昔の二人と今の二人
お昼にはまだ早い時間帯。
俺は駅前にある行きつけのファミレスへと来ていた。
そして俺が座った目の前の席には、小学校三年生の時に告白をして振られた相手である、るーちゃんこと朝陽瑠奈が座っている。
どうしてこんな状況になっているのかと言うと、彼女の方から『少しお話できないかな?』と誘われたからこういう状況になっている訳だ。
普通なら過去に告白をして振られた相手とこうして話をするなんて、気まずいの一言に尽きる。だけど相手が話をしたいとお願いをしてきた以上、俺はそれを無下に断る事はできなかった。
でも、もしも俺が心の底からそれを嫌だと思っていたなら、きっとこうして話をするのを断っていただろう。それでもこうして彼女の誘いに乗ったのは、俺も彼女と話をしてみたかったからだ。
「あ、あの……元気にしてた? たっくん」
「うん。それなりに元気にやってたよ。るーちゃんは? 転校したのを聞いた時にはビックリしたけど」
彼女の言う『たっくん』とは俺のあだ名で、龍之介の龍の字を、るーちゃんが『たつ』と読み間違えたところからきている。
「私もそれなりに元気だったよ。でも、家の事情で急に引越しが決まって、お別れも言えなかったの。ごめんなさい」
「そうだったんだ」
「うん。それにほら、あの時はその……色々あったから話もし辛かったし……」
そう言って彼女は再び顔を俯かせる。
彼女の言うあの時とは、俺が告白後にクラスで辱めを受けた時の事を言っているんだろう。
それにしても、家の事情で引っ越したというのは聞いていたけど、あまりに急な事で当時は驚いたもんだ。だけど当時の彼女の家庭事情を鑑みれば、それも分からなくはない。
彼女の家は母子家庭なのだが、母親の恋人がコロコロと変わるという、小さな子供にとってはあまり良いとは言えない環境に居た。
でも別に育児放棄をされていたとか、虐待をされていたとかは無い。それは当時の彼女がそう言っていたのだから間違い無いだろう。ただ、母親が相手に夢中になるあまり、寂しい思いをしていた事はあったそうだ。
まあ、そんな環境が相まってか、俺が彼女と初めて面識を持った時の印象はそれほど良くはなかった。なんと言うか、出会った頃の彼女は男に対して酷い嫌悪感の様なものを持っていたから、男子に対しての態度はかなり冷たかったのを覚えている。
それでも彼女は当時の同学年の中で群を抜いて可愛い子と言われていたから、当然、そんな彼女に対して好意を抱く男子はかなり多かった。
「そっか……でもまあ、るーちゃんも元気だったみたいだし、良かったよ」
「まだ私の事を、るーちゃん――って呼んでくれるんだね」
「えっ? あ、ああ。ごめんね、つい昔の癖でさ。久々に会ったのに、馴れ馴れしかったよね」
「ううん! そうじゃないの!」
彼女は俺の言葉に対し、勢い良くそれを否定してきた。
「あっ、ごめんね。私の事は昔みたいに呼んで。ううん、そう呼んでほしいの。お願い……」
「……うん、分かったよ。それじゃあ昔みたいに、るーちゃんて呼ばせてもらうね」
「ありがとう、たっくん。あっ、私は鳴沢君って呼んだ方がいいかな?」
るーちゃんは少し上目遣いで、覗き込む様にしてそう聞いてきた。
昔から可愛い子だったけど、この歳になると可愛さに色気が入ってくるから更に強烈に感じる。
「ううん。俺の事も昔みたいにあだ名で呼んでよ」
「それじゃあ、昔みたいにたっくんで」
俺はるーちゃんに向かってウンウンと頷いた。
そしてそれを見たるーちゃんは、にこっと微笑んでから紅茶が入ったティーカップに口をつけた。
「ところで、引越ししたるーちゃんがどうしてここに?」
るーちゃんが手に持ったティーカップを口につけたあと、俺は気になっていた事を尋ねた。
当時の話では結構遠くの土地に引っ越したと聞いていたから、そんな彼女が何でこの街に居るのかが気になっていた。
「えっと……ちょっと用事があって」
何か言い辛い事なのか、るーちゃんは言葉を選ぶ様にしながらそう答えた。
「そっか。まあ、俺に出来る事があれば言ってよ」
社交辞令――と言われたらそれまでだけど、とりあえず無難な返答だと思う。
「ありがとう。昔から優しいよね、たっくんは」
「そうかな?」
「うん、優しいよ。だから私も…………」
るーちゃんはそこまで言ってからピタリと言葉を止めると、急に黙り込んで視線を逸らした。
こういうところを見ていると、当時るーちゃんと仲良くなり始めた頃の事を思い出す。
「……ところで、たっくんは今どの高校に通ってるの?」
視線を逸らしていたるーちゃんが、突然そんな事を聞いてきた。
当時から唐突に今まで話していた事と違う話をしてきたりする事があったけど、成長した今でもそのあたりは変わってないみたいだ。
俺は少し懐かしい気分で微笑んだあと、るーちゃんの問い掛けに口を開いた。
「今は花嵐恋学園に通ってるよ」
「花嵐恋学園て、あのカップル率が七割を越えるって噂があるところだよね?」
「そうそう」
「ふーん。そうなんだね……」
小さく何度も頷くるーちゃんを見ながら、さすがは全国でも名の知れた学園なだけはあるなと、素直にそう思った。そして俺の返答を聞いたるーちゃんは、そこから何かを考え込む様にして黙り込んだ。
俺はそんなるーちゃんを見ながら、あえて何も言わずに静かにコーヒーを飲んでいた。
「――うん。そうしよう」
黙り込んでから約三分くらいが経った頃。るーちゃんは小さくそう呟いた。
「たっくん。一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
「えっ? まあ、俺が出来る事ならいいけど」
「ありがとう! それじゃあ行こう!」
「えっ? ちょ、ちょっと!?」
その問い掛けに頷きながら答えると、るーちゃんは嬉しそうにしながら立ち上がり、俺の手を握って引っ張る様にしながら店の外へと連れ出そうとした。
「ちょ、ちょっと、るーちゃん!?」
握ったその手を更にギュッと握り締めながら、俺を引っ張って行くのを止めないるーちゃん。そういえば当時も、こういう強引なところがあった気がする。
「たっくん! 早く早くっ!」
楽しそうにしながら手を引っ張って行くるーちゃんを見ながら、まあいっか――と、少し諦めにも似た感覚と懐かしさを感じながらファミレスをあとにした。