クリスマスカラー
冬の季節は日が沈むのも早い。夕暮れ時、店内は段々騒がしくなってきていた。
子供や大人の声が交錯する中、注文の品や片した食器を手に店内を駆け回っている私の額には汗がじんわりと滲んでいた。
朝、寝坊して危うく遅刻しそうになった私はなんとかギリギリで間に合った。
あれは流石にびびった。2日連続無断欠席からの遅刻とか笑えねー。
そして朝一番に昨日無断でバイトを休んでしまった事を店長と他の人達に謝ると皆笑顔で許してくれ、皆さんの余りの良い人ぶりに涙が。
まあとにかく今日はバイト最終日という事でいつもより気合を入れて働いているのだ!
そしてあれよあれよという間にすっかり外は暗くなり、もう何個目か分からなくなってきたオーダーを調理室に伝えていると声をかけられた。
「お疲れ様知夏ちゃん」
振り向くと今日も相変わらずの美人店長がいた。
切れ長の瞳にショートカットの髪がクールな印象を与えるけどにっこりと微笑めば柔らかい雰囲気に変わって美人度に拍車をかける。
勿論クールビューティってのも良いけどね!私は好きよ!
そして何よりその足と身長。背の低い私にとって憧れる長身の背丈。すらっと伸びる足なんてどんだけあるんだよって位長い。もう腰の位置からして違う。ホントに同じ生物だろうか。
「店長。どうかしましたか?」
今は混み合う時間帯だから店長も忙しいのにどうしたのかと首を傾げると。
「そろそろ時間でしょ。だからもう上がってーー」
パリーンッ‼︎
続く筈だった店長の声は耳障りなガラスの割れる音が店内に響いて掻き消された。
突然の騒音に肩が跳ねる。
驚いてテーブル席を振り返るとスーツ姿の男性客がコップを床に落としてたのか慌てている姿がみえ、まずいと心の中で叫ぶ。
今は夕飯時で人も多い。その上小さい子供達も多いから早く対処しなければ怪我をしてちょっとした騒ぎになってしまう。
それがまだ普通の人なら良いがタチの悪い類いの輩だったら最悪だ。
辺りを素早く見回すと手が空いていてかつ現場に一番近い店員は私。
となれば当然。
「私が行きますね」
そう言うや否や私は急いで塵取りと箒、怪我をしない為にゴム手袋を取り出した。
因みにこれらはこういった事を想定してすぐに取り出せるようになっていたりする。
すると店長は申し訳なさそうに眉を下げた。
「そう?ありがとう知夏ちゃん。でも時間は大丈夫なの?」
「はい。そこまで急がないといけない程じゃありませんので」
ちらっと時計を確認してもまだ余裕がある。
毎年イブは家族と過ごすので今日はいつもより早めに上がらせてもらう予定なのだ。
この忙しい時間帯に抜けてしまうのは心苦しいがこればかりはなんとも。
せめてこれ位して行こうと男性客の所へ慎重に駆け寄る。
「お客様、怪我はありませんか?」
私に気付いた男性はあからさまに安堵の表情を浮かべる。
「あ、はい大丈夫です。すいませんコップを割ってしまって……」
申し訳なさそうに眉を下げる男性の向かいの席には誰も居ない。恐らく一人で来店したのだろう。
今時珍しいなと思いながら安心して貰うように営業スマイルを浮かべる。
「いえ、お怪我がなくて良かったです。破片の方は今片付けますので気をつけて下さいね」
そう言い置いて破片を片付けるべく塵取りの上に集めていく。
しっかし我ながらこの短期間で良くここまで成長しなぁ……。
コミュ障の私からは信じられない程の対応だ。素晴らしい。
とまあ流石にもたもたしてたら時間がヤバイので最後に箒で早々に破片を片付ける。
道具を元の場所に戻して、もう上がらせてもらう事を店長に伝える為客席を見回すが見当たらない。
(もしかして休憩室のほうかな)
そう思い店員が休む為の休憩室に顔を覗かせると案の定、店長が机に向かってペンを走らせていた。
「店長。あの、私そろそろ上がらせて貰おうかと思います」
後ろから控えめに声を掛けると店長が顔を上げる。
「あら知夏ちゃん。さっきはありがとう、怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です」
「そう、良かった。それじゃあバイト最終日お疲れ様」
「ありがとうございます。短い間でしたがお世話になりました」
お礼を言って頭を下げる。
本当にお礼を言っても言い足りない。特に昨日の無断欠席の件があるので殊更。
「また気が向いたら何時でも来てね。もう大分仕事も覚えてくれたと思うし、知夏ちゃんならいつでも大歓迎よ!」
ぱちんと片目を瞑って、なんならもう本当にうちに入っちゃう?と戯けた風に言う店長に二人で笑い声をあげる。それから少しの談笑の後、しっかりとお礼を言ってから部屋を後にした。
更衣室へまでの廊下を歩きながら今日までの事を思い起こしてみると、本当に入った当初からは考えられないくらい楽しかったなー。
最初はお金稼ぐ為にと苦肉の策でバイト急募チラシの中で時給が良い飲食店をピックアップしたのだが、やっぱり嫌だったんだよ。
そこでのんちゃんと私の心労を天秤にかけた瞬間、一瞬でのんちゃんに傾いた。
当然だな。だって私まだ死にたくないもん。
でもまあそのおかげで人付き合いが大分上手くなったと思う。このバイトも楽しかったし。
(いっその事本当に雇ってもらおうか?)
先ほどのやり取りを思い出して口元を緩めながらそんな事を冗談交じりに考える。
更衣室へ着くと馴染んできた制服を脱いで通勤してきた私服に着替え、しっかりマフラーを巻く。
さあ帰ろうと更衣室の電気を消し部屋を出ようとして、忘れ物を確認していないことに気づき慌ててロッカーの中を確認する。
見たところ特に忘れている物はなく、あとは鞄の中身もちゃんとあるか中を覗くとーー赤いクリスマスカラーで飾られたプレゼントが入っていた。
「……」
家を出る前咄嗟に掴んだ通学用の鞄に、この間買ったマフラーが入っていたのだろう。
おもむろにそれを大事に両手で包み込む。
そこで、今日一日中必死に思い出さないようにしていた事が鮮明に蘇る。
同時に選ぶのが面倒臭いと言いながら店でこのマフラーを山下君が喜んでくれるのを楽しみにしながら選んでいた事まで思い出してしまった。
それなのに、どうして彼はあんな顔をしていたんだろうか。
「……昨日、渡そうと思ってたのになぁ」
何やってんだろ、私。
ぽつりと口から漏れた言葉と乾いた笑みが浮かぶ。
冷たいロッカーに頭をこつんとつけると、ポロっと一粒の雫が零れた。