≪三章≫不穏な音色は軽やかに・・・
突然揺れ動いた司の感情は、瞳を見ればすぐに察することができた。
「どうした、司? ――――ッ!」
ゾクリッと、背筋を冷たいものが撫ぜる。
身動きすら許されない、その異常。
大気が凍てついたのかと、冬弥は錯覚した。
――奴ガ来タ。我ラヲ殺シニ来タ! ――
聞き覚えのないはずの、どこかで聞いたはずの“誰か”の声が、咆哮が、身体の内側から轟いた。
それはかつてない衝動の嵐だった。
やっとの思いで精神を保とうとするが、抵抗するまもなく飲みこまれそうになる。
だが、石動冬弥の精神はその衝動に必死に抗う。
――抗ウナ。我ニ委ネヨ。ソノ身ガ朽チルマデ、我ニ力ノ支配ヲ! ――
「ぐっ! ――――ッ」
甲高い雄叫びも、低い唸りも、音という音をかき集めただけの不協和音のような“誰か”の衝動。
暴力にも似た頭痛に耐えながら、唯一視界に映っている司の異変に、冬弥は辛うじて気がつけた。
「つか、さッ?」
「――――――――――――あ、あ」
ただでさえ病的な白い肌が血の気を失って蒼白になっている。
極冷に凍えたように自分を抱きしめてうずくまり、しかし視線は前方に固定されたまま震えている。
確証などなかった。
けれど、確信だけで事態を理解する。
冬弥は司の視線の先へ視線を移す。
その動作が遅いのか早いのかさえ分からない。
ただ、その先にいる何かがこの悪寒の正体だと……他でもない“誰か”が主張する。
そこにいたのは、不気味な嗤貌を貼り付けた、不吉な少年。
「――――――――――――ッッッ!」
頭蓋を割るような痛みが冬弥を襲う。
全身の血という血が沸騰したのかと思えるほどに、得体の知れない怪物を目撃したように、全身が泡立つ。
悪寒と表現するのすら生ぬるい、絶対的な恐怖が背筋を這う。
(コイツはダメだ――早く逃げろ――関われば死ぬ――殺、される!)
「――――こっちだ司!」
「ぁッ!」
強引に司の腕を引っ張って立たせる。
足元が覚束ない。
歩幅も違い、速度も違う。
何度も転びそうになりながら、それでも必死に腕を引き、足を回す。
もっとも安全な避難場所は教会に決まっている。
なのに冬弥たちは教会から遠ざかっていく。
よりにもよってその少年が、教会へと続く道を塞いでいるのだ。
「はぁはっ、っ――――あっ!」
街を横断する鉄橋に差し掛かって、ついに司が転んでしまった。
腕を引いていた冬弥もそれで止まる。
「はやくっ、立って――――」
「ふん、なんと都合のいい」
「!」
かなりの距離を引き離したつもりだったのに、少年は息一つ乱さず、すぐ背後に迫っていた。
「人払いは完了した。逃げ場はないぞ」
少年は大仰な態度とねめつけるような視線で二人を――司を捉える。
「ツカサ、よくオレに見つかるまで生き長らえた」
声変わり前の少年の声は、人間を絶望に陥れる音色であり、
「まさか貴様のほうから出てきてくれるとは思ってもみなかったぞ。
つくづく天はオレの味方をしてくれる。クククッ」
嘲りの表情で嗤う矮躯の少年は年相応に見てとれない。
「では早速、頂こうか」
三日月のように開いた口。
そこから漏れる言葉。
嗜虐を宿した瞳。
すべてが……死を連想させる歪な型をしていた。
次回は11/29
22:00投稿予定です。




