偽りの日々
私にとっての日常は、偽りに満ちていると言ってもいいのかもしれない。でもそれは、私の周りが――と言うわけではなく、私自身が――と言う事になる。
人は生きて行く中で偽りを述べたりする事は多々あると思うけど、私のそれはその中でも特別期間が長く、特別酷いのかもしれない。だって自分の数少ない大切な友達や好きな人だけではなく、私は自分さえも偽っているんだから。
「はあっ……今日も疲れちゃったなあ……」
静かな時が流れる自室。その中で着替えをしながら、私は今日も大きな溜息を一つ吐いた。
第一志望だった花嵐恋学園に入学してからもう一週間が経つけど、まだ着慣れない男子生徒の制服を着ての生活は、私を酷く疲弊させる。でもこれは私が望んでしてきた事だから、誰にも打ち明ける事ができないのが悩みだ。
それでも家に居る間だけはそんな偽りの柵全てから解放され、大きく羽を伸ばす事ができる。
女性として生まれながら、外では男性として過ごし始めて約九年目。
最初こそ男性として生活する事に慣れず、色々と失敗をして来たけど、それも今ではずいぶんと慣れてきた。でもそれは、龍之介君や茜ちゃんみたいな優しい友達の存在と、何よりも家族の理解があったからに他ならない。
もしも小学校二年生で転校をした時に、龍之介君や茜ちゃんと出会えてなかったら、今の私はきっと存在しなかった。いつまでも自分の殻に閉じこもって泣いてる、弱い自分のままだったと思う。
しかしそんな風に思いつつも、本当の自分を偽っている事に変わりはない。それは紛れもなく私の弱さで、私のズルイところだ。
「はあっ……」
そんな事を考えながら着替えを終えた私は、自室にあるベッドに身を投げ出して再び溜息を吐いた。
「高校でもあの制服を着て登校する事はないのかなあ……」
視線の先にはハンガーに掛けられたままの、真新しい女生徒用の制服がある。この制服に袖を通したのは、測った寸法をメーカーに送り、それが自宅へ届いた時に試着をした一度限り。
中学生の時にも同じ様にして女生徒用の制服を注文したけど、最初に試着をした時以外は一度も着る事なく卒業をしてしまい、先日クローゼットの奥へと仕舞う事になった。
自分で決意してやり始めた事なのに、最近は特にその決意がグラつくのを感じている。そしてその原因は、私の中で『本当の自分を見てほしい』という思いが強く大きくなってきていたからだと思う。
だけどその思いを口にしたり見せたりするには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。あまりにも嘘をつき過ぎていた。
自分を偽って来た事を今更後悔しても既に遅い。だって龍之介君や茜ちゃん達にとって、私は最初からずっと『男の子』だったんだから。
それでも、龍之介君達をいつまでも欺き続ける事はできない。いつかは絶対に、この事実は告白しなければいけなくなる。この偽っていた日々の事を、偽っていた私の事を。
「この頃に戻れたらなあ……」
ベッドの近くに置いてある台の上には、いくつかの写真立てが置いてある。私はその中の一つを見ながら、そんな事を呟いた。
視線の先にある写真には、微笑みを浮かべた小さな私と、明るく元気な笑顔の茜ちゃん、そして、私の想い人である龍之介君が写っている。
そしてその写真に写る自分達を見ながら、私はこの町へやって来た頃の事を思い返し始めた。