ふくしゅう問題 堪忍袋の緒が切れた音は?
たのしくかけた。
すいみんじかん2じかんへった。
彼はあの夜、金切り声をあげた。
彼は胸が痛いと言っていたようだ。
しかし、刺されたのは胸の上部だけだ。
だって、奥深くまで刺されたらもう声は出なくなるだろうから。
真相はわからない。
深層心理はわからない。
真相はさして重要ではない。
まず、あのとき重要なのは、中庸だった。
みんなの心が満たされるべきだ。
彼だけがいい思いしようったって、そうはいかない。
けれど、みんな不満があったのに、誰も声をあげない。
みんながみんな、彼の言いなり。
彼が意見を言うなり、みんながみんな、笑顔をおくる。
そんなだからプレゼンは上手くいったんだ。
教授の機嫌がよくなったんだ。
提出期限に間に合ったんだ。
発表を棄権せずにすんだんだ。
でも、みんな本当は危険なまでにフキゲンだった。
「君、物理に興味がでてきたのかね? こんなにいい発表をしてくれるとは思ってなかったよ!」
人は気持ちをぶつけてくるものに対して萎縮する。
本音で語るものに加担する。
自分の気持ちは必死に押さえつけて。
「物体は、エネルギーを保存します。」
周りの空気を意識する。
自分は意見を言うべきじゃあないと、みんながみんな、彼に合わせる。
「PV=nRT、これはきたいに関する大事な式でしたね。」
「圧力は、温度に比例します。」
みんな、周りに期待するが、誰も彼を止めることはしない。
みんなだんだんイライラしていった。
「エネルギーは、保存されるので、どこかに逃げていきます。」
他のみんなはどこかに行ってしまった。
空気を嫌って、不満を嫌って、期待を持って。
わたしをのこして。
彼が私にプロポーズしてきたのはそのすぐあとだった。
人は、気持ちをぶつけてくるものに萎縮する。
「体積は圧力に反比例します。」
「……こんなこと、言わなくてもわかってよね。」
彼は、自信があるようだった。
いろんなことを私に教えてくれた。
「物理がわからない? 物理はそんなに難しくないよ。だって、君自身も物理そのものなんだよ。」
私は彼を嫌いではなかった。
むしろ、自分を見せてくれる彼は好きだったかもしれない。
それは、私の彼に対する一定の好意であった。
その好意は、消えることのないもので、ある。
「PV=nRT、これ、高校で習ったよね? 君、どうやってこの学校はいったの?」
私には取り柄がなかった。
彼はいつも私に言った。
「やっぱ、俺がいないとだめだよなぁ。」
その言葉は、彼が私を理解してくれているかのように聞こえた。
「Pが大きくなりすぎたらVはどうなるかって? あのね、この式はきたいのあるときに成り立つってことはわかるよね?なんせ、きたいの式なんだから。」
「このままじゃ、君、単位が危ないのはわかるね? ちゃんと今度のレポート出しなよ。」
「お前、せっかく俺が教えてやったのにどうして出来ないんだよ。」
「レポート、読ませてもらったけどあれじゃあ単位あげられないなぁ。でも、がんばったのは伝わったから次のレポートで判断してあげるよ。」
「あんなこともわかんないのかよ。やっぱ、お前はだめだな。」
「あのね、君、このままだとほんとに単位あげれないよ。あのとき、いい発表をしてくれたじゃないか。ほんとはこんなに忠告しないんだよ? 私は期待してるんだよ。」
「あ、お前、言っとくけど単位とれなくて留年したら別れるかんな。さすがにそこまでのバカとは付き合えねーし。」
「やっぱり、単位はあげれないよ。もう一年頑張ってくれたまえ。せっかく期待したんだけどなぁ。」
「お前、まじで言ってんの? さすがにあの単位落としてんじゃねーよ。なんのためにお前に教えてやったんだよ。もういいわ。俺の言うこと聞かねーし、俺もバカだと思われたくねーし。」
それから私は部屋にこもった。
1週間、誰とも話さなかった。
どこにも行かなかった。
周りの音は聞こえなくなった。
涙が枯れ果てるまで泣いた。
私は彼がいないとだめなのだ。
1週間後の真夜中、私は久々に家のドアを開けた。
彼に会いに行った。
彼の部屋には彼が寝ていた。
彼を起こすと、彼は非常に驚いた。
非常に怒っていた。
非情なまでも罵声を放った。
しかし、私は耐えることにした。
心をおさえて、おさえて。
「どうしても、どうしても見せたいものがあるから家に来てくださいませんか? これで、本当に最後にします。」
彼は家に来てくれた。
私の部屋に入ってくれた。
「期待しても、もう付き合う気はないんだぞ?」
私が暗い部屋の電気をつけると、彼は驚いた。
驚きすぎて、声も出ていなかった。
私は持っていたナイフを彼の胸につきたてた。
私の目から、涙が溢れだした。
「胸が……!!!」
そして、私は彼の首もとにナイフをやった。
彼はかなきりごえをあげた。
私はそのまま、彼の首を切り裂いた。
彼の声はそこで途絶えた。
「物体は、エネルギーを保存します。」
私は、彼がいないとだめなのだ。
私の胸に抱き抱えられた彼の頭はそろそろ異臭を放っている。
もう、何日たったのだろうか。
彼にナイフを突きつけるまで、私の感情は無に等しかった。
しかし、あのときでた涙が止まらないのだ。そして、あの時の彼の声がずっと耳に刺さっている。
そう言えば、物理の教授はこんなことも言ってたっけ?
「音は、なみ だから聞こえるんだよ。」
彼は、私に教えてくれた。
「物理は難しくないよ。だって、君自身も物理そのものなんだよ?」
たのしかった。
たいとるのこたえ「ぶつり」です
ぶつりはむずかしいのでにがて。
よんでくださったならありがとうございました。