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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪一章≫魔性の瞳はヒトなりや? ①

 風呂あがりで湿った髪を乾かしながら、冬弥はぼんやりと考えていた。


 今月どうやって乗り切ろうか。

 期末テストの勉強やってないな。

 司はちゃんと飯を食ったのか。


 リビングのソファに腰かけながらぼうっとしていると、テレビの横に置かれた写真立てが目にとまった。

 七年も前のものなのに、写真に写る夏流と秋夜は今とまったく変わりない。


 写真のすみに立った秋夜と中央で両腕に小さい子供を二人抱えている夏流。

 子供は司と冬弥だ。


 幸せそうな笑顔を浮かべている夏流とは対照的に、司は無表情でそっぽ向いている。

 そして冬弥は、前を向いていた。向いていて、その目に何も映してはいなかった。


 石動冬弥には記憶がなかった。

 芒洋とした瞳には、感情と呼べるものが存在していなかった。


 当時の彼に人間らしさなど微塵もなかった。


 ただただ生きるための知識だけが、彼に与えられたすべてだった。


 父も母も知らず、友もおらず、孤独だけが冬弥に寄り添っていた。


 七年前の冬。

 ボロボロになっていた冬弥を救ったのが夏流と秋夜の温かな手でなければ、彼が“人間”として成長することは難しかっただろう。

 空ろだったかつての冬弥は、それほど危うい子供だったのだ。


 記憶を取り戻したいかと問われれば是と答える。

 しかし、記憶が必要かと問われれば否と答える。


 秋夜と夏流がくれたこの七年はそれほど充実していた。


 過去の自分と今の自分は、きっと違うものだろう。

 過去の自分を知ることは期待もあり、怖しくもある。

 ただ、今の冬弥には家族がいる。友人もできた。それだけで満足しているのだ。


 失った過去は執着するほどでもないと割り切っている。


「ん?」


 過去を回想していた意識が浮上する。


 けたたましい着信音を鳴らす携帯を手に取ると、美月からの着信だった。


「ただいま就寝中です。ご用件の方はぴーという発信音のあとに」


『起きてるじゃん。これから会えない?』


「こんな時間に? つーかせめて最後までボケさせろ」


『おもしろかったおもしろかった。これで満足?』


「とりつく島もねーな」


『いいからちゃっちゃと答える。会いたいの? 会いたくないの?』


「なんで俺から会いに行きたい前提になってるんだよ」


 時計の針は十一時を指している。

 明日も学校なのだから、夜更かしするのはちょっとした冒険である。


「カラオケでも行くのか?」


『違うってば。あたしん家に来て。相談したいことがあるの』


(彼氏でもできたのか?)


 今日の様子だとそれはありえないのだが、気心知れた相手から改めての相談事となるとソレくらいしか思い浮かばなかった。


 子供のころからの付き合いだ。お泊りなんて珍しくもない。

 しかしこの年になって男女二人きりはマズイのではないかと考えて、すぐに思考を放棄する。


 腐れ縁では間違いなんて起こりようもない。


 などと、美月が聞いたら卒倒しそうな結論に至った。


 いつもなら秋夜の小言があるところだが、今夜は秋夜も不在だ。ちょっとした呼び出しくらい付き合ってやってもいいかと開き直る。


 もう一名の保護者に関しては気にするだけ損だ。


 相手が美月だと知られれば茶化されるだけでおしまいになる。

 時間帯から察するにもう出来上がっている頃合いだ。


「わかった、すぐ行く」


『十分以内ね』


 一方的に時間指定されて通話は途切れた。


(十分て……)


 美月の家まで急いでも二十分はかかる。そのくらい織り込み済みのはずだ。


 冬弥は寝巻きのジャージからウインドブレーカーに着替えて、軽く身支度を整える。


 階段へ向かう途中、反対側にある司の部屋を見やると、ドアの前にはまだ手のつけられていない夕飯が残っていた。


 どうやら司はまた食事を抜いたらしい。

 しかも冬弥が運んだときとは微妙に位置がずれているので、部屋の外に出たことは明白だ。


 一階に下りるとリビングから光が漏れていた。


 どうせまた夏流が酒を煽っているのだろう。

 下手に声をかけると酌をさせられる。


 しかし、断りもなく外出するのは気が引けるので、観念してリビングに足を踏み入れる。と、予想とは違った光景が広がっていた。


 ソファの前に配置されたローテーブルの上には散乱した酒の肴と、空になったワイン瓶が五本も転がっていた。

 後片付けもしない張本人はというと、ソファの上でぐったりと酔い潰れている。


 基本、夜型の夏流がこんな時間に寝ているのを、ずいぶんと久しぶりに目撃した。


 その寝顔はいつもの気抜けしたようなものではなくて、夜に怯える子供のように不安そうだ。


 なんとなく放っておけず、忍び足で接近した冬弥は、夏流の髪を優しく撫でた。


「こうしてると、ホントに子供みたいな人だな」


 呆れつつも、ソファの下にずり落ちていた毛布を掛けてやる。と、


「う……ん……」


 夏流は邪魔臭そうに寝返りをうち、毛布を払い除けた。


「……ったく」


 もう一度、毛布を掛ける。


「……うん…………」


 ぽふっ、とまた落とした。


「…………」


 意地になって掛け直す。


「…………う~ん……」


 また落とす。

 掛け直す。

 落とす。


「にゃろう」


 最後にもう一度だけ掛け直す。

 これでダメなら放っておこうと決めた。


「――――ん……冬弥、くん……」


「!」

 一瞬、起こしてしまったのかと思ったが、次の瞬間には安心したような表情になって寝息をたてはじめた。


「ポメラニアンじゃ……ダメなの……」


(どんな夢を見てんだよ?)


 ほっと息を漏らしながら、起こさないように足音を忍ばせてリビングをあとにする。


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