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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪六章≫君には愛を ボクには獣の祝福を ③

 逃走する木の葉の群に追いつくのに、さほど時間はかからなかった。


 いや、最初から逃げるつもりなどなかったのだろう。


 カエデは己の肉体を再構成させるための時間がほしかっただけだ。


 場所は奇(く)しくも、トウヤが破壊したあの鉄橋跡だった。


 散り散りに舞っていた木の葉は冬弥の到来を待っていたとばかりに、ふたたび一つの塊を形成していく。


 数秒もせずにできあがった形は人型。


 それは見慣れた少年の姿。


 七年前からずっと冬弥と司を縛っていた、醜く歪む相貌(そうぼう)。


「思ったより早かったな」


 声だけはあどけない少年のものであり、実質は数百年と生き延びたバケモノ特有の重さがある口調。


「もはや語るまい。死ぬ覚悟はできているな、下郎」


「!」


 抑え切れない憤怒と同時に駆ける。


 迫り来る弾丸は冬弥にとって脅威にならない。


 威力は上がっているようだが、本質が変わらぬ魔術は通用しない。


 迫る弾丸はすべてが空中で停止し、凍りつく。


 またたく間に弾幕を越え、カエデへと肉薄する。


 パチンッと、断続的に指を弾く音が続く。


 性懲りもない。


 呪弾では冬弥を倒せないことくらい理解しているはずなのに、カエデはあえて魔導書を手にしない。


 それが数百年ものあいだ絶対者として君臨してきた魔術師の矜持(プライド)かと、冬弥はいぶかしむ。


 それとも……覚醒したばかりの『転生体』になぞ、正攻法だけで勝てると慢心しているのだろうか。


「オオオオオオオオオオオオオ!」


 おし寄せる弾幕の数々を気合一声で凍結させる。


 芯まで凍りついた弾丸は風に吹かれて塵芥(ちりあくた)と散る。


 とり逃がした弾丸は氷爪で叩き切る。


 冬弥が一歩踏みだすごとに発生するダイヤモンドダストは月光に栄えて、氷の爪も相まり、さながら真の銀狼を彷彿(ほうふつ)とさせる。


「暁を穿つ孤狼(ディガロ)の光牙(シュバイン)!」


 気高き詠唱に従い、九つの氷塊が現れる。


 それらは罪人を貫く杭をかたどり、


「疾ッ!」


 号令とともに大氣を裂きながら飛ぶ!


「秘術(オメルタ)! 逆徒を戒(ベスク)める戦場の業火(ベルベスク)よ!」


 それを迎撃する炎が奔る。


 氷と炎の衝突が自然界を揺るがす。


 片や、世界を停止させる神代魔術。

 片や、時間を巡り渡る禁忌の魔術。


 一瞬の接触は不可視の大爆発を巻き起こし、二人の肌を叩く。


(チィ、やはり感知できぬ!?)


 その中でカエデは表情こそ変えぬものの、苦虫を噛み潰したような気分を味わっていた。


 いくら『失われた言語(ロストスペル)』だとはいえ、魔術が発動しているのに魔力を感じられないのは異常すぎる。


 通常の『転生体』からは、魔術師からもかけ離れた異質な魔力の波長が感知されるはずだ。


 だが、目の前にいるコレはなんだ?


 常軌であれば気づけぬはずがない。


 これほど強大なモノが内包されていて何故、魔力の波動がないのか。


 カエデが抱いた疑問は、ある意味で正しく、それゆえに誤っている。


 しょせんカエデが得ている知識など、魔導書から引き出しただけの史実――言うなれば歴史の一部でしかない。


 その史実の中には、例外が記されていないだけなのだ。


 いつの世にも例外は存在する。


 たしかに『神』とまで畏怖される者ともなれば、想像を絶する膨大な魔力を有している。


 だからこそ、溢れる魔力は無形の威圧として他者を圧倒するのだ。


 では逆に、その溢れる魔力をすべて制御しきれればどうなるのか。


 無意識の内に漏れでてしまう魔力さえも身の内にとどめることができるのであれば、他人が感知できないのは当然であろう。


 それはまさに魔術の究極。


 一切の無駄が排除された、数多の魔術師が不可能だと匙を投げた、真の魔術理論。


 魔狼フェンリルが、その困難を実践しているのなら……。


「バカな……ッ!」


 死角から飛びこんできた氷牙を、直撃寸前で回避する。


 魔術戦とは、いわば魔力の探りあいと言える。


 敵が発動する魔術を練りこんだ魔力の質から想定し、最善の対策・対抗・打破を実行し、読みの上回ったほうが勝利すると言っても過言ではない。


 しかし冬弥からはフェンリルの魔力が感知できない。


 歴戦の戦闘狂たるカエデも、行き当たりばったりに対処するしかない。


 冬弥が発動する魔術を目視して初めて対抗する。


 反対に冬弥は、フェンリルの声を聞き、常に先手をとっている。


「チィッ!」


 もはや呪弾では足止めにもならない。


 優劣の問題ではない実力差。


 カエデが魔導書を使用しないのであれば、冬弥の優位は揺るがない。


 冬弥にはトウヤの記憶がある。


 カエデのクセから魔術発動までのタイムラグ。

 呪弾の限界速度と、同時に操れる限界数まで。

 ありとあらゆる情報が瞬時に得られる。


 考えるまでもなく、身体が覚えている。


 否。


 冬弥が初めて体験することであっても、トウヤが体験している事象であれば、それは知っているのと同義。


「呪弾(バルト)!」


 裂帛とともに奔った六十四の弾丸はやはり、周囲に舞うダイヤモンドダストに氷結され、散る。


(泥臭い殺し合いなど性にあわんが……やるしかないか)


次回は12/29

22:00投稿予定です。

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