リンゴとはなんぞや
ーことん
微かな音をたてて、ティーカップが置かれる。
その仕草すらも優雅に見える。
私と白雪は丸テーブルに向かい合うよすうにして座っている。
場所は先ほどの庭である。
テーブルセッティングはどこからともなくあらわれたメイドさんたちがしてくれた。
ホウキも持っていかれてしまった。
ーがちゃん
気をつけてはいるが、私のテーブルマナーなんてこんなものである。
気にするまいさ、と自分にいいきかせた。
ティーポットやティーカップが並ぶ中、置かれたリンゴが赤く、艶を放っていた。
もちろん、白雪によっておくられ、私が再度持ってきたリンゴである。
この3つのリンゴが時を経るにしたがって、毒々しいオーラを発してきたのは気のせいではないはずだ。
「ねぇ、ソルシエール。私の手土産気に入らなかったかしら?」
心配そうに、頬に手をあてて白雪が聞く。
ここで泣かせようものなら、慣れている周囲の連中が何か言うことはないだろうが、間違いなく王にネチネチ言われてしまう。
焦る。
「いえいえ。リンゴ自体は大変うれしいのですけど、なにか魔術が感じられるのですよ。もしかしたらですが、これは白雪さまがお義母様から送られたのと同じ類いのものではないかと…」
私の言葉に白雪がひょい、とバスケットをのぞきこんだ。
「あらあら、嫌だわ。これをソルシエールに見てもらおうと思っていたのに、送ってしまったのね、私ったら 」
ごめんなさいね、と微笑まれたが、顔がひきつる。
「白雪さま! もし、食べてたら、私死ぬじゃないですかぁ」
思わず、情けない声が出てしまうのも致し方あるまい。
別に本当に死ぬわけではないが、仮死状態になってしまう。
リンゴを喉に詰まらせる為、相当苦しいはずだ。
痛いのは勘弁だ、それをモットーに生きてきた私にとってなんたる苦痛であることか。
「あら、でもソルシエール気づいたじゃない」
なんとも言えないお言葉である。
「それに、ちゃんと間違って食べてしまいそうになったときでも、分かるように印を付けておいたのよ」
ほら、と言って、3個あるうちの一つを手に取り、裏返すとこちらに向けた。
そこには、分かりやすくドクロのマークが書かれていた。
非常に、分かりやすい。
もちろん、気づいていた。が、まさか王妃本人によって書かれたものだとは。
完成品に手を加えたせいでちょっと歪んでいるのは、こういうわけだったのか、と納得する。
「白雪さま」
私は自分の眉間に力が籠るのを感じた。
シワになるわよ、っていわれているのに。
「魔術の式に手を加えてしまうと、元が分からなくなってしまうことがあります。術式は人によって微妙にクセの違うものですから、特定しやすいんです」
「それは、…ごめんなさい。今度から気を付けるわ」
分かりやすく、しょげてしまった。
「それに、式が暴発して、白雪さまに被害が出てしまわないとも限りませんし。いるんですよ?素人の方でいじくり回しているうちに右手が吹き飛んでしまった人」
続けて注意すれば、今度は分かりやすく、ニコニコした。
注意しているのに、なぜ笑っているのだろう。
「もう! ソルシエールったら、私を心配してくれていたのね。そういってくれたらいいのに。てっきり嫌われてしまったのかと思ったじゃない」
からころ。
ー鈴の音のような笑い声、…じゃない! 好き嫌いとかじゃなくて、気を付けてくれ!
なんて、よくわからない人なんだろう、と感嘆するが、そこはまぁおいておく。
*
白雪が説明をする。
「実はこれ、1か月前に送られてきたのよ」
そのわりには、萎びているわけでもない。普通のリンゴである。
保存の魔法でもかけてあるのだろう。
「最初はただのリンゴだと思ってほうってといたのだけれど、馬に与えようと思ったら食べようとしないから、おかしいなぁ、とは思っていたのよね 」
「…失礼ですが、送り主は? 」
「えーと、そうね…そうそう、隣国の国王夫妻からよ!」
「え?! 国王夫妻?!!」
まじまじとリンゴをみて、白雪の顔をみて、またリンゴを見てしまった。
なんで隣国の国王夫妻はリンゴなんぞプレゼント したのか、そのプレゼントをなんで馬にあげようと思ったのか。
疑問がどんどん沸いてくる。
しかし、王族というのはこういうつかみ所のない性格をしていたな、と思いだし、そんなものか、と無理やり自分を納得させた。
「ええ、そうよ?それでね、」
私が驚きの声をあげたことには、何の疑問も感じなかったのか、白雪が続けた。
「ソルシエールにはこのリンゴがどのような理由で送られてきたのか、調べてもらいたいのよ」
ーえええええ?イヤだなぁ
「おそれながら、それは私ではなく王様つきの部下の方たちに調べてもらった方がよろしいのではないですか?」
たしか、王直属の捜査団体があったはずだ。
政治的な思惑に使う為だときいているから、こういうときにも使えるのではなかろうか。
「えぇ、いやよお。だって、私もう王にあなたに頼むから、あの分からず屋たちには頼まないでっていってしまったもの」
ーまじすか。
「そぉーだよー。僕のうるわしい、白雪のたーめーに、きみにー調査を、頼みたいー」
突然、歌声が庭に響いた。
「あらー、シャルマン、おはーよーうー」
白雪も歌で答える。
ーあんたらは小鳥か
やって来たのは、ブランシュ王国が国王、シャルマン王だ。
三年前に即位して以来、国民からの人気を誇っている御方である。
白雪を溺愛してやまない、彼は白雪なら死体であってもかまわない、と見内に公言してはばからない変人である。
「おはようございます」
席をたって、地に片膝を付ける。
「あぁ、構わない。席にすわってくれたまえ」
爽やかに答える王子は、このようにして平民にもこだわらず、臨機応変に立ち回ることができる人だ。
その柔軟性は白雪のことになると途端に バランスのメータが降りきれるらしい。
ー朝から人前でキスしないでくれないかなぁ
席に戻ったはいいものの、国のトップが朝から濃厚なキスをしているところなぞ、見たくはない。
しかも、私には恋人ができたことないのに。
「そういう訳だから、よろしくね」
面倒ごとを押し付けられてしまい、断る間もないうちに、決定していた。
ー自分の部下に頼んでくれぇ
私の声にならない叫びである。