寂しい月は太陽を求める
愛紗の妹である由梨ちゃんの手伝いもあり、夕食後の片付けは約二十分ほどで終了した。
そして由梨ちゃんと一緒にリビングでテレビを見ながら談笑をしていると、ほどなくして大量のお菓子やジュース、アイスをエコバッグに詰め込んだ杏子達が帰宅し、俺達はそのまますぐにデザートタイムへと突入した。
「んー! やっぱり食後のデザートは欠かせないよねっ♪」
大好きなチョコミントアイスをスプーンで口に運びながら、ご満悦の表情を浮かべる杏子。
最近はチョコミントアイスを置いている店が少なくなっているが、俺は小さな頃から変わらずアイスといえばチョコミント派だ。だから俺が買って来るアイスには必ずチョコミントが含まれていて、小さな頃から杏子もそれに慣れ親しんで来たせいか、チョコミントには並々ならぬ拘りがある。
家族は一緒に居る時間が長い分だけその影響を受けやすいと言うが、ほぼ間違い無く、杏子のアイスの好みは俺に影響されたんだと思う。
ちなみにだが、ミント味のアイスを歯磨き粉味だとか言う奴は爆発してしまえ。
「久しぶりにチョコミントアイスを食べたけど、やっぱり美味しいね」
「本当に美味しいですよね。チョコミント」
そう言って由梨ちゃんが初めて桐生さんの会話に乗ってきた。
皿洗いの時に言っていたとおり、由梨ちゃんは桐生さんとのコミュニケーションを取ろうとしている。
「うんうん! 由梨ちゃんは他にどんな味のアイスが好きなのかな?」
自分の言葉に反応してくれたのが嬉しかったのか、桐生さんは座っているソファーから身を乗り出し、右斜め前に座っている由梨ちゃんにそう尋ねた。
「そうですね……どの味のアイスも好きですけど、強いて挙げるとしたら、紅芋アイスでしょうか」
「紅芋アイスいいよねっ! あれも凄く美味しいし!」
にこにことしながら由梨ちゃんの返答に頷き、更に嬉しそうな笑顔を浮かべる桐生さん。そんな桐生さんの明るい表情を見ているだけで、こちらも同じ様に口元が緩んでしまう。
それから三十分ほどの間、俺達はそれぞれの好きなアイスの話で盛り上がった。
そしてアイスを食べながらのアイス談議を繰り広げたあと、ちょうど良くお風呂のお湯が沸いたので、それぞれにお風呂へ入る事になった。
俺の予想では杏子を含めた女の子四人で一緒に入浴するだろうと思ったんだけど、考えてみればうちのお風呂は女子高生四人が同時に入れるほど広くない。
「杏子。お風呂へ入る順番はどうする? 一人ずつ入るなら結構時間がかかるかもしれんが」
「それなら女の子同士二人一組で入れば問題無いんじゃない?」
「なるほど。それじゃあ、どの組み合わせで入るんだ?」
「あっ! はいはいっ! 私は由梨ちゃんと一緒に入りたいな! どお? 由梨ちゃん?」
「はい。私も明日香さんと一緒に入りたいです」
「てことは、組み合わせ的に愛紗は杏子と一緒になるけど、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。先輩」
「分かった。それじゃあ、桐生さんと由梨ちゃんが先に入っておいでよ」
「いいの?」
「もちろん。そうじゃないと、杏子の長風呂をずっと待つ羽目になるよ?」
「あははっ。そっかそっか。それじゃあ、お言葉に甘えよっかな。行こう、由梨ちゃん」
「はい」
桐生さんは楽しげな笑顔を浮かべながらパジャマを抱え、同じく自分のパジャマを持った由梨ちゃんと一緒にリビングを出て行った。
「それにしても、由梨が初対面の人にあんなに懐くのは初めて見たかも」
「由梨ちゃんが人見知りだってのは聞いてるけど、同性に対してもそうなのか?」
「男性に比べれば酷くはないですけど、それでも初対面の相手にあんなに懐いてる姿は初めて見ましたよ」
姉である愛紗がこう言ってるってんだから、本当に珍しい事なんだろう。
しかし、さっき一緒に後片付けをしている時に聞いた由梨ちゃんの話や、美月さんの家で聞いた桐生さんの話を考慮すると、由梨ちゃんと桐生さんは初対面であって初対面ではない関係なわけだ。
とても不思議な話ではあるけど、もしもあの二人の言っていた夢の話が本当に前世での話だとしたら、あの二人は前世からの知り合い――という事になる。それなら普段は人見知りな由梨ちゃんが、初対面の桐生さんに対して懐いたのも分からない話しではない。まあ、これはかなりファンタジックな考えだとは思うけど。
「まあ、他人と仲良くできてるってのはいい事じゃないか?」
「そうですよね。先輩の言うとおりだと思います」
そう言って愛紗はにっこりと微笑んだ。
そして三十分ほどでお風呂から上がって来た二人と入れ替わりに、今度は杏子と愛紗がパジャマを持って風呂場へと向かって行った。
「さてさて。今日はいったいどのくらい待たされる事やら」
「杏子ちゃんと愛紗ちゃんて、お風呂長いの?」
「愛紗はそうでもないみたいだけど、うちの妹が長いんだよね。驚くくらいに」
「そうなんだ。大変そうだねえ」
深い溜息を吐いた俺に対し、桐生さんが同情にも似た苦笑いを浮かべてそう言った。なんとなく俺の苦労を察してくれたんだろう。
「そう言えばさ、ちょっと気になってた事があるんだよね」
「ん? 何?」
持っていたタオルで由梨ちゃんの髪の毛を拭きながら、興味津々と言った感じで俺を見る桐生さん。すると由梨ちゃんも同じく興味がありそうな感じで俺の方を見た。
「あのさ、二人の名前って、あの作品に出て来るヒロインの妹達とまったく同じだけど、それについてはどう思ってる?」
俺が言っているあの作品とは、桐生さんのお兄さんが書いた『俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。』という作品の事だ。
まあ、桐生さんの登場は作者がお兄さんだから分からないでもないけど、さすがに由梨ちゃんの名前まで完全に当てはまっているとなると、単なる偶然とは思えない。
「あっ、やっぱり鳴沢君も気になってたんだ」
「やっぱりって事は、桐生さんも?」
「うん。お風呂に入ってる時もね、由梨ちゃんとその話題になって色々と話をしてたんだ。ねっ、由梨ちゃん」
「はい。龍之介さんには以前お話をしましたけど、私もあの作品は大好きで見てますし、それにあの物語に書かれている出来事の一部は、なんだか自分も覚えがある様な気がするんですよね」
「うんうん。私もそうなんだよね」
由梨ちゃんの言葉に力強く頷く桐生さん。
自分の中に生じた色々な疑問を解消しようと試みた結果、謎はますます増えていき、俺はモヤモヤとした気持ちを更に大きくする事になってしまった。
そしてそれから小一時間ほどその事について三人で話しをしたんだけど、結果的にその謎を解消するには至らなかった。
「――それじゃあ、俺はちょっと美月さんの様子を見て来るから」
結論の出ない話に一区切りを打ったあと、未だに杏子と愛紗がお風呂から出て来ないので、俺はお風呂上りに行くはずだった美月さんの家に予定を繰り上げて向かう事にした。
「はーい。あっ、鳴沢君。恋人の美月ちゃんが弱ってるからって、襲い掛かったりしちゃ駄目だよ?」
「えっ? 龍之介さんとその美月さんは、恋人同士なんですか?」
「それは誤解だよ、由梨ちゃん。桐生さんがただ勘違いをしてるだけさ」
「もー。そんなに照れなくてもいいのに~」
そう言いながら桐生さんは俺に自分の右肘をエイエイッ――と何度も当てる。
「照れてません! 本当に俺と美月さんはそんな関係じゃないから」
相変わらずの勘違いを続けている桐生さんを後目に、俺は玄関で靴を履いてお隣の美月さん宅へと向かった。
そして美月さんに借りていた鍵で家の中へと入った俺は、そのまま階段を上って美月さんの部屋の扉をコンコンと小さく叩いた。
「美月さん。起きてる?」
「はい。起きてます」
「中に入ってもいいかな?」
「はい。大丈夫です」
部屋の中から聞こえた美月さんの許可を得た俺は、ドアノブを回してそっと扉を開き、静かに部屋の中へと入った。
「具合はどお? 少しはいい感じ?」
「はい。おかげ様でだいぶ楽になりました。ありがとうございます」
ベッドに横たわった状態で俺を見て微笑む美月さん。
こんな時にこんな事を考えるのはどうかと思うけど、病気で弱っている時の女の子って、いつもとは違う可愛らしさの様なものを感じてしまう。
「それなら良かったよ。何かしてほしい事はある?」
「……あの、用事が終わったら龍之介さんは帰っちゃうんですよね?」
「えっ? うん。まあ、そうなるかな」
「そうですか……えっと……それでは一つお願いしてもいいですか?」
「うん。何でも言ってよ」
「ありがとうございます。ではあの……近くに来てもらってもいいですか?」
「分かった」
そう言われてベッドに横たわっている美月さんの側へ行くと、美月さんは『もう少し耳を近付けて下さい』と言った。
要するに耳打ちをしたい――って事だろうけど、この場には俺と美月さんの二人しか居ない。それなのにわざわざ耳打ちをしたがる理由はよく分からない。
だけど俺はその理由はあえて聞かず、美月さんへ更に耳を近付けた。
「お願いします。独りにしないで下さい……」
美月さんは俺の耳元で小さく震える様な声でそう言った。
それを聞いた俺はスッと上半身を戻し、赤く上気した表情の美月さんをじっと見つめてしまった。