≪四章≫連理の枝 ~№108~
白い施設に設けられた唯一の、黒い部屋。
室内の中央に置かれた椅子に腰かける少年は、ドアを開いた来訪者を招きいれた。
銀髪碧眼の男の子は片手を腰にあてて立ちどまった。
「来たか。№108」
少年は男の子をそう呼ぶ。
不満はない。
生まれた時からずっとそう呼ばれ続けてきた。
少年の手駒として育てられた人ならざる男の子は、数千もの学術書から『名前』の意味を知っていた。
ただ、ここでは与えられた数字こそが『名』である。
「呼ばれたからね。それで、何の用? カエデ」
年のころは十歳前後の男の子――№108は年相応とは言いがたい口調で目の前の少年――カエデに問いかける。
「貴様に頼みたいことがある」
「また? いつも面倒なことばかりさせられるのはイヤなんだよ」
大げさに肩を落としてどうやって断ろうと模索する。
「いつも面倒事を押しつけないで、たまには自分でやればいいのに」
「そうもゆくまい。オレがじかに動けば時計塔の連中がここを嗅ぎつける可能性が増す。厄介事はなるべく持ちこまない主義でな」
カエデは開いていた魔導書を閉じ、億劫そうな素ぶりで嗤う。
「だいたい貴様が口答えできる立場か? どうしてオレに生かされているかくらいは理解しているだろう?」
絶対者たるカエデが他人を利用する理由は単純に、雑務を押しつけるためだけだ。
№108はカエデが提案したプランから発生した、カエデのための狗である。
「死ぬっていうのがどんなことかはわからないけど、それは怖いからね。しょーがないから聞いてあげるよ」
殺される立場でありながら、あくまで対等なフリをするのは№108のくせだ。
そもそも彼は、どれだけ反抗的な態度をとろうとも殺されはしない。
№108は数字が示すとおり、百八番目の駒。
配置としては他の連中と変わらぬ扱いを受けるはずだが、その実態はまるで異なっていた。
№1から№107までは、魔力がある捨て子や、魔術家系から誘拐してきた人間であり、出生や家柄なども調べがついている。
しかし№108だけは別だった。
度重なる研究によって生誕した、正真正銘の人造魔道師。
カエデが『神』の“魂”の器として造りだしたプロトタイプである。
ゆえに現在、製造中の二体目が完成しない限りは、№108は貴重な実験材料として利用される。
これがカエデに殺されない唯一の理由であった。
とはいえ№108は自分以外に人造魔道師が製造されているとは露ほども知らされていない。
二体目が完成すれば即座に廃棄される。
非常に危うい立ち位置にいるのである。
「ふん、まあいい。先に言っておくが、今回の任務はゴミどもの始末ではない」
ゴミと形容されたのは、カエデを討伐しようと送りこまれてくる多数の魔術師である。
「へ~」
「貴様にも教えていないが、この施設には特別な場所が一つだけある」
「ふ~ん」
適当な相槌に、カエデの嗤顔が薄くなっていく。
そろそろヤバイと感じた№108は、黙って傾聴することにした。
「……施設の最北にとある娘を幽閉した部屋がある。その娘と、仲良くなってもらいたい」
「……は?」
これまでに下されたどんな命令とも比較にならない、突拍子のない、意図も読めない命令に、№108は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「あ~、ゴメン。意味がわからないんだけど」
これまで散々、魔術師殺しだけを命じられてきたのに、いきなり意味不明な命令を下されても簡単に「はいわかりました」とは答えられない。
カエデはやれやれと肩をすくめて、珍しく笑顔で、もう一度説明する。
次回は12/3
22:00投稿予定です。




