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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
24/59

≪三章≫不穏な音色は軽やかに・・・

 突然揺れ動いた司の感情は、瞳を見ればすぐに察することができた。


「どうした、司? ――――ッ!」


 ゾクリッと、背筋を冷たいものが撫ぜる。


 身動きすら許されない、その異常。


 大気が凍てついたのかと、冬弥は錯覚した。


 ――奴ガ来タ。我ラヲ殺シニ来タ! ――


 聞き覚えのないはずの、どこかで聞いたはずの“誰か”の声が、咆哮が、身体の内側から(とどろ)いた。


 それはかつてない衝動の嵐だった。


 やっとの思いで精神を保とうとするが、抵抗するまもなく飲みこまれそうになる。


 だが、石動冬弥の精神はその衝動に必死に(あらが)う。


 ――抗ウナ。我ニ委ネヨ。ソノ身ガ朽チルマデ、我ニ力ノ支配ヲ! ――


「ぐっ! ――――ッ」


 甲高い雄叫びも、低い唸りも、音という音をかき集めただけの不協和音のような“誰か”の衝動。


 暴力にも似た頭痛に耐えながら、唯一視界に映っている司の異変に、冬弥は辛うじて気がつけた。


「つか、さッ?」


「――――――――――――あ、あ」


 ただでさえ病的な白い肌が血の気を失って蒼白になっている。


 極冷に凍えたように自分を抱きしめてうずくまり、しかし視線は前方に固定されたまま震えている。


 確証などなかった。

 けれど、確信だけで事態を理解する。


 冬弥は司の視線の先へ視線を移す。

 その動作が遅いのか早いのかさえ分からない。


 ただ、その先にいる何かがこの悪寒の正体だと……他でもない“誰か”が主張する。


 そこにいたのは、不気味な嗤貌(えがお)を貼り付けた、不吉な少年。


「――――――――――――ッッッ!」


 頭蓋を割るような痛みが冬弥を襲う。


 全身の血という血が沸騰したのかと思えるほどに、得体の知れない怪物を目撃したように、全身が泡立つ。


 悪寒と表現するのすら生ぬるい、絶対的な恐怖が背筋を這う。


(コイツはダメだ――早く逃げろ――関われば死ぬ――殺、される!)


「――――こっちだ司!」


「ぁッ!」


 強引に司の腕を引っ張って立たせる。


 足元が覚束(おぼつか)ない。


 歩幅も違い、速度も違う。


 何度も転びそうになりながら、それでも必死に腕を引き、足を回す。


 もっとも安全な避難場所は教会に決まっている。


 なのに冬弥たちは教会から遠ざかっていく。


 よりにもよってその少年が、教会へと続く道を塞いでいるのだ。


「はぁはっ、っ――――あっ!」


 街を横断する鉄橋に差し掛かって、ついに司が転んでしまった。


 腕を引いていた冬弥もそれで止まる。

「はやくっ、立って――――」


「ふん、なんと都合のいい」


「!」


 かなりの距離を引き離したつもりだったのに、少年は息一つ乱さず、すぐ背後に迫っていた。


「人払いは完了した。逃げ場はないぞ」


 少年は大仰な態度とねめつけるような視線で二人を――司を捉える。


「ツカサ、よくオレに見つかるまで生き長らえた」


 声変わり前の少年の声は、人間を絶望に陥れる音色であり、


「まさか貴様のほうから出てきてくれるとは思ってもみなかったぞ。

 つくづく天はオレの味方をしてくれる。クククッ」


 嘲りの表情で嗤う矮躯の少年は年相応に見てとれない。


「では早速、頂こうか」


 三日月のように開いた口。

 そこから漏れる言葉。

 嗜虐を宿した瞳。


 すべてが……死を連想させる(いびつ)(かたち)をしていた。


次回は11/29

22:00投稿予定です。

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