≪三章≫砕かれた記憶は ②
「……思い出したぜ」
頭痛を耐えるのに割いていた集中力が極限まで研ぎ澄まされる。
痛覚に狭まっていた視野が不純物をとり除いたように透きとおる。
重く緩慢に動かしていただけの肉体がヒトを超え極地へといたる。
「昨日はよくもやってくれたな」
“誰か”が冬弥の名を呼んだ瞬間に、消去されたはずの記憶が、嵐のような走馬灯となって噴出してきた。
――怒リニ身ヲ任セヨ。
己ガ存在ヲ暴牙ヘト昇華シロ。
力ヲ求メヨ。
望ミ得ロ。
我ガ魔力ノ片鱗ヲクレテヤロウ。
ソノ肉体、我ニユダネヨ! ――
石動冬弥の意思を排除するための、否定を許さない“誰か”の要求を、冬弥は拒む。
「断る。だけど……力はよこせ」
あの秋夜でさえ歯が立たなかった相手とまともにやり合えるなどと自惚れてはいない。
ゆえに冬弥は“誰か”の力を得ようとする。
いっそこの“誰か”に身をゆだねるのも上策だろう。
けれど冬弥は知っている。
目の前にいる化け物は、自分の手で決着をつけなければいけない相手だと。
(お前の力に頼るんじゃない。コイツを倒すための力を得ることが、俺の望むモノだ)
――ヨカロウ。耐エテミセロ! ――
「ぅぐっ!」
心臓が潰れるほどの圧迫感。
骨が砕けるほどの筋萎縮。
脳髄が焼けるほどの思考の透明化。
それらを受けとめて、いつになくハイになる。
絶対的な力というものを初めて実感する。
かつてない高揚と破壊衝動。
なまじ理性が残っているせいで、それらがすべて知覚できてしまうのは問題だ。
(でも司を守るためなら、耐えられる!)
「オオオオオ!」
鉄橋を蹴りとばして突進する。
カエデの驚いた顔が眼に入る。
全力で一発叩き込む!
固めた拳を振りぬく。
カエデは一歩も動かず防御すらしない。
代わりに、木の葉が拳を遮った。
関係ない。
それらごと一緒に打ち抜く!
「ラァ!」
「ぬっ!」
空中で鉄扉のようにたち防がる木の葉ごと、カエデの顔面へ。
しかし圧し切れない。
ならばと間隙を作らず突き進む。
「オオオオオオオオ!」
一発で届かないなら、何度でも繰り返す。
一撃離脱を繰り返して前後左右から畳みかける。
なのに、そのどれもが木の葉に遮られてしまう。
「チッ、雑魚が粋がるな!」
都合十度目。
カエデの檄に応じた木の葉が、竜巻のように円を描いて足元のアスファルトごと抉っていく。
常時であれば確実に巻き込まれていただろう暴力の渦を、冬弥は亜音速の弾丸すら回避する超反応でかわしていく。
「これもかわすか!」
カエデと冬弥を隔てる木の葉がいくらか減った。
絶好の好機と攻めたてる。
「オオッ!」
しかし全力で放った蹴りは軽く後退されて空振った。
カエデもまた、秋夜に匹敵する身体能力を有している。
そうそう冬弥の攻撃を喰らったりはしない。
「チィッ! 何故邪魔をする。ツカサが死のうが貴様には関係あるまい!」
「ふざけんじゃねえ! テメェみたいな腐れ魔術師に、義妹を殺らせるかよ!」
「ただそれだけの理由で、オレを阻むか!」
絶えまなく続く打撃はことごとく木の葉に遮られ、カエデはまだまだ余裕を残している。
反して冬弥は早くも限界間近だった。
慣れない高速移動の連続に身体が悲鳴をあげ始めている。
身体が軽く感じたのは最初だけ。
このままではあと数秒が限度か。
報酬を得るためには代償が必要だ。
魔力による強化という恩恵を得た肉体は、急激な損傷という代償を支払っている。
一度でも背を向ければ敗北する状況も重なって、攻勢になってはいても圧されているのは冬弥のほうである。
――マダダ。マダ奴ヲ殺シテイナイ! ――
“誰か”はけたたましくはやしたてる。
脳内に響く雑音を無視。
一度離れて息を整えるべきか思考し、すぐさま却下する。
距離が開くほどカエデのほうが有利になる。
木の葉は弾丸にもなる。
戦闘者としての技量も経験も劣る冬弥では二度と近づけなくなる。
注意を自分に引きつけておかなければ司が狙われる。
このまま押しとおすしか方法はない。
「おあぁ!」
「貴様いったい何者だ? ろくに魔術を知らぬ人間が何故これほど!」
拳打も蹴撃もそのすべてが木の葉によって防がれる。
一撃ごとに削がれていく体力と血肉。
殴るたびにヒビいる手と足はもう神経が麻痺してしまっている。
痛みを忘れて殴り続けても、鉄壁を誇る“紅き揺りかご”を崩せない。
次回は12/1
22:00投稿予定です。




