目覚め
目が覚めたら、窓が破壊されていた。
どうしたことだろう、パジャマでベットに座ったまま寝ぼけ眼で私は思案する。
胸までのばした黒髪はぼさぼさ、顔には枕の痕まで付いてるいる。
時刻は朝の六時。
うら若き女性がどんな格好でいようが許されていい時間、である。
もうすぐ夏が近いため太陽は既に昇っているため、気持のいい日の光がさんさんと差し込んでいる。
割れて窓枠だけとなってしまった大きな穴から。
相当な衝撃でやぶったのか、辺り一面ガラスだらけである。
ーおっかしいなぁ。
寝る前の戸締まり、ガス栓を締める事は日課になっている。
昨日、寝る前には壊されていなかった。
ーこれ、修繕費いくらかかるのかしらん。
ぼんやりとそこまで考えてやっと目が覚めた。
「な、なんじゃこりゃああああ! 」
朝からご近所さんにまで響き渡った。
後で菓子折りを持って謝罪しに行く手間を増やした瞬間である。
*
私には誰がこんな事をした犯人か心当たりがあった。
いや、むしろ確信していた。
泥棒強盗の類ではないはずだ。
心当たりは一つしかない。
大きないたずら好きそうな茶色の目。
しなやかな四肢。
王侯貴族から平民、みんなにぜひ我が元に、と愛されてやまないあの子だろう。
私はパジャマのまま、部屋から続く今へと移動した。
「またうちの窓を壊したね!! 今日こそその身を売って家の修理代になってもらおうか?! 」
台所では、新鮮な野菜の入っていた籠がひっくり返っており、一方はその中に頭を突っ込んでめぼしい物がないか物色している。
もう一方は生ゴミを盛大にぶちまけ、キャベツの切れ端をおいしそうに食べている。
私の声にちらりと目線を動かしたものの、すぐに食事に戻ってしまった。
「だあああ、もう。このシカ!」
そう、二頭のシカたちである。
この野生動物たちはその主の命令を受けて、伝令として私の家までくるのであるが、その度に家を荒らしているのである。
その主は責任をとってくれない。言うと、払おうとしてくれるのだが、いかんせん彼女は宇宙人も真っ青な天然であるため、その都度忘れ去られてしまうようだ。
けっして悪気があるせいではないと私は固く信じている。
そう信じないと、胃に穴が開くに違いないからだ。
彼らが来るたびに財布が軽くなって行く。
その度になんて世知辛い世の中なのだろうとため息を付くのだった。
*
私が暮らしているここブランシュ王国では、国土の半分以上が森で覆われている。鉱物や作物などの豊富な資源に恵まれたおかげで国が潤っている。
潤っているせいで私たち下々のことをあんまり考えてくれない、貴族が無謀に戦争に突っ走ったりする事もあるが、現代においては平和な国だ。
特に現国王と王妃は戦争に対して否定的な考えの持ち主で、三年前に彼らの代になってからは戦争のせの字を聞く事もなくなった。
すばらしいことである。
優秀といわれる国王夫妻はその能力と人柄ゆえに、国民から心からの感謝と敬愛と畏怖を込めて敬われている。
王はその政治能力と外交能力を存分に発揮し、戦争をしなくても国として存続して行けるだけの土台を整えた。
また王妃は夫をさせながら、その優しい心で国民の為につくし、自然環境の為に動物や植物たちの保護に努めている。
と対外的にはなっている。
たしかに、王はすばらしい。気持ち悪いほどまで王妃を溺愛している事をのぞけば。
問題は王妃の方だ。
王妃は稀代の魔女と呼ばれる私でも理解しきれない存在だ。
彼女自身は気付いていないのだろうが、彼女はそれなりの能力を持っている。
この場合の能力とは、政治力、コミュニケーション力、女子力などとは違うもので、魔女の仕事用語で『魔力』と呼ばれるものだ。
しかし、彼女の場合、職業が魔女ではなく王妃なので、同じ力でも名称を変えて『能力』という。
『能力』というのは、だれにでも潜在しているものだ。
しかし、それを使いこなせるようになるには魔女、あるいは魔術師として修行をつむ必要がある。
シェフになるにはまず下働きとして、なにをどうしたらおいしい食事ができるのか、勉強しなくてはいけないのと同じである。
ところが、稀に使い方を学ばなくても、その『能力』を発露してしまう人がいる。
多くは、生活に困らない王侯貴族の子弟などの、暇人たちである。
しかし、しっかり力を学ばないと能力は限られてしまう事が多い。
『動植物に懐かれる能力』
王妃の能力はこれ一択である。
その上、一番発動しやすいのが王妃がその歌を動植物たちに聞かせた時なのだ。
最初に見た時は度肝を抜いた。
動物のみならず、植物までもが彼女に都合がいいように動くのである。
蔓科の植物が地を這うさまはまるで虫のようで、私からしたらなんともグロテスクだった。個人的なあまり思い出したくない光景ナンバー1である。
この王妃、純真で愛くるしい王妃なのだが、いかんせんまだ若く、考えが甘い。
いや、甘いで済ませていいのか分からない。
これはまだ王妃になる前の話であるが、純真で天然すぎて三回も死にかけ、勝手に人の家に入り込み、人道的でありながら結果として人を殺してしまうような人だ。
その存在の大きさは、私なんぞの魔女ごときでは全容をつかむ事ができないのである。
どうして、そんな話をするか。
それは、彼女が私の個人的な知り合いであり、またこのシカたちの主でもあるからだ。
シカたちは満足するまでその食事をやめない。
ジャマしようものなら蹴ってやるぞ、とその目は語っている。
最初の頃彼らの食事中に掃除をはじめた時に、経験ずみである。
使者ではあるが、野生動物である。
蹴られたら、痛い。
それ以来、彼らの気が済むまで放置する事にしている。
それに、きっかり仕事は済ませているのである。
部屋の隅に、友達の赤ずきんが仕事で作っているような、きれいに編み込まれたバスケットが置いてある。
きっと、今回も何かを伝えにきたに違いない。
王妃に『お願い』されてないとき、彼はここに来ないのだから。
やれやれ、ため息をつきながら、本日の王妃殿下の要求に目を通すべく、バスケットをたぐり寄せる。
わずかな距離なのに、地面がひっくり返った油で滑る為に、四つん這いである。
中にはリンゴが三個と紙切れが一枚入っていた。
紙にはなんともまるっこい、かわいらしい文字で、メッセージがかかれている。
『 大好きな魔女さまへ
本日、朝の十時からお茶会をひらきたいと思います。
お茶会って言っても、ソルシエールと私の二人きりだけど、えへ。
聞いてもらいたいお話があるの!
ちゃんと来てくれないと、なん時間でも待っちゃうんだから!
この間みたいに逃げたりしないでちゃんときてね!
来てくれたら、毎日いっぱいある公務もちゃんとがんばるよ:)
おーひより 』
思わず、身震いしてしまった。
王妃はたしか御年十七ではなかっただろうか。
いい年をして、こんな手紙を書くなんて、彼女のよくわからなさは相変わらずである。
しかも、おそらく意識せずに私を脅迫している。
行くまでは公務はしないよ、とは。
なんども言うが、彼女は純真で天然である。
天然の無意識とはかくも恐ろしきものなり。
泣く泣く、私は本日の予定をつめ直して、王妃との「楽しい」お茶会に行くべく、準備を始めるのだった。
無視してしまわないのは、べつに私もなんだかんだで王妃がすきだから…とかではない。
しょうがなく、しょうがなーく行ってあげるだけだ。