母登場
遅くなりました……っ!
ごめんなさい‼︎
しかも短い……。
目が覚めた私の耳に入ってきたのは規則正しい、けど頭に響く音だった。
「っるさいなー……」
ずっと聞いていると頭が痛くなるアラームを止める為、いつも時計を置いてある場所に手を伸ばすが空を切るだけで何も掴むことが出来なかった。
再度その周囲に手を回すがどれも空振るだけ。
なんでだと妙に重い頭を持ち上げると、自分の腕が視界に入る
すると着ている服がいつもと違う事に気付いた。
「……なんで制服?」
思わず首を傾げた瞬間、堰を切ったように昨日の出来事が頭に雪崩れ込んできた。
鮮明に脳裏に浮かび上がる、私が突き飛ばし、見開かれる瞳と傷付いた顔。
何故あの時私はあんなにも頑固になってしまったのだろう。
私が山下君を拒む理由。そんなもの決まりきっているというのに。
彼には恋人がいる。そんな人にいつまでも学校やバイトの送迎なんかさせていたら相手の人にも山下君にも迷惑がかかるだろう。
それに男女間のトラブルなんて厄介な事に巻き込まれるのも私はごめんだ。
それをどうして私は素直に言えなかったのだろうか。
もやもやする感覚と一気に沈んだ思考を振り切るように目覚ましを探すと、ベットから転げ落ちているのに気付いた。
あったと手を伸ばそうとした瞬間、怒声とともに壊れそうな程勢いよく扉が開く。
「いつまで寝てるつもりだ知夏ぁぁぁああ‼︎ 」
「ぐへ……っ!」
いきなり目を吊り上げて部屋に乗り込んできた女性に驚いて、私はついていた手を滑らせ床に転げ落ちてしまった。
「っつ〜!」
目覚ましが……っ。
目覚ましが顎に刺さった……っ!
じわりと目尻に涙が溜まる。
結構痛い。もろに顎が床に激突したぞ。
最近私顎を打ってばかりな気がする。骨が変形したらどうしよう。
しかも悲しいかな。その拍子に目覚ましが止まった。
そんな不憫な思いをした娘の事など歯牙にもかけずに、お母さんは声を荒げる。
「ったくあんたはいつまで目覚まし鳴らしてるつもりだ⁉︎ こっちは徹夜明けで眠いんだよ!」
知らんがな。
だがよく見たら彼女の目の下にはくっきりと隈ができていた。
「……また徹夜したんだ」
「三徹」
「ようやる」
どうりで最近家にいなかった訳だ。
「締め切りが近かったのよ……」
はあとため息を吐くお母さんはそれなりに売れている脚本家。なのだが、大体締め切り間際に焦るタイプの人間で、担当の人に泣き付かれたのは一度や二度じゃない。
はぁーっ。我が母ながら情けない。
親の情けない所を幼い頃から見せられてきたこっちの身にもなれってんだよ。何より担当の西村さんが可哀想。
しかしここで余計な事を言おうもんなら飛び膝蹴りが飛んでくるのでそんな馬鹿な真似はしない。
あれだ。触らぬ神に祟りなし!
文系のくせに無駄に元気なんだよな、この人。
見た目も四十代に突入したくせに今でも「あら、おねえさんですか? お綺麗ですね」なんて言われる。ここ数年全く衰えを感じさせないその容姿と体力及び筋力にそろそろ怖くなってきた。
ん? てか今何時だ。
顎を持ち上げて時計を見れば、あら不思議。午前七時の文字が。
その下には十二月二十四日との日付。
「……」
確かこの日は朝からシフトを入れてたなぁ〜……。
「ちょぉおおいっマジかよ⁉︎ 後二十分しかないじゃねぇか!」
開店時間三十分前までに出勤して食器やら食材の点検にフロアのモップ掛けと、ファミレスの朝は早いんだよ!
心の中で誰とも知れない誰かに八つ当たりをしながらばっと立ち上がる。
家からバイト先まで約十分。出勤指定時刻が七時半だから換算して、残り時間は約二十分。
「おーおー朝から騒がしい奴だな」
お前がいうか⁉︎
しかしそんな事に構っている暇もない。
「やっぱ今日バイトだったのか。だろうと思ったよ」
「そう思うんなら起こせよ!」
やっぱり一言言わないと気が済まなかった。
「親に向かってなんだその口の利き方は! 大体三十分も前から鳴ってたのに起きなかったお前が悪い」
三十分も鳴ってたのかよ⁉︎ 起きろよ私!
ああってかマジで時間がやばい!
もう朝ごはんも食べている暇もないなこれは。
私は急いでシャワーを浴びて支度を済ませる。
「おーいもう二十分だぞー」
すっかり目が覚めてしまったと怒ったお母さんは寝るのを諦めてコーヒー片手に呑気な声を掛けてくる。
「わかってる!」
返事を返しながら私はコートを羽織り、家を飛び出した。