≪四章≫連理の枝 ~逃れえぬ闇~
初めて出た施設の外は、一面が漆黒の闇だった。
月明かりもさえぎる木々の合間をぬって走る二人の衣装だけが、白い。
およそ人間には目視できないスピードで、 №108は女の子を抱いて走る。
鬱そうと生い茂り暗闇を生む針葉樹の森の土は、夜気を吸ってぬかるんでいる。
一歩ごとに滑る足元。
足首を絡めとるように邪魔をする雑草。
何度も転びそうになりながらも女の子を引き寄せては、休まずに走り続ける。
走らなければならなかった。
立ち止まることは許されなかった。
二人は施設を抜け出した。
逃走者と成り果てた二人に行くあてなどない。
それでも、存在の自由を奪う敵から逃げるために、走らなければならなかった。
その先に未来などない。
森が生み出す暗闇が、行く末を暗示する。
助けなどこない。
助けてなどもらえない。
自由に生きる資格すらない。
ザワザワと重なる葉音が、不吉な宣告に変貌している。
木々を抜ける風が、嘲笑を鳴らす。
諦めろ、と何かがつぶやく。
絶望しろ、と何かが囁く。
(……ッ、黙れッ)
№108は一喝した。
誰もそんなことは言っていない。
誰にも言わせたりはしない。
全部、自分の弱さからくる不安のせいだと、己の弱さを鼓舞して強さに変える。
絶望しかないことくらい、造られたときから悟っていた。
もとより束縛と支配を根にして生を受けた身だ。
カエデにとって№108は女の子の精神を破壊するための最後のピースとして在ったのだ。
奴の言いなりになって女の子を傷つけるために近づいたのだ。
そんな自分に自由など、誰が許すだろうか。
きっとどこへ逃げたとしても、自分に向けられるのは蔑みの視線。
断罪の声明。
怨嗟の念だけだろう。
それでも彼は願ったのだ。
己の自由を。
女の子とともに歩む未来を望んだのだ。
いまさらながら、柄にもないことを願ったものだと自嘲した。
使い捨ての身体を与えられた程度の存在が誰かの幸せのためにあろうと思うなど、№108自身、予想していなかった。
だが後悔はない。
この決断がもたらす未来がどれだけ過酷な道だったとしても、正しいのだと信じたい。
カエデにとってこの離反は、最大の誤算だと思っている。
奴の目的は女の子の中にある“魂”の暴発。
その魔力波によって“原初”への門を開くことだ。
計画の鍵である女の子を連れて、爆発の原因にする予定だった№108がいなくなれば、カエデの計画は志なかばに破綻する。
決して死なせたりはしない。
殺させやしない。
そう決意した当日に行動に移したのだ。
対処が間に合うはずがない。
手つかずの森を二人はひた走る。
木々から伸びる小枝が何度も何度も肌を突く。
無造作に伸びた雑草が何度も何度も肌を切る。
真冬の寒波に芯から凍える。
けれど二人の足はとまらない。
とめられない。
大人でも走破できない森をひたすら進み、やがて……頭上を覆っていた木々がなくなった。
そこは森の中で唯一開けた場所だった。
頭上を覆っていた葉が消え、森の内側には届かなかった月と星の淡い輝きが、水気を孕んだ土に反射する。
№108は女の子を降ろし、これまで夢に見るしかなかった本物の夜空を、仰ぐ。
星々はすべてが大小違い、それらに囲まれた純白の満月が夜の闇を照らしている。
さえぎるもののなくなった風が二人の頬を優しく撫でる。
初めて体で感じた自然は、どこまでも柔らかく、存在しない母の腕に抱かれたような安心感があった。
「これが……外の世界……」
「……うん」
施設を抜け出して、初めて自然の偉大さを感じて、二人は強く強く、互いの手を握る。
コレが自由への第一歩……そして、
「ようこそ。終焉の地へ」
絶望のカウントダウンが口火を切る。
次回は12/11
22:00投稿予定です。




