道中
ー暇である。
馬車に揺られること2日目。
私たち隣国突撃隊の一行は陸路をのろのろと進んでいた。いまだブランシュ王国内である。
一行と言ったのは、私、赤ずきん、御者のおじさん含めた三人に加えて、隣国国王夫婦に贈る贈り物を持ち運ぶ係、その係を護衛する人、一応私たちにもつけられた護衛等、総勢十五人ほどのことだ。
「うんん、…あれ、師匠、なにしてんの?」
真上に昇った太陽に気づくこともなく、長い睡眠を楽しんでいた赤ずきんは、目を覚まし、私が何か作業していることにきづいていった。
ーなんで頭巾被ったまま寝てるんだろう
「薬草を調合してしまおうと、思って。どうせヒマだからね」
「ええー、師匠ずるいなぁ。俺なんも暇潰しの道具持ってきてないよ」
ずるずると寝ぼけ眼で、豪華な馬車の床に座って作業している私の手元を覗き混みにきた。
「ねぇねぇ、これは何に使うの?」
麦とよくにた赤銀の乾燥させた薬草を指差す。
「これはお腹を壊した時の薬」
「じゃあ、この緑色の雑草みたいのは?」
「傷ができた時にこれをすりつぶして塗ると、治りが早いんだ」
指差された2つを鉢の中で混ぜ合わせた。
「これに魔法をかけたりする訳じゃないのに、何でこんなもん作っているの?」
他にすることもないせいか、聞いてくる。
「薬の調合はもともと魔女の仕事の内の一つなんだ。…魔女って言うのはもともと、自然を理解して、利用する職業なの。魔術を修行するのは仕事の一つだからだ、…って私の師匠が言ってた」
すり鉢の中の草はだんだんと固有の形を無くし、粉のようになってきた。
乾燥で脆くなる植物だから、作業がしやすい。
「もし、大規模な魔法を使いたいと考えているなら。必要なのは実は魔術の才能ではないんだ。たとえば、火を使った魔術を使うには、紙やら木材の、引火をしやすいものを置けば効率的なんだ。なにもせずに、魔力だけで火を出現させることもできるけど、それは魔力の無駄遣いとも言える。…そういうのを理解していくのが魔女や魔法使いの仕事、というより生き方、なんだよ」
私はニヤリと笑う。
「ちなみにその事を理解していれば、上級の魔法使いになるのは案外簡単ではある」
「実は、魔法って以外と制限があったりするんだ」
そうだよ、と首肯で答える。
鉢の中にひまわりの油を少しそそぎ、練り上げるようにしてまとめていく。
「魔法だけだと、案外使い道はないんだ。周りの環境がなければ、下手な魔法使いは発動させることすらできやしない、と思う。君が猟師の仕事をするときに守るべきルールがあるのと同じだよ」
纏めたモノを少しずつちぎって細かく、丸にしてまとめていく。それができたら、完成だ。
乾燥させるには1日以上干さなければいけないのだが、場所がないので、魔法でやってしまう。
下に鉄の板をひいて、さっとあたためると、じゅぅ、と音がして、丸薬から白煙のような、湯気のようなものが上がった。
「おお、すごいね。思っていたよりもせこいけど」
赤ずきんが、目をぱちぱちさせて喜んだ。
「せこいって言うな。この丸薬の使い道が一つだけだと思っていたら痛い目をみるぞ。それに前にも同じこと言ったような気がする」
「…そうだっけ?」
「うん」
ふと、見ると赤ずきんが、顔を白くさせている。
もとから白いのだが。
「どうした?匂いがだめだった?」
酔ったのだろうか、心配する。
「そうだよ、師匠。いや、そうじゃないけど。この馬車王室の管理下にあるやつなんじゃ…その、匂い染み付かない?」
「あ…」
煙草のように染み付きやすい匂いであることを、その時私は思い出した。
*
休憩時に御者のおじさんに謝り倒した。
「だいじょうぶさ。匂いくらいすぐ抜ける」
笑顔でいうおじさんに私は心底感謝し、感動した。
「二人とも昼ご飯食べてきな」
ー誇りを抱いているであろう、馬車を汚されたのに、この寛容さ!
道の上に適当に布を広げ、一団がそこで食べている。
今日のごはん係の人にスープとパンという簡素な食事をもらうと隅っこの方に二人で座る。
他の王宮勤めの人たちは同じ食事を食べながら、仕事の話をしている。
王宮勤めでない私たちにはなんとも入りづらい話だ。
「もう、赤ずきんも教えてくれたっていいのに」
「あはは。だってあの時、気づいたんだもん」
膨れて肩を落とす私に、赤ずきんがからからと笑いながら返す。
「もー」
「まぁ、よかったじゃん。ししょー、早く食べよ?」
首を傾げて言う赤ずきんは、なんともかわいい。
ーだまされないぞ
とばかりにパンを口に詰め込んだ。
この国では国王といえども、国民と同じように粗食を食べる。
白雪が小人たちのところで過ごしたことに由来して、規定されているわけでもないけど、倹約の意味もかねて、公式の場でないかぎりは、そうした食事を摂ることが好ましいとされている。
国王がそうなら、たかだか代理の私たちなんて言うまでもない。
平民出身の私たちにしてみれば、パンとスープでも充分美味しい。
ただであるわけだし。
この一行は国王から頂戴したマネーとは別の所から出ているのだ。
「嬢ちゃん。坊やも。あと、半日ほどで国境だ」
一人の髭を生やした男性が暇だと、思ったのか話しかけてくる。
「もう少しですね」
隣国首都まであと、4日ほど。