表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
20/59

≪三章≫幕間 ~ちいさなちいさな逃避行 ①~

 日が沈むころに美月は帰宅した。


 自分の呼吸音だけが耳に届く部屋の中で、冬弥は眠れずにいる。


 もう充分に体力は回復したのだが、夏流から「絶対安静」とベッドから出ることを禁じられていた。


 せめて話し相手がいれば楽なのに、夏流も秋夜もカエデの対策に余念も余裕もないため、冬弥にかまっている時間はない。


 一人寂しく時間を浪費しようにも、宿舎内を徘徊していると夏流から大目玉を食らうので、やはり大人しくしているしかない。


 布団に潜って目を閉じていると、ほんのわずかに廊下が軋む音がした。


 もしかしたら夏流が様子を見に来たのかもしれない。


(ちょっと驚かせてやろう)


 ほとんど足音を鳴らさず、ゆっくりと気配が近づく。


 誰かはベッド脇で止まり、声をかけてくる様子もない。


 冬弥はタイミングを計り、飛び起きようとした。寸前に、


「――――トウヤ」


 細い吐息のような声音に、動きを止めた。


(司……?)


 予想外の人物の来訪に戸惑う。


 それきり司は一言も発しない。

 ただ黙って冬弥を見ているだけだ。


 この少女は自分の思っていることを口にすることがまずない。


 いつだって彼女は心を閉ざしたまま、誰とも口を利こうとしない。


 ごく稀に話したとしても一言ですませてしまい、眼を見ても何を考えているのか予想がつかない。


 そんな司がどうして冬弥の部屋を訪れたのか。

 ありていに考えれば冬弥を心配してのことだろう。


 けれどなんとなく、冬弥は違うと思った。


 はっきりと断言はできないが、司の声は物悲しく、そして孤独だと感じた。


 司は手を伸ばして冬弥に触れようとする。


 しかし触れるのを躊躇(ちゅうちょ)してすぐに引いた。


 未練がましい自分を(いさ)める。


 こんな私が誰かを求めてはならないのだと。


「…………さよなら……」


 消えいりそうな声で、冬弥にも届かないほど小さな声で、司は別れを告げた。


 愚かな自分を、弱い心を押し殺して、背を向けた。


 けれど歩むことはできなかった。


 病的に細い、簡単に折れそうな手を、掴む手があった。


「どこに行く気だ?」


 布団から這い出た冬弥が、霧散してしまいそうな司を引き止めていた。


「……起きて、いたの……?」


「答えろ。どこに行くつもりだ」


「…………」


 答えられるはずがなかった。

 行く当てなどないのだから。


 どこへ行こうが関係なかった。

 きっと逃げられないと理解しているから。


 もうこれ以上、誰にも傷ついて欲しくなかった。

 だから「さよなら」を告げに来た。


 冬弥にも夏流にも秋夜にも知られぬまま、消えてなくなりたかった。


 自分のせいで不幸になってほしくなかった。


 きっとみんな心配するだろうとわかっていた。

 だから本当は誰にも「さよなら」を告げずに去るつもりだった。


 けれども、それはできなかった。


 唯一の心残りだけは、どうしても無視できなかった。


「家出か?」


 冬弥は優しい口調なのに、いつになく厳しく問いただす。


 表情こそ変わらないものの、司の心は大いに揺れていた。


 ずっとこの手を繋いでいたい。

 放さないでほしい。

 側に居たい。

 夏流と居たい。

 秋夜と居たい。

 冬弥と居たい。


 ここにいたい。いたい。いたい。イタイ。イタイ――――痛い。


「…………」


「…………」


 無言のまま時間が過ぎる。


 冬弥は問い詰めたりはしない。ただ、掴んだ手は絶対放さないと眼で語る。


 司は気持ちを言葉にしない。ただ、本心を隠して消えてしまいたいと願う。


 どれほどそうしていただろうか。


 先に折れたのは冬弥だった。


「……しょうがないな」


 ちょっと待ってろと言いおいて、ベッドから降りる。


 着替えようとして、司がずっと凝視しているので、途中で止まった。


「あっち向いててくれ」


「…………」


 おもむろに着替え始めたくせに、変なところでヘタレな男である。


「よし、行くか」


 ジーンズにフェイクムートンのジャケットという軽装で、冬弥は司の手を引いて先行した。


 冬弥の意図が読めないまま、司はなし崩し的にそのうしろについていく。

次回は11/23

22:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ