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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪五章≫秘中の秘 ~負~

 閃光の消滅とともに吹荒れた暴風がやむ。


 不吉の象徴たる魔術師の痕跡は影もなく、荒い息遣いだけが夜気にまざる。


「――――ッ、ハァハァ」


 さすがの秋夜を持ってしても『魔法』の発動に費やす魔力の消費量は甚大なものである。


 しかもただ放つだけではなく、自分に被害がおよばぬよう微細に範囲を絞りこんで発動したのだ。


 極限の集中力と魔力操作。


 双方が成立しなければ決して成功しない捨て身の一撃。


 歴戦の鬼といえど極度の緊張から開放されれば、自然と力も抜けるというものだ。


 敵の消失を確認すると同時に膝から崩れ落ちる。

 が、朦朧(もうろう)とする意識の中でかろうじて刀を地面に突きたて、片膝をついて耐え(しの)ぐ。


 一瞬にして大半の魔力を消費した代償で、酷い脱力感に襲われる。


 しばらくはまともに動けそうもない。


「兄さん!」


「……心配ない。お前こそ平気か」


「なんとかね。もう二度と、こんなの嫌よ」


「そうだな」


 秋夜は刀を杖にして立ちあがる。


 カエデがこの土地に入ってから二日。


 気の休まるヒマなどなかった。


 まだ冬弥と司が帰ってきていないのだから、すぐにでも探しに行かなければならないが、目前の脅威が去ったとなれば、そう焦る必要もなくなった。


 せめて一心地くらいつきたいと思うのも仕方のないことだ。


「なんだ? アレがおまえの限界か?」


「!?」


 背後からの声に振り返る。


 とっさに盾にした刀ごしに痛烈な拳打が叩きこまれた。


「ッ! ガッ、ア――――ッ!」


 勢いを殺しきれず礼拝堂の壁を破砕して内部までブッ飛ばされる。


 いくつも並んだ信徒席を砕き割りながら祭壇にぶつかって、ようやく停止した。


「兄さ――――ッ!?」


 秋夜の絶対魔法を信頼しきっていた夏流は敵を殲滅(せんめつ)した安心感に(ひた)っていたために対処が遅れた。


 改めて臨戦態勢を整える間もなく、カエデの蹴りを喰らう。


「――――ッァ!」


 壁を砕き、床石にぶつかり、祭壇に倒れた秋夜に抱きかかえられた夏流は、吐きだす空気もないのに喘ぐ。


「ハッ、あの程度でオレを滅せたと思うとは、浅はかな」


 無傷のカエデがほくそ笑む。


失意(ダウンスペル)漆黒(ダークマタ)!」


 カエデの詠唱は一瞬だった。


 両手で包むように圧縮された不可視であるはずの魔力が、目視できるほどの純粋な黒に染まり、炸裂。


 木の葉の媒体を得ていない魔力はそのまま暴力の津波となって魔術師二人を礼拝堂ごと飲みこんだ。


「ガアアアアアアァァァァァァ!」


「キャアアアアアァァァァァァ!」


 魔力による破壊は数秒続いた。


 壮絶な破壊音に二人の悲鳴は飲みこまれ、あとに残ったのは瓦礫(がれき)の山だけだった。


 見る者の心を洗うまばゆいステンドグラスも、

 真紅にあしらった絨毯も、

 朝露を弾く乳白色のレンガの壁も、

 蒼天を思わせる屋根も、

 元の美しい礼拝堂の姿など、微塵も残されていない。


 とっさに残りわずかな魔力で発動した不完全な魔法で微弱ながらに威力を相殺した秋夜だけが、瓦礫を押しのけて這いだした。


 すぐそばにいた夏流は辛うじて直撃を避けられてはいたが、連続的な衝撃に意識が飛んでいる。


「ッ……クッ……」


「存外にしぶといな。天枷秋夜」


「……何故……ガッ!」


 カエデは秋夜の頭を踏み(にじ)りながら喜色の嗤みを浮かべて、言う。


「何故? あぁ、生きている理由か。野暮なことを訊くな。魔術師とは己の秘術は口外にせぬ者だろう。ならばオレが答える筋合いはない。

 だがそうだな……冥土の土産に教えてやろうか。貴様はオレを消滅させた。ただ完全ではなかった。

 貴様らはそろいもそろって、こうやって話をしているオレが本体だと勘違いしているようだが、オレの正体はこの浮遊している木の葉の一枚一枚だ。

 オレを殺すのであれば貴様らの目に映るすべての木の葉を一斉に消滅させるしかない。

 人型を(かたど)っているオレとほんの数千枚の木の葉しか消しきれない貴様には、オレを殺すことなど不可能だ」


 つまり一枚でも木の葉が残っていれば、カエデはいくらでも再生できる。


 擬似的な不老不死。


 木の葉の数だけ黄泉返る化け物。


 しかしと、秋夜は思う。


 吸血鬼などと呼ばれる異種亜人は使い魔となる獣の脳に自分の記憶や意思を記録させて、人型の本体が破滅したさいにはそれらを合成してもう一度人型として甦る手法をとる。


 それは人間も獣も知的生命体であるからこそ成し得るのだ。


 一個の存在として自我を確立している人間が、知能のない植物に記憶や人格を反映させることなど、できるはずがない。


「……ありえない」


「ありえなくはない。時計塔の正典にも記されているだろう。

 『風は運び、獣は詠い、樹は記す』と。

 これは神代から受け継がれてきたこの世の真理。オレは本能も何もない植物にこそ自我の完全な複製が可能だと結論づけた。

 そうして体現した。獣臭い愚かな先人と似て非なる秘法。

 オレは『カエデ』という種の植物が果てぬ限り、幾度でも甦ってみせよう!」


「化け、モノめ……」


「結構。

 さて、冥土へ旅立つ準備はすんだかな?

 なあに、寂しがる必要はない。他の三人もすぐに同じところへ送ってやる。クククククッ」


 数枚の木の葉がカエデの手を覆う。


 それらは数秒もせずに元の形状からはかけ離れた、鋼鉄の鉤爪に変質した。


「せめて苦しまぬように心臓を抉りとってやろう。

 あぁ、暴れられては狙いが狂う。苦しんで逝くか、潔く逝くかは、貴様に決めさせてやる。

 残りわずかな命だ。最後の選択くらいはくれてやろう」


 禍爪(まがつめ)が振り下ろされる。


 秋夜の心臓を抉りとろうと迫る。


次回は12/19

22:00投稿予定です。

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