつも僕をからかうから知ってたさ、そこまで鈍くはない。
自分が向き合わなくても良いように絵梨の『好意』にも目をつむった。
本当は知ってた、『星をみに行こう』、ベールの別れの歌詞だって事ぐらいな。
自分がそれ以上考えなくていいように絵梨の重病も見ないふりをした。
ーーーこれ以上僕は何を知らなかっていうんだ。
そう僕が問い詰めるのはそばにある一枚のDVDだ。
その上には絵梨のきれいな字でこう書いてあった。
『アッキーが知らなかった事、そしてそれは私の幸せだった理由』
今朝絵梨の両親が憔悴した様子でうちに来た。
その時に、彼らは僕にこれを渡した。
病気の事は絵梨から僕に嘘をつくようにしてあったらしいが、悲しい事に毎日絵梨をみている僕がその異変に気づかないわけがない、そして僕はそれでも何もしてあげられなかった。
目の前にあるDVDは多分また僕の自己嫌悪に繋がる、また自分を傷つける、だから見るのが怖い。
それでも、僕はそれを見るしかない、当然の報いだと思い、僕は立ち上がりディスクをパソコンに挿入する。
そこに映し出されたのは絵梨だった、白の介護服を身にまとい、笑顔でこっちを見ている。
「アッキー?見えるかな?」
彼女は作り物じゃない本物の笑顔でこっちを見ている。
ーーー見えるよ
僕は心の中で静かに、穏やかに言葉を返す
「私ね多分もうすぐいなくなると思うの、これを見てるっていう事は私はもういないのね」
ーーーあぁ、君はもういない
「急にいなくなってごめんね、迷惑かな」
ーーー本当いきなりいなくなっていい迷惑だ、宿題とか手伝ってもらえねぇじゃんか
僕は画面を見ながら少し微笑んだ。
「まだ言いたい事いっぱいあったのに、だけど今日は歌でそれを伝えたいと思います」
ーーー歌えねぇだろ...
「歌えないでしょ、っと思ったでしょ?残念〜これが本当の私、君の知らなかった私、曲は『EGOISM』」
そういうと彼女はカメラを上に斜めかせ、地面に置く、何歩か下がると、そこは病院の屋上だった。
残念だが星はひとつも輝いていない、曇りに曇った黒い雲空だった。
彼女は口を開き、歌い出す、だがそれはまるで別人の、ベールの歌声だった。
歌声が聞こえた瞬間、世界はまるで色を取り戻したかのように輝く。
空に星が一つ。
そうか、これまで彼女が出かけてた時期はベールが新曲を出す時期だった。
空に星がまた一つ。
僕がベールに愛を誓ったあの日、彼女は自分に当てられた言葉だと感じた。
二つの星が繋がった。
その名前『βONE』は人生での『後悔』そして、『Better One』よりいい人生が欲しかったの二つの意味だった。
耳には絵梨の歌が紡ぎ出す優しくも、悲しい力強い心の叫びが響く。
そして、心に共鳴するその歌声はまるで絵梨が優しく僕を抱きしめるようだった。
視界が霞んでゆく、世界を一変させるその声は時を巻き戻したようにも感じられれば、一瞬にして時間が経ったとも勘違いする。
時間の概念が覆った、もうこの世にはないその歌声は世の中のどの言葉でも表現できないだろう。
そして、僕はそんな歌声を持つ彼女に再び恋をする。
目を見開くと、満天の星空の下、彼女は歌い終わった気持ちをいつまでも、いつまでも残していたいと、両手を祈るようにして胸元に重ねる。
涙で視線がぼやけた、彼女の顔の輪郭が模糊なものになる。
ポタポタと落ちる涙は流星のように、画面を流れ落ちていく。
「アッキー、本当に心から愛してたよ、勘のいい君は気付いてたでしょ?」
「最後にこんなお別れになってしまったけどさ...生きて、私の分まで」
「ずっと一緒に居たかった、だからさ、私をあなたの作品で生かしてよ、澤地絵梨として、ベールとしてさ、そして天国にも届くような名作を書いてよ」
「最後にありがとう...アッキー、さようなら」
黒い画面を残して、彼女の姿は消えた。
彼女の目に涙は流れていなかった、それでも僕には分かる、絵梨がせめて別れだけは微笑んでいたいという気持ちを。
その夜、僕はひどく泣きじゃくった、一生分の涙を使い切るほど泣いた。
そしていつの間にか寝てしまっていた。
静かな部屋には思い出だけが残って、隣の部屋で電気はもうつかない、僕は意識がなくなる寸前、夢の中で絵梨とまた会えることを願い、眠りについた。
...
次の日、僕は日の差し込む部屋、日の暖かさで目を覚ました、時計は午前7時を指している。
窓の外を眺めるといつもの風景が広がっている、しかしそこに僕の名前を呼ぶ彼女はもういない。
学校の支度を済ませ僕は部屋の隅にある鏡の前に立つ。
そこには一段大人びた僕がいた。
僕はドアノブに手を伸ばし、部屋を見回した。
机の上にあるパソコンに目が止まる、そして小説をまだ投稿してないことを思い出した。
僕は歩み寄り、パソコンを立ち上げ、幾度となく繰り返し編集した小説を投稿する。
「行ってきま〜す」
僕は厨房の方へ声をかける。
「朝ごはんは?」
「大丈夫、いらない」
「そう?気をつけて行ってらっしゃいね」
「は〜い」
いつもの会話だ、そして僕は玄関を通り抜け、道路に出る。
そこには誰もいない。
僕は一人、通学路をいつも通り歩いていく。
きっとこの先もこんな『いつも』が待っている、そしてこれからはその『いつも』の風景から絵梨がいないことに慣れていくのだろう。
僕は黙々と一人で通学路を歩きながら、『いつも』のように一人、ベールの音楽を耳にして絵梨との会話を思い出す。
朝日の照らす僕の部屋に、パソコンの画面はこう表示している。
作品名:『最後まで僕は君を思う』
ペンネーム: 『利己主義者』
完
読んでいただきありがとうございます、長編のほうの『瞬く星空に祈りを捧げては?』をいったん中断しこちらの作品を優先的に完成させました。自分の思いを込めたいい出来の作品だと自負してますが、読者の皆さんもそう思えていただけたら幸いです。まだまだ未熟ですが、どうか温かい目でみまっとくれるとうれしいです。読者の皆さんがどう思ったか、正直な感想で構わないのでコメントに書いてくれるとうれしいです。これからも『瞬く星空に祈りを捧げては?』を進めていきたいと思っているので、どうかよろしくお願いします。