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イケメンは伊達じゃない

 広い体育館を照らす光はまるで彼女の為に存在するスポットライトの様に感じる。


 キュッキュキュと鳴き声を落としていきながら、幾多の敵をかわし、突き進む姿はまさにイケメン。

 ダンッと大きな響く音をならした瞬間、笛が鳴り響く。


「一組の勝利!」


 先生が高らかに宣言する声にその場にいた一組の女子が黄色い歓声をあげる。


「きゃぁあああっ! 中条さ〜んっ‼︎」


 歓声の的、のんちゃんは女の子たちの悲鳴を気にすることなく滴る汗を首元のシャツを引っ張って拭う。

 その仕草が余計に女の子達を色めき立たせる。


 のんちゃんイッケメーン。

 男子なんて目じゃないぜ!

 緑のネット越しで観ていた、れっきとした男子達は唖然としている。ふっふっふ。のんちゃんのイケメンぶりを見たか!

 私はタオルを持ってのんちゃんに駆け寄る。


「お疲れ様のんちゃん」


「ありがとう」


「ダンク凄かったね。私生で初めて見た」


 タオルを首に掛ける彼女はそこらへんの男子より良い男なんじゃないのか?

 いや、一人だけうちのクラスにのんちゃんに匹敵するモテ男がいたな。


 確か名前は……山下達也だったけ?

 学年問わず結構人気があるらしい。まあ引きこもりの私にはお近づきになりたくない人種だな。

 そうこうする内練習試合が終わってパスの練習が始まり、私はのんちゃんと組んだ。

 何回かボールを回した時、のんちゃんが思い出した様にとんでもない事を言い出す。


「そういえば知夏、あんた好きな人いるの?」


「ぶへ……っ」


うぉぅ……。

 のんちゃんのボールが顔面にめり込んだ。

 鼻が潰れる。


「何やってんのあんた」


 呆れた顔してるけどね、貴方のせいですよ、貴方の。

「……のんちゃんこそ急になにーー」


「危ない……っ!」


 言ってんの。そう続く筈だった言葉は焦りを含んだ叫び声と後頭部を襲った衝撃で途切れる。

 一気に場が騒然となる。


 誰かの悲鳴も焦燥を帯びた声も、どんどん周りの音が遠くなっていく。

のんちゃんが珍しく焦った顔で私に手を伸ばす。

 私を呼ぶ聞き覚えのない声を最後に私の意識は闇に吸い込まれた。






 目が覚めた私は白い天井と蛍光灯に首を傾げる。

 どこだここは。


 視線だけを動かすと私は見覚えの無いベットに寝かされていることに気付いた。周りはカーテンに囲まれている。

 私は確か体育の授業を受けていた筈だが。はて。


 確かのんちゃんの素晴らしいダンクを拝んで、その後パスの練習をして、それで……。そこからの記憶がない。

 いやいやいや。そんな訳ないだろ!もっとよく思い出せ。


確か〜……、練習の最中何故か話題が恋話になって、そう! いきなり声をかけられたと思ったらボールが頭にあって気絶したんだ。


 てことはここは保健室か? なら目を覚ました事を先生に伝えないといけない。ゆっくり起き上がると頭がズキっと痛んで呻き声を上げてしまう。


「……ゔっ」


 クソッ、誰だボールを投げやがった奴。ノーコン野郎め!

 自分もそのノーコン野郎と同類だという事を棚に上げて心の中でまだ見ぬ犯人に悪態をついていると、カーテンの向こうからガタッと椅子を引く音がして、制止の声が掛かるも勢い良くカーテンが開かれる。


「坂本っ起きたのか⁉︎」


「な……っ」


 ……んでお前がここにいる。

 目を剥いて何も言わない、ていうか言えない私に、彼はベットの傍らに来てひどく思いつめた顔をしながら私に詰め寄る。


「頭痛く無いか? 気分は? 俺の事分かる? 同じクラスの山下なんだけど」


 分かる?と顔を近づけて言う山下君に気を取り戻した私はあまり近さに顔が赤くなるのがわかった。


「こらこら山下君。そんなに矢継ぎ早に言ったら答えられるものも答えられないでしょう」


 乗り込んできた山下君に続いて保険医の先生がカーテンの中に入ってくる。


「あ、すみません。……坂本も、ごめんな?」


 高校二年生の男子がシュンとして上目遣いで謝るな!

 ったくどいつもこいつも女のくせにイケメンで男のくせに可愛いって、異性に失礼だろ!

 こんな事口が裂けても言えんがな!


 のんちゃんと女の子達に殺される。

 つか何で山下君がここに居るんだよ。ただでさえコミュニケーションが苦手な引き篭もりにイケメンとの対話はきついだろう……っ。


「大、丈夫」


「そっか、よかったぁ。でもなんかあったら絶対言うんだぞ!」


「はい……」


 えっと、何だこれ。どうして学校のアイドルであるイケメン山下君が私の反応一つで一喜一憂しているんだ。頭にはてなマークを浮かべていると先生が口を開く。


「坂本さん、彼の言う通り何かあったら教えてね。あなた、山下君が誤って投げたボールが頭に当たって気絶したんだから。とりあえず何か体に異常はない?」


 やっぱりそうか。流れ的にそうだよな。

 先生が私のおでこに手を当てて熱を測りながら尋ねてくる。


「はい。少し頭が痛いだけで特にありません」


 さっき見たいな呻き声を上げてしまう程の痛みは引いたけどじんじんと痛む感覚は継続してある。


「多分たんこぶになってるから暫くは痛むと思うけど、くれぐれも安静にね」


「分かりました、ありがとうございます」


 まだこれが続くのか、嫌だな。

 ちっ、何してくれてんだよ。私は今うん万円を死に物狂いで集めないといけないのに。貴重な時間を無駄にしちゃったじゃないか。


 しかしバイトを始めるのは必須だな。

 あれ、そういえば私どれくらい寝てたんだ?


「あの、今って何時くらいですか?」


 思わず手を上げて質問すると、ちらっと腕時計を見た先生から信じられない言葉が出てきた。


「五時半よ」

「……」

「……」

「……もう一度お願いします」

「五時半」


 私は約五時間も寝てたのか? 寝すぎだろ。赤ちゃんか。

 そういえばイケメン山下君は部活の鞄を持っている。部活帰りにわざわざ寄ってくれたのか。イケメンめ。


「……私もう大丈夫なんで帰ります」


 こんな所で油を売ってる暇はない。なんせのんちゃんの弁償代を稼ぐ為にバイト先を探さないといけない。この時期はクリスマスが近いから人員を欲している所はある筈だ。優良物件は早々に売り切れてしまうから急がないと。


「んーでもねえ。気を失った子を放っておくわけにもいかないし。もう外も暗いからご両親に迎えに来てもらいましょう」


「いえ、うちの親は夜遅くならないと帰ってきませんので大丈夫です」


 そんなもん待ってたら日が暮れるわ。もう暮れてるか。

 きっとあの人達なら『気絶した? 大丈夫大丈夫。死にゃしないわよ』と言うだろう。ああ、幻聴が。


「でもねえ……」


 渋る先生に私もどうやって納得していただこうか頭をフル回転する。

 しかしそんな私達を側で見ていたイケメン山下君がおずおずと口を開く。


「あの……」


 私と先生の視線が彼に向く。

 そういえば居たな。ちょっとだけ忘れかけてた。


「俺が坂本を家まで送るのじゃダメですか? 怪我までさせたのに何にもしないんじゃ悪いし……」


 その憂いを帯びた顔に私の頭は今一瞬確実に停止した。勿論その内容であって顔では無い。

 引きこもりの全ての置いて平凡な私が学校のアイドルに家まで送ってもらう?


 はっ。全てのおしゃれ女子に謝れ。

 みんなお前の気を引こうと必死なのに、お前は化粧も何もしていない女と一緒にいるつもりか⁉︎ みんなが許しても私が許さん。


 これら全てを正面から言える訳もなく、なんと断ろうか考えあぐねていると先生が名案だという様に顔を輝かせる。


「そうね! お願いするわ」


「は?」


 ちょっと待て。何を言ってやがる。

 送る? 誰が。

 王子が。

 誰を? …………

 …………………………私?

 いやいやいやいやっ、ちょっと待って‼︎


「それじゃあ行こう、坂本」


 ぼけっとしている内に話がまとまったのか、山下君が私の荷物を持っているんだけど。


 いや、無理です。なんて、とてもじゃないけど言い出せる空気じゃなかった。


 これから浴びせられるだろう、女の子達の冷たい視線が怖い。






「それじゃあまた明日」

「うん、送ってくれてありがとう」

 わざわざ家の前まで送ってくれたイケメン山下君は手を振りながら去っていった。

 イケメンは伊達じゃない。それがこの道すがらよく分かった。

 帰り道一切話題が途切れることがなかったからだ。

 イケメンスゲェ。よくそんなに話題が尽きないなと誰でも感じると思う。

「ただいまぁ」

 誰もいない家に向かって言う。いるのは愛犬のモモだけだ。

 今日は色々あって疲れていたが先にバイト先を今日中に決めてしまうのと、後はお年玉を掻き集めないといけない。

 ご飯もそこそこに私は入っていた短期バイト募集のチラシとパソコンとを暫く睨めっこするのだった。


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