恐怖ののんちゃん
クリスマス企画です!
あんまりクリスマスしてない気がしないでもないですが、そこはご愛嬌でお願いします。
坂本知夏高校二年生。
容姿成績共に平凡。身長体重平均。運動神経も言わずもがな。
そんな特に取り柄のない私は先日、小学校からの付き合いである友達の中条望、通称のんちゃんに強請ってようやく貸して貰えたアクションRPGの本体&ソフトを連日プレイしていた。
文武両道で特に武に秀でている彼女は、そういったことに興味がない様だが、スタイル抜群で容姿も可愛いというより綺麗な顔をしていて結構な人気がある。
女の子にも人気があって、先生からの人望も厚い。
そんなのんちゃんと一緒に居るなんて場違いな気もするが、今はそれは置いといて。
十二月になって期末も終わり、ひたすらゲーム三昧だった私は、今日も鼻歌を歌いながら学校から帰ってまたゲームの続きをしようと心躍らせていた。数時間前までは。
十二月三日九時三分の事。
パリーンッ。
陶器が割れる甲高い響きが広い家の中に響く。
「ああああぁぁぁあああっ‼︎」
一瞬か数瞬間、息をするのも忘れる位の衝撃から立ち直った私の喉からは野太い悲鳴が漏れていた。
嘘だろ⁉︎
まずい。これは非常にまずい。
何をどうすればいいのか、暫くあたふたしていた私ははっとして深く深呼吸する。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……。落ち着けぇ……落ち着けぇ……」
言葉とは裏腹に顔から血の気が引いて、体はガクガクと震えている。
まずは整理しよう。
学校から帰った私は、今日も帰りが遅い両親に一人っ子というのをいい事に帰って早々のんちゃんから借りたゲームをやっていた。
熱中して気付けば夜の八時で、良いところだったからテレビ画面にゲームを表示させたまま、愛犬のモモと戯れてからお風呂に入った。
それが何でこうなる。
いやいや、もう少し何かあっただろ。
ゲームを置いて、モモと遊んだ。そして、……まさか檻に鍵を閉め忘れた?
ばっとモモが中に入っているはずの籠を見れば閑古鳥が鳴き、愛らしい鳴き声にギギギっとぎごちない動きで足元を見下ろせば、遊んでとばかりに私の足に前足を乗せている愛狂わしいモモ。
焦茶の毛並みとくるりんとした目がいつもなら私を悶えさせる。
ああ、涙が。
なんで……っ
なんでこうなった⁉︎
今私の目の前には空き巣に入られた様に散らかったリビングと無残に黄色い液体浸しになったゲーム機達。
そしてモモのお尻が微妙に湿っている。
この部屋に入ってきた時、驚いてカップを落としてしまったのだ。
お気に入りだったのに……。
いや、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
私は飛ぶ様にして自分の財布を掴み中を勢いよく開く。
残高五百二十七円。
「あぁ……」
(何この残金の少なさ……⁉︎ 花の女子高生の財布じゃないだろ! 昨日奮発してスイーツバイキングになんて行くんじゃなかった……っ!)
ガクッと床に膝をつく。
何故お金を確認したか。それは、のんちゃんにゲーム機の弁償をする為だ!
のんちゃんは、怒るとすごく怖い。それはもう。大人が裸足で逃げ出すくらいには。
だから弁償。それは当然の義務。
もう一度手元を見れば、百円玉が五枚、十円玉が二枚、一円玉が七枚。
ゲーム本体&ソフト恐らくうん万円。
オワタ……。
「怖い怖い怖い……」
今回借りたゲーム、のんちゃんのお気に入りだったのに……。
この日私は魂が抜けた様に部屋の片付けをして家族に心配を掛けながら就寝したのだった。
「すみませんでしたっ‼︎」
土下座である。
現在生徒達が登校し始めた教室ののんちゃんのベランダ側の一番後ろの席。
もう醜聞も恥もクソもない。
「……」
事の全貌を余す事なく全てお話ししての土下座なのだが、無言が、無言が痛い!
クラスの皆ものんちゃんの無言怒気にハラハラしているのが手に取るようにわかる。
そしてクラスの皆の『何したの坂本さん……っ』という心の声が聞こえる。
私が話した内容は聞こえなかったのだろう。
汗がダラダラと流れ落ちる。
いくばか時間が流れた時、低い呟きが落ちる。
「……知夏」
「は、はひぃ!」
びくりと体が跳ねて立ち上がる。
目元が陰って見えなくて恐ろしさが倍増して涙目になる。
のんちゃんの体がひらりと傾いたと思った瞬間ぬっと顔が近付いて、反射的に後ずされば背中に硬く冷たい感触が広がる。
「……ひぃっ」
次いで彼女の手が顔の横に鈍い音を立てて置かれる。
きゃ、壁ドン☆
ごめんなさい冗談です。
視界には剣呑な光を灯した瞳が私をまっすぐ射抜いている。
「の、のんちゃん?」
「クリスマス」
「へ?」
何を言い出すんだのんちゃんは。そんなにクリスマスが好きだったっけ?どっちかと言うと恋人達のきゃっきゃうふふより肉の方が好きだよね。
「クリスマスまでに弁償出来れば許してあげる」
クリスマス。今日は四日だから、丁度後二十日。
後二十日でうん万円かき集めろと⁉︎
(いやいやのんちゃん、それはいくらなんでも横暴ってもんだぜ〜)
そんな事を回想していたらのんちゃんの瞳が剣を増した。
「返事は」
「……はい」
おかしいな。口に出してなかったはずなのに。
「知夏、お茶」
「はいっ」
差し出された手に、多過ぎず少な過ぎない適量をお茶を入れたコップ差し出す。
今はお昼休みの時間。私がのんちゃんの机に行ってお弁当を食べている。
今朝私がのんちゃんのお怒りに触れてしまったせいで教室中がとても気まずかった。そりゃもう。ホームルームに来た先生でさえクラスの異様な空気に戸惑っていた位に。
昼休憩に入って皆逃げる様に教室から出て行くからいつもの半分の人数しかいない。
いつもクールなのんちゃんだけど、今は割り増し。
私は召し使いさながらな働きを朝から続け、先生にまで同情された。屈辱だ。
私が渡したお茶をすすりながらのんちゃんは窓の外を見てぼそっと呟く。
「はぁ……。今日は最悪ね」
そう、のんちゃんの機嫌が悪い原因はこの空模様。
今日の午後の授業は体育が入っていた。外でサッカーをする予定だったのだが、四限目の終盤頃からいきなり土砂降りになって運動場はズブズブ。
必然的に体育館での競技になるのだが、男子と共同だから使えるスペースも限られてくるので思いっきりやる事ができないのだ。
そう。だからのんちゃんの機嫌が悪いのは私だけのせいじゃない!
悪いのはお天道様だ! のんちゃんに謝りやがれクソ!
「大半はあんたのせいだから」
「すみません」
何故、彼女には私の心を読まれるんだ。不思議。
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ほら、さっさと行くよ」
すっと立ち上がったのんちゃんは机の横に掛けていた体操着入れを持ってすたすたと歩いて行く。
見ればお弁当は綺麗に完食して片されていた。
「ちょっ、待って! すぐ行くからっ」
私もさっさと残りを口に詰め込んでのんちゃんの後を追った。