≪一章≫魔性の瞳はヒトなりや? ②
次に向かったのは礼拝堂だった。
扉の前で一呼吸おいて、塔の先端から吊るされている鐘楼を見上げる。そして、徐々に視線を下ろしていく。
陽に照らされていると神々しく荘厳な建物は、人知れず静まりかえる宵闇をまとい、魔窟を連想させる静寂を生み出している。
「やっぱここだよな」
思わずため息が漏れる。
冬弥はどうにもこういった場所が苦手だった。
教会や神社といった建物は、そのほとんどが人間を束縛するためにあるようなものだと考えている。
傲慢な一部の階級が架空の神をでっちあげ、信仰の名の下に個々の精神を抑圧し、『標準』という勝手な基準にまとめてしまうのに都合のいい象徴。
人間を一つの価値観で縛るのだ。
それがすべてだと断言はしないが、その一面は確実にあると思っている。
冬弥は漠然と、縛られることを恐れている。
理由なんてない。
あくまでも感覚的なもので、実際は冬弥も『社会』という大多数が無意識に認めている『標準』の中に紛れて生きているのだ。
だからこれは、ただの反発なのだろう。
よくある思春期の妄想でしかない。
そこまで自己分析してみても結局は、どうして司がこんな重苦しい場所を好んでいるのか、いまいち理解できなかった。
いわゆる価値観の問題だ。愚痴ったところでどうにもならいのだ。
重たく冷えた木製の扉を押し開く。
夜の礼拝堂内部は、想像よりもずっと明るかった。
ステンドグラスをとおりぬけた月光が幻想的に揺れながら、複数の色彩を床に描く。
天窓からはスポットライトのように丸く縁どられた月明かりが差しこんでいる。
天窓からの光を直に受けとめる祭壇は、質素に施された装飾を煌かせている。
その祭壇の手前――光が足りず、どす黒く見える赤い絨毯の先に――月光を背中に浴びながら祈る司がいた。
他者が入ってきたからか、司は立ちあがって振り向いた。
瞬間、冬弥の思考はまっさらに漂白された。
よく「綺麗な薔薇には棘がある」と形容される。
けれど、モノによっては毒をふくんだ花もある。
今の司はまさに猛毒そのものだった。
たしかに司には人形めいた美しさがある。
とはいえ、他人に害意を持つような冷酷な人間ではない。
はずなのに……不意に冬弥の口からは嘲笑いが漏れた。
「――――は……ははは」
凄絶すぎる美貌は人間の感覚を支配して、自我を思考の外に追いやってしまう。夜気を纏った司にはまさしく、人外の美しさが宿っている。
冬弥には、今の司が生贄を求める魔女のように見えてしまう。
その魔性に酔ってしまったのか、視線を逸らすどころかまばたき一つできやしない。
透明な黒の瞳が、じっと冬弥を直視している。
「――――ぇ?」
瞬間、見慣れない景色が眼前に飛びこんできた。
次回は11/15
22:30投稿予定です。