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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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≪四章≫連理の枝 ~未熟なこども~

 思いがけない笑みに毒気をぬかれた№108は茶々をいれるクセすら忘れて、次の言葉をただ待った。


「その娘は『転生体』でな。

 本来ならば研究に協力してもらうつもりだったのだが、感情がなくてな。

 意思疎通もうまくゆかぬし、オレや魔術師どもが近づいても反応すらしない。

 オレの研究は“原初”の門を開くためであり、『転生体』の“魂”を利用する方法だとは教えただろう。

 だが感情もないのであれば協力など仰げぬ。

 もし“魂”の力を引き出せたとしても、自我がなければ制御させることもままならん。

 そこでだ。その娘の心を開く役目を貴様に任せたい。

 どうだ? いっそ友人にでもなってみる気はないか」


 まるで読み聞かせるようなカエデの言葉をどうとらえようとしたのか。


 普段であれば休むことのない思考が、ただひとつの単語に(とら)われる。


「友達……」


 その言葉は知っていたが、どんなものかは知らなかった。


 彼には友達などいなかった。


 数ある書籍にもたびたび友情だとか友人だとかは表現されているが、実際に体感したことのない申し出に、無自覚に期待感が膨らんでいく。


 実に興味をそそられる話だ。


「おまえにだけでも心を開くようになれば、感情と“魂”の両方を制御も可能だろう。

 どうする? 殺ししか知らぬ貴様にはわからぬとは思うが、友人はいいものだぞ」


「カエデにも、友達がいるの?」


「もちろんだとも。ケンカするほど仲が良い相手が一人だけな」


 いつもとはまったく毛並みが違う。


 カエデも命令としてではなく、提案として訊ねている。


 №108はこの少年を深く理解しているがゆえに、普段からカエデの言葉を信用したことなど一度もない。


 なのに、今回は違った。


 疑心暗鬼に陥る隙間もない。


 今までに殺してきた魔術師の姿が脳裏をよぎる。


 殺される恐怖に震えて、泣きながら両親の名を叫ぶ者がいた。


 怨嗟(えんさ)の念をあげ、憎悪の瞳を向けてきた者もいた。


 死ぬ直前まで、か弱い抵抗を続けた者もいた。


 どれもこれも、恨みの概念以外の感情は見受けられなかった。


 だからこそ無条件に惹かれた。


 いつもなら疑ってばかりいるカエデの言葉を、素直に受けとってしまっていた。


 それが悲劇を生む初歩だとも知らず。


 無意識に欲していた友達ができるという事態が、純度の高い毒が回るようにストンッと、心の底にまで落ちてきていた。


「ダメか?」


 カエデはまだ笑顔のままで、あくまでも提案として訊く。


 №108は言葉にこめられた邪悪にも気づかず。

 友達という単語の魅力にだけ陶酔してしまっていた。


 だから……


「ダメじゃない。なるよ、ボク友達になる! 会わせて。その子に!」


「任せたぞ」

 カエデは腰をあげると、部屋を出るようにうながした。そして最後にこう付け加える。


「決して大人どもには見つかるな。これはオレの独断だからな。

 万が一にでも見つかれば、おまえは確実に処分される。

 それと、毎日ここにも来い。娘の状態を報告してほしい。頼んだぞ」


 そう言ってカエデは№108の頭を一度だけ撫でた。


 初めてされた行為に№108は戸惑いながらも、眼を細めた。


 生まれて初めて、実験以外で人肌に触れた温かさが、生物としての心に染み渡る。


 純悪と呼ばれる魔術師の本質も何も関係ない。


 №108は知識だけが豊富な子供だ。


 その行為にこめられた本当に意味など考慮できない。


 ただ純粋に、人格を認められたのだと錯覚して、うれしかった。


「うん! 行ってくる!」


 元気よく飛び出ていった№108。

 その背中が見えなくなるや否や、カエデは喉の奥でクックッと、嗤いを噛み殺した。


「愚かなものだな」


 元いた椅子に戻り、今度こそ(わら)う。


 何もかもが計画どおりだった。


 最北の部屋にいる女の子が感情を表さなくなったのはすべて彼らが原因だ。


 当時“魂”の制御に感情など不要だと決めつけていたカエデは、女の子が無駄な知識や感情を得る前に、その心を壊そうと画策した。


 子供がもっとも依存するもの……つまりはその少女の両親を殺害することによって、幼い精神を犯したのだ。


 両親が死んだのは自分のせいだと自責の念を抱いた女の子はそれ以後、まったく感情を表さなくなった。


 できればこのタイミングで感情を爆発させて“魂”が連動して暴走してくれればよかったのだが、事はうまく運ばない。


 カエデとしては“魂”が暴発して溢れる魔力を利用して“原初の門”を開いてしまいたかったのだが、失敗してしまったのなら仕方がない。


 女の子が協力しないのは目に見えている。ならばと、次なる手を打った。


 それが今回の指令だ。


 一度心を閉ざした女の子にふたたび心を開ける友人ができたとき、その者を殺すことで “魂”を暴発させようと考えた。


 たとえ一度目を乗り切ったとしても二度も惨劇に立ち会えば、十に満たない幼い精神は完全に壊れるだろう。


 まずは№108を生贄(トモダチ)に仕立てる。

 たがいが本当に許しあえる仲になったとき、№108を殺す。


 そのための指令だ。


「あの小僧も、そろそろ(すて)てどきだからな」


 №108に指令を与えたのは、カエデにとって唯一の手駒だからではない。

 女の子の心を開けるなら、相手は誰でもよかった。


 近ごろ反論や反発が多くなってきた。


 人造の生物に反抗期があるのかどうかは定かではないが、それでも魔術師としての存在意義(ひいては実験に伴う犠牲)に不審を抱いているのは事実。


 長く利用していくあいだに反乱などを起こされては面倒だ。


 つまり、彼は最初から№108を殺すつもりで育てていた。


 いい具合に利用できる状況ができたため、最後の指令を与えてやっただけに過ぎない。


 最後に頭を撫でてやったのは、カエデにも人間らしい心があるのだと勘違いさせるためだ。


 予定通り№108は疑おうともせず、部屋を出ていった。

 出ていってしまった。


「せいぜい心を通わせろ。クククッ」


 最凶の魔術師はしばらく嗤い続けた。


 情など皆無である(くら)い嗤い声だけが、音となって消えていく。


次回は12/4

22:00投稿予定です。

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