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風呂は光に包まれて

作者: サツキスケ

『石鹸(究極のイベント発生アイテム)』


まだ夕方だというのに、左院家ではすでに、風呂場の換気扇が回っていた。

そして僕は今、まさに戦場のど真ん中に腰を下ろしている。

アイリに童貞だと馬鹿にされたせいでつい切れて一緒に風呂に入ることになってしまっているのがこの状況だ。

浴槽というエデンに住まう二人の幼女は、お互いの体のつくりに関して姉妹でほほえましく会話をしていた。因みに、当然ながら二人ともメガネを付けてはいない。ノイリはメガネを無くすと近眼の状態になるが何とか内装を判別できるし、アイリはそもそも目が悪くない。

「おっかしいわよね」

「どうしましたかお姉ちゃん?」

銀髪幼女二人組は、長い髪の毛を頭の上で括っている。普段ツインテールとポニーテールで見分けているだけあって、髪の毛の違いが消えると見分けがつきにくい。顔だけ見れば、だが。

「ここよここ! この生意気な脂肪! どうしてここにだけ貯まるのかしら!」

「あっ、お姉ちゃん、ちょっと。どこ触って……」

黙々と頭を洗い、できるだけノイリたちの方に目線を向けまいと意識している僕の集中を乱すかのようなやり取り。男として、健全な男子として、この状況は乗り切らなければならない試練だ。何か不祥事が起きてはいけない。

「どうして私たち双子なのに、こんなに胸の大きさに差が出るのかしら? どうしてあたしはこんなに……ああもう!」

「お姉ちゃん、そんな乱暴にっ」

なんですかなんなんですかあなたたち。この状況にもう慣れた、と。僕は普段巻かないタオルを腰に一枚巻きつけただけなのですが? 僕がどういう反応するかみてやろうと、そういう戦法なんですね。

ピンクの声を出すのは義務ですか? 

「ねぇ、ノイリ、カケル、なんか笑ってるわよ。気持ち悪いわ」

「気持ち悪いとかいうな!」

なるほど、そこまで馬鹿にしますか。いいでしょう。耐えてやりますよ。いくらあなたたちが頑張ったところで、私の耳をピクリと動かす程度にしかなりません。……おっと、落ち着きなさいマイサン。まだ早い。早すぎる。

「カケルちゃん、どうしてずっと頭を洗っているのですか?」

「ノイリ~。それ聞いちゃう? 15分も髪の毛洗ってるのはさすがに長いわよね」

いきなり話を振ってくるなよ。僕はノイリたちを気にしない作戦で行こうと思ったのに、台無しじゃないか。

いや、気にしなければ大丈夫だ。

僕は普通。僕は普通。僕は普通。ロリコンじゃない。ノータッチノーロリコン。……オーケイ。実にクールだ。

「髪の毛は大切にしないとな。しっかり洗わないと汚れが溜まる。でも長いかもだから、先に上がって部屋に行っててもいいよ。うん」

努めて冷静に、僕はそう提案した。題して、『カケルの頭洗う時間長すぎるし、先に出ようっと』作戦。

僕は普段髪の毛を洗う時間が長い。そう設定しておけばノイリたちも、僕のこの異様に長い洗髪時間を疑うことは――

「嘘つきなさい。毎日二分くらいでシャンプー終わるでしょう」

そうだった。あいつら僕の生活を覗いてるんだった。

「あああ、あれだ。今日は特に汗を掻いたから」

少し苦しい言い訳か。いや、汗を掻いているのは本当だ。今も絶賛掻いている。主にお前らのせいで。

「……そう。じゃあノイリ、ちょっと耳貸しなさい」

悪い顔してますよ。アイリさん。

「え? うん……うん。……ええ!?」

耳を貸したノイリは、恥ずかしそうに僕をちらりと見る。

おいおいおいおい。この状況、僕は多くのアニメで見たことが有る。

幼女と風呂場に同時に存在するだけでもかなり不味い状況なのは分かっているが、この続きとなると、もうイベントは決まっている。体を洗う――

「私がカケルちゃんの頭を……洗う。ですか?」

「Of cource!」

そっちか。あ、がっかりなんてしてないんだからね!


「カケルは絶対にあたしを失望させたりしない。信用を無くすようなまねは絶対にしない。ノイリはあたしにそう言ったわね?」

「え、ええ。言いました。でも頭を洗うだけでいくらカケルちゃんでも」

あれ、ノイリ? 「いくら」ってちょっと僕を馬鹿にしなかった?

「いいってそんなことしなくて! 自分の頭くらい自分で洗える」

「カケル、何度も言うけどあたしはノイリの見方で、カケルの敵。それを忘れないで。最低限カケルが理性のある人間だってこと、見せてもらわないと困るの。ちょうどいい機会だから試させて」

ふぇぇぇ。怖いよう。

そういう意図があったのかよ。信頼しているようなこと言われたら、余計に意識しちゃうじゃないか。

「くそっ。分かったよ。ただし、ノイリ。絶対に頭以外を触るなよ? 絶対だぞ!」

これはノリとかじゃなくてマジで! もうほんとダメだからね?

「わ、分かりました。絶対ですね!」

小さくガッツポーズするノイリのせいで、僕は頭を抱える。

だめっぽいぞ。そういえばこの前ノイリはバラエティーを見てた気がする。余計な知識つけたんじゃないのか?

「じゃ、じゃあ」

ノイリの小さな手が僕の頭に当たる。僕の洗いかけの頭を、ノイリが引き継ぐ。

背後には……ロリ巨に――くああああっ。

考えるな! 何も考えるな!

「初めてなので、よくわかりません。気持ちいい、ですか?」

ノイリの甘い声が風呂場に反響し、むず痒い気持ちになる。

こらマイサン、お前に言ってんじゃない。落ち着け。

「あ、ああ。とっとと流してくれ」

「はい。じゃあシャワーを……」

「ウェイウェイウェイ。シャワーだな。僕がとるよ」

危ない危ない。

シャワーのハンドルは僕を挟んでノイリの反対側にある。手を伸ばしてそのせいで覆いかぶさる、なんてことが有ったら大変だ。それも、ありえない角度と体勢で起こり得るかもしれない。僕の知っている某漫画の主人公はいつもそうやっていた。予備知識があってよかった。

「あ、ありがとうございます。では」

「おっと、床に石鹸が。危ない危ない。水も僕が出すからね」

シャワーを捻り、湯を出してあげた後、石鹸を風呂場の端に滑らせる。

そのあまりの行き届いた気配りに、ノイリは少し嬉しそうに。

「……カケルちゃん、今日は優しいですね」

「いい、いつものことだにょ?」

思い切りきょどっちゃった。が、おそらく優しく接している理由はばれていないだろう。フラグを潰してい行くことこそが重要なのだ。

「では、流しますね」

ノイリは少し背伸びしてカケルの頭に顔を近づける。

湯が出ていることを確かめたあと、ノイリは僕の頭にヘッドを向け、ゆっくり洗い流していく。

驚いたことに、意外とうまいんだなこれが。

洗うときも感じたが、力は強すぎることも弱すぎることもない絶妙さだ。

なんだか気分が落ち着く。

だが、そのころから背中に妙な感触が感じられ始める。

「むー。揺れているわ」

アイリはこっちを凝視しているようで、ノイリの状況を羨ましそうに実況してくれるが、あまり見ないでほしい。

ノイリはおそらく必至に僕の頭を洗ってくれているから気づかないだろうが、年の割の大きなノイリの胸が首筋に当たってる。

いや、実年齢知らないけど、少なくともアイリよりは格段に大きい。先のとがった感触で、それでいてフニフニとしている。そんなものが当たっていたら、もう見た目幼女とか関係ないんじゃないですかね?

ああ、本当に不味い。マイサン、落ち着くのだ。もう少しで髪の毛は洗い終わる。メガ進化は必要ないぞ。

「ノイ、リ……ウゴカナ、イデ、ク、レナイカ」

「カケルちゃん、ちょっと待ってください。背が少し足りなくて」

「そうよね。せっかちは嫌われるわ」

お前随分好き勝手言ってくれるな。そんなに僕のこと嫌わなくていいと思うけど。

くっ……。

「怪我しない程度に急いでくれ」

「分かりましたカケルちゃん」

いい返事だが、結構長い間ノイリは水を流し続ける。確かに、他人の頭に泡が残っているかどうかは中々分からないしな。

その間、相変わらず背中にノイリの胸が擦れるが、一ついいことを思い出した。

最近の風呂場には謎の光や濃い湯気が発生し、局部を見ることは出来ない仕様になっているらしい。

本当に不味いことはご都合主義的に見えなくなるそうだ。こんなこと、アイリに馬鹿にされるまでもなく日本の常識。なんせ、教えてくれたのは谷田部だ! あの女扱いに慣れた谷田部が言うんだ間違いない。……若干楽しそうに話していたが。

「これで……勝つる!」

そうさ。どんな状況になったところで、視覚的に見なければセーフ。イエスタッチノーロリコン。若干意識が低くなったのは気にしなくていい。

「もう少しで終わりますよ。どうでしたか? 一緒にお風呂に入った感想は」

ノイリは僕の頭を流しながら名残惜しそうに問いかけてくる。そんな風に問われると、この状況を一概には否定できない。やはり、アイリと違ってノイリは可愛いやつだ。

「悪くなかった」

「そうですか。強引に連れてきて、少し後悔していたのですが、カケルちゃんが嫌がっていないようでよかったです」

「ああ、ノイリはなんて一途なの! 姉妹とは思えないくらい!」

本当だよ! お前自重しろ。なんで毎回毎回僕を邪険にするかね? 僕何もしてないからね。

「こうして一緒にお風呂に入ることも、私の夢でした。それが叶って、今とても嬉しいです。ありがとうございますカケルちゃん」

「……僕は何もしてないよ。でも、こちらこそありがとうな」

まさか僕もこんな状況になるなんて、考えたこともなかった。

慌ただしくはあるけど、毎日が楽しいよ。

「ふーん、まぁ合格ってところかしら。そろそろあたしたちも上がらないと」

アイリのつまらなそうな声を聞き、僕はほっと胸を撫で下ろす。こんなに辛い風呂は初めてだ。

よく頑張ったぞマイサン。よく頑張った。撫でてあげたいところだが、ぐっと我慢する。

「そうですね、この浴槽に三人は少しキツイですから。私は先に上がりますね」

風呂場の入口を閉める音が聞こえる。ついでアイリも風呂から上がった。そして入口で立ち止まり、僕の背中に話しかける。

「今回、カケルはよくやったんじゃない?」

「なんで上から目線だ。僕より身長小さいくせに」

「ふん、ちょっと試練を乗り越えたからと言っていい気にならないことね。あたしはいつでもノイリの見方」

「あっそ。まぁ僕に掛かればこれくらい、訳はないが」

「……生意気」

鼻を鳴らして、アイリは踵を返す。僕の反応が気に入らないようだ。僕もアイリの態度が気に入らないけどね。

「せいぜい油断しないこと――きゃあっ」

アイリの悲鳴が聞こえた瞬間、僕は脊髄反射の勢いで振り向く。

油断していた。まさかこのタイミングでイベントが発生するなんて。

「くっ見てしまっ……なに?」

ナイス不自然な光! 局部は全く見えないぞ!

しかし、かなりバットだ石鹸! なぜアイリの足元に移動している。さっきあれだけ厳重に風呂場の端に移動させたのに。

アイリはそのまま僕のもとに倒れ込んでくる。さすがに支えてあげないと、アイリが怪我をするかもしれない。

「アイリ! うおっ……」

だが、どんな神様のいたずらだろう。僕の踏ん張りを聞かせようとした足元は、泡だらけだった。そして僕は足を滑らせ、アイリの下敷きになって頭部に強烈な痛みを味わう。

ちかちかとする目を開くと天井が見える。最悪なことに、アイリの股の間から顔を出すような体勢で下敷きになっていた。

「いつつ……アイリ、大丈夫……」

「あわわわわわっ」

この体勢だ。アイリの目の前に何があるのかも分かる。リビドーに当てられたマイサンだ。

さて、困った。この状況で、アイリが僕を信頼できるだろうか。

「アイリ、落ち着け。先に言い訳をさせてく――」

「こ、このっ。……はっ、まさか最初からあたしを狙って。ノイリに誘われておきながら何もしないと思ったらまさかこんなことを!」

困惑気味にアイリは早口にまくしたてるが、そんなのいいから早くどいてくれませんか? 光さんが働いてないらしく、君、下半身丸見えだからね。マイサンもやる気出し始めてるんで、ホンと勘弁です。

「アイリ、待て。それはいろいろ無理のある憶測だ。それに何か誤解をしている。この状況になって僕に何も変化が起きなければそれは病気だ」

「説得力があるわね! カケル、あんた『極運』をこんなところで使うなんて!」

アイリの拳がミシミシと戦慄いている音が聞こえる。あ、多分もうダメだ。グッバイマイサン。お前は悪くなかったよ。

「やめ、あの、えっと」

「最低! ロリコン! 童貞野郎! バカー!」

「おぶろうぇ……っ」

顔を真っ赤にしたアイリによって、腹部に見舞われる強烈な拳。胃の内容物が一片を残さず逆流するような痛みが全身に広がる。

「もう知らない!」

ツン、とした態度で風呂場から出ていくアイリの背中を見送ることしかできず、「たす、たすけ」と声を何とか絞り出すも。

「行くわよノイリ。あいつ、信じられないわ」

「な、何があったの?」

「知らなくていいわ。あーやだやだ。やっぱりロリコンね」

酷い言い草を吐いて出て行ってしまった。


しばらくし、脱衣所が再び開く音が聞こえる。だがその開け方が、ノイリやアイリのものではなかった。

「カケル、ただいまー」

全身から再び汗が溢れだす。由香里が帰ってきていたのだ。

返事がないことを不思議に思ったらしく、由香里は僕を探すように家の中を動き回っていたようだ。そして脱衣所の明かりに気が付き、ここにやってきたらしい。

「カケル?」

うわああああ。来るな来るな。今返事が出来る状態じゃないだけで。

やめてくれ。僕は今腹を押えて風呂場に這いつくばっている状態なんだ。こんな姿を見られたらたとえ由香里だろうと恥ずかしい! やめて来ないで。

「カケル、お風呂じゃないn――え?」

いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!

しばらくの沈黙の後、涙目の僕とは眼を泳がせた由香里を見上げる。

「あは、あはは。ごめんねカケル。返事が無かったから誰も居ないのかと……本当にごめんね。そうだよね、年だもんね。部屋の壁は薄いし、ここくらいしか出来ないもんね」

ちょっと待て、何を勘違いしている。僕は腹を押えているんだぞ。頼む、僕の目を見てくれ。

「でも、お姉ちゃんが居ない時くらいは部屋でもいいんだよ? じゃ、じゃあお姉ちゃんは部屋に戻るから……ね」

由香里はゆっくり浴室の扉を閉め、その場を去っていく。

そして脱衣所の扉が閉まった後、僕は腹を押えながら何とかタオルで体を拭き、一気にトイレに駆け込んだ。そしてタオルを顔に押し当て、全力で泣いた。

もう食欲も何もかもあったもんじゃない。それに、今由香里と顔を合わせるなんて出来るわけが無い。

とにかく後で母さんメールを送っとこう。


『今日の夕飯いらない』

『り』


 女子高生みたいなメールだな……。

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