協力者
花嵐恋学園の文化祭準備が始まってから二週間。
俺達が文化祭でやる催し物の準備は、驚くほどスムーズに進んでいた。こうして予定通りに物事が進むというのは、ある意味での爽快感がある。
今年は杏子と愛紗が居るクラスも見て回る予定でいるし、他にも面白そうな催し物を準備しているクラスもあるから、去年以上に楽しみが多い。でも、ただ一つ残念なのは、去年とは違って陽子さんが文化祭に来れない事だ。
なんでも今年は、陽子さんが通っている桜花高校総合演劇科で演劇祭をやるらしく、今はその準備と練習に追われているらしい。
本当なら合間の時間でもいいから是非来てほしかったけど、見事にこちらの文化祭と開催期間が被っているから、それも不可能だ。凄く残念だけど、陽子さんが目指している道の事を考えれば仕方ない事だと思う。
「ところでまひろ、まひるちゃんの方はどうだ? 上手くやってる感じか?」
お化け屋敷喫茶用の背景パネルの組立を行っている最中、俺はまひるちゃんの事が気になってまひろにそう尋ねた。俺がまひるちゃんに頼まれていた事を実行する為に、いくつかの事をまひるちゃんにお願いしていたからだ。
「あ、うん。まひるなりに頑張ってるみたいだよ」
「そっか。でもまひろ、本当に良かったのか?」
「うん、僕は構わないよ。だから龍之介にお願いしたんだから」
一切の迷いを感じさせる事なく、まひろはにこやかにそう言う。
「まあ、最初っからまひろが納得した上での話しだったわけだし、こんな事を聞くのは今更か」
「ごめんね、龍之介。僕達の我がままを聞いてもらって」
まひろは作業の手を止めてすまなそうに謝る。
こんな風に謝る気持ちも分からないではないけど、引き受けたのは他ならない俺の意思であって、誰かに強制されたわけでも、脅されたわけでもない。だからそんなに謝る必要はないと思う。
「まひるちゃんやまひろのお願いを聞き入れたのは俺の判断だし、まひろがそんなに気にする事はないよ」
「ありがとう。龍之介」
「ところでまひろ。今回の件について俺から一つ提案があるんだが、いいか?」
「提案? 何かな?」
まひろはその可愛らしい顔を小さく横に傾けながら俺を見る。
――いやー、やっぱり可愛いですね。俺のまひろは。
そんなアホな事を考えながら、俺は先日から考えていた事を話し始めた。
「あのさ、今回の件を実行するにあったって、もう一人協力者を引き入れようと思うんだよ」
「えっ?」
俺の話を聞いたまひろは、あからさまに不安げな表情を見せた。
でも俺は、まひろがこんな感じの反応を見せる事はある程度予想していた。なぜならまひろは、まひるちゃんの事をあまり他の人に知られたくないみたいだから。
まあ、小学生からの付き合いだった俺でもまひるちゃんの存在を知ったのは高校に入ってからだし、かなり大事にされているのも分かるから、まひろがまひるちゃんの存在を周りに明かしたがらないのも分からない話ではない。
それにもしも俺がまひるちゃんの兄だったら、悪い虫がつかない様に家で大事に隠し育てると思うし、絶対に男の目に触れさせたくないと思うだろう。
「駄目か?」
「うーん……できれば他の人に今回の事を知られたくないけど、龍之介がそう言うって事は、何か理由があるんでしょ?」
悩む様子を見せながらも、まひろは真っ向から俺の意見を却下する事はなく、俺の中にある考えを聞く方向で話を進めてきた。
「ああ。色々と計画を練ってはいるけど、やっぱり不測の事態が起きた時に俺一人じゃ心許無いってのが正直なところなんだよ。だからそんな時の為に、あと一人パートナーがほしいんだよ」
「そっか、そうだよね……確かに龍之介がいつも側に居れるわけじゃないもんね……」
「そういう事だ。それでだな、一人パートナーとして引き摺り込むのに適任な人物と、そいつを仲間に引き入れる利点があるんだが――」
俺は自分の考えやパートナーに選んだ人物、そしてその人物を選んだ理由を作業をしながら細やかに話して聞かせた。
「――て感じなんだが、どうだ?」
「うん……いいと思う」
「それじゃあ、そいつを仲間に引き入れても大丈夫か?」
「うん。分かったよ。それじゃあまひるには僕から事情を話しておくね」
「サンキューな」
「ううん。全部僕達の為にやってくれてる事だもん。こちらこそありがとう」
そう言って満面の笑みを浮かべてくれるまひろ。
――何この可愛い天使! 今すぐ抱き締めたいんですけど!!
そんな事を思いながら、思わずフラフラとまひろに歩み寄ってしまう。
「ん? どうかしたの?」
「はっ!?」
小首を傾げながらそんな事を聞いてくるまひろを見て、俺は我に返った。
――危ねえ危ねえ……あと二秒まひろが声を掛けてくるのが遅かったら、思いっきりまひろを抱き締めてしまうところだったぜ……。でも待てよ? まひろは男なんだから、俺が抱き締めても別に問題は無いんじゃないか? いやいや! 落ち着くんだ俺。同性だからとかなんとか言う前に、そんな事をしたらまひろに引かれるじゃないか。
もしもそんな事になったら、俺は自室で引き篭もって出て来れなくなる自信がある。そうならない為にも、色々と自重しなければいけない。
奇妙な妄想と現実の板挟みに苛まれながら、俺はまひろと一緒に文化祭の準備を進めた。
× × × ×
ホームールームが終わって放課後を迎えたあと、俺は日に日に寒さを増していく学園の屋上に居た。
屋上に張り巡らされた金網フェンス越しに校庭へ視線を向けると、沢山の生徒達が文化祭の準備で盛り上がっているのが見える。
「ちっ、何やってんだよアイツは。早く来いってんだよ……」
陽が沈み始めると、外の寒さは更に強烈になって身体を震わせる。最近は日中でもかなり寒いのに、風避けなどが無い屋上でいつまでも待つなんて拷問もいいところだ。
「――待たせたな。龍之介」
寒い屋上で震えて待つこと約二十分。
ようやく俺が呼び出した渡が姿を現した。
「おせーじゃねえか。何してたんだよ?」
「いやまあ、その……心の準備をしていたというか何というか……」
なぜか神妙な面持ちの渡は、慎重に言葉を選ぶ様にしてそんな事を言った。
それにしても、どうして俺の呼び出しで渡が心の準備をする必要があるんだろうか。しかも奇妙な事に、さっきまで神妙な面持ちをしていた渡は急に身体をモジモジとさせ始めた。
「……お前が何の為に心の準備をしていたのかは分からんが、寒いから話を始めてもいいか?」
「お、おうっ!!」
渡は妙に気合の入った声で返事をする。なんだかこんな感じの状況が前にもあった様な気がする。
俺はちょっとした既視感を感じつつも、今回まひるちゃんに頼まれたお願いとその計画を話し、その計画を補佐してほしいと渡に頼んだ。
「――なんだ。そんな話だったのかよ……」
俺が計画について話を始めると、徐々に渡の緊張していた様な表情は変わり始め、最後には真顔になっていた。
「なんだとは何だ? お前は俺が何の話をすると思ってここへ来たんだ?」
「そりゃあお前、『誰にも気付かれずに屋上に来てくれ』とか言うから、愛の告白をされるんだと思って悩んでたんだよ」
「はあぁぁぁ――――っ!?」
「だ、だってよ! あんな風に言われたら普通はそう思うだろ!?」
「いや、呼び出した相手が女の子ならともかく、男相手にその発想はねえだろうよ」
「そんなっ!? それじゃあ、どうすればいいんだろう――って教室で悩みまくってたあの時間は何だったんだ!」
「まあ、時間を無駄に費やしただけって事だろうな」
「オ――――マイゴ――――――――ッド!!」
あまりの羞恥に耐えられなかったのか、渡は頭を抱えて神に叫び始めた。
渡は悪い奴ではないんだけど、コイツの考え方と発想には今でもついていけない所がある。ここは早めに依頼の返事を聞いて退散するとしよう。
「渡、元から狂ってるのに更に狂い続けているところを悪いんだが、さっきの話の答えを聞きたいんだ。誰も居ないけどここに居るのが恥ずかしいから、なるべく即座に」
「アンタ本当に酷いね!? まあ、依頼の大元が涼風さんて事だからいいさ。協力はする。それで? 俺は具体的に何をすればいいんだ?」
「とりあえずその件についてはメッセージでやり取りをしよう。誰かに話を聞かれたら面倒だからな」
「龍之介にしてはかなり慎重だな」
「当たり前だろ。さっきも話したけど、この件は他言無用のオフレコだからな? メッセージも誰にも見られない様にしてくれよ?」
「分かってるよ。俺は頼って来た人の信用を裏切る真似はしない主義だからな。それに、みんなに内緒で何かをするってワクワクするしな」
渡はニカッと子供の様な笑顔を見せながら楽しそうにする。
俺はそんな渡の様子に一抹の不安を感じたが、この件に関してはコイツが一番適任だから信用するしかない。まあ、コイツはこの手の事でヘマをする様な奴ではないから、そこは安心だろう。
「まあ、とりあえずよろしく頼むぜ?」
「おうっ! この渡様にどーんと任せとけって!」
自信満々の渡を仲間に引き入れ、俺の計画は次の段階へと移行するのだった。