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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪五章≫秘中の秘 ~正~

 弾かれた指。


 拘束を解かれ、中空を亜音速で疾駆する弾丸の群。


 秋夜と夏流は瞬時に血を滾(たぎ)らせる。


 殺気に反応した鬼の血は一瞬にして全身を変質させる。


 心臓(ポンプ)に溜められた血液(オイル)が沸騰し、血管(パイプライン)を駆け巡る。


 血の踊る眼(まなこ)は真紅に燃える。


 人間の性能限界を超越した肉体は、音速で迫る弾丸を目視する。


 十六発一組の弾丸の群に空けられた隙間。


 秋夜はそれをぬって疾走した。


 夏流は一瞬にして大気中の水分を圧縮・魔力強化させ、総量十トンにもおよぶ水流を壁に、必殺の弾丸を防ぎきった。


 どれだけ未熟だとしても、はるか古から深く受け継がれてきた鬼の血が、本能的に戦闘を理解する。


 たしかに夏流の性格では戦闘行為そのものには向いていないだろう。


 ただし、脈々と続いた鬼の血が報せる瞬間的な防衛本能に従いさえすれば、呪弾を真っ向から打ち落とすことも可能である。


「ほお、これはなかなか」


 カエデは笑みさえ浮かべて夏流の技量を皮肉混じりに賞賛しつつ、横合いから放たれた鋭い斬戟を木の葉でとめた。


「チッ」


 防がれた手応えを得るや否や。


 秋夜は即座に夏流のすぐ前方にまで後退する。


 いくら近づこうとも、自律した動きであらゆる攻撃を防御する木の葉を攻略しなければ、カエデには一撃も加えられない。


 しかし今回は昨夜とは違い二対一での戦闘。


 その状況をうまく利用すれば、勝機はある。


(聞こえるか、夏流)


(! なに?)


 口の動きで内容を悟られては作戦もへったくれもない。


 念話で指示を送り、互いの役割を徹底する。


(俺が切りこむ。だがあの木の葉が厄介だ。お前の術で陣を崩せるか?)


(完全には無理。半分くらいまでなら抑制できると思う。けど……)


(お前は近づく木の葉を抑えるだけでいい。奥の手を使う。できるだけ近づかずにいろ)


(……わかったわ)


「フンッ、死ぬ順番は決まったか?」


「ぬかせ! 風陣・神楽舞!」


 呼び寄せた風の乱流を纏い、初歩から限界速を突破する。


 自律する木の葉は圧(お)しよせる殺気に反応するが、カエデの眼にすらとまらぬ速度で迫る秋夜を妨害できない。


 いくつもの魔弾が高速で動き回る残像を空しく貫く。


 風の流れに乱された分子によって多重屈折された光が、秋夜を五つもの分身と誤認させる。


「間抜けが。それでオレを脅かせるとでも思うか」


 しかし術者は木の葉から受信する精緻な情報を元に残像すらかすむ銀の孤月を、なんと、素手で掴み取った!


「ッ!」


「呪弾(バルト)」


 身動きを封じられた秋夜へ、無数の弾丸が殺到する。


 いかに疾く動けようとも、全方位から向けられた必中を回避する術はない。


 それら、命を刈り取ろうと迫りゆく弾丸の群を、


「やらせないわ!」


 六条に分かたれた巨重の水流が飲みこんでいく。


「チッ、小娘……なんだ!」


 ほんの一瞬、秋夜とのあいだに割りこんできた夏流の魔力の波長に惑わされ、掴んでいた刀から――否。


 秋夜の全身からカエデをも脅かす超大な魔力が放出されていることに気づくのが遅れた。


「油断しすぎだ」


 その致命的な隙を待っていた。


 刀を離して後退しようとするカエデの胸倉を締めあげ、自由になった切っ先を喉元に突きいれる。


「ッ、カッッッ!?」


 無論、この程度で終わらせるつもりなどない。


 心臓を切ろうが、頭蓋から真っ二つにしようが、物理的な攻撃では致命傷を負わないカエデを倒すには、肉体を一片たりとも残さずに消し飛ばすしかない。


 秋夜の使う魔術は風。


 このまま内側から切り刻むのはたやすいが、それだけでは殺せない。


 ゆえに彼は、長年封じてきた禁術を展開する。


 二人を中心に、直径十メートルほどの魔方陣が広がる。


「とっておきだ。余さず地獄へ持っていけ!」


 詠唱などいらない。


 何故ならこれは魔術ではない。


 人間にはいかな技法を持ってしても辿り着けぬ奇跡の権能――術者である秋夜自身すらも恐れ封じた秘中の秘。


 己の根源たる『魔法』の解放に、詠唱なぞ必要ない。


「果てろ!」


 裂帛の気合とともに開放された魔力が猛威を振るう。


 魔方陣の内側に凝縮された魔力が透明な光の柱となって天を衝(つ)く!


 秋夜が会得している魔法とは『無』。


 人類の英知をもってしても物質の完全な消滅は不可能だ。


 俗(ぞく)に人間が消滅と呼ぶ状態はあくまでも、物質が分子や原子にまで解体された状態でしかない。


 しかし秋夜の『無』の魔法は原子すら消滅させ、本物の『空白』を創りだす。


 絶対的な『魔法』であり、防御など何の意味もなさいない。


 さらに、魔法であるからには魔術概念すらも消滅させる。


 物理と魔力で相殺しようとしても、『無』の持つ絶対性からは逃れられない。


 回避不能の状態で、防御不可の魔法が炸裂した。


「―――――――――――――」


 原子が消失するさいに発生する眩い閃光が夜闇をきつく照らす。


 音さえも掻き消す絶対魔法に触れて、世界最凶と名高い魔術師は、散らばっていた木の葉だけを残して消滅した。


次回は12/18

22:00投稿予定です。

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