≪一章≫平穏なひととき ~ミツキ~
今年の寒波はいつになく厳しいと連日のニュースが口やかましく告げる十二月。
毎年似たような謳い文句ばかりだと思いつつ、たしかに今年は例年より冷えこむのが早いと冬の到来を感じながら、石動冬弥はのんべんだらりと帰路についていた。
「石動ー。あんた寒くないの?」
ダッフルコートをかっちりと着こみ、マフラーに顎まで隠して隣を歩く咲野美月は不思議そうに訊ねる。
道行く人がコートの襟を立てていたり、背中を丸めて足早に去ってゆく中で、冬弥だけが高校指定の制服姿で背筋を伸ばして平然としていた。
「んー、まぁ寒いな」
「うそだ。ぜんぜん平気そうじゃん」
背を屈めているせいで自然と上目遣いになった美月は涼しい顔の冬弥に不満を漏らす。
横目でその様子を眺めていた冬弥は、こいつに人気があるのも納得できるな。などと的外れなことを考えている。
小学生の頃からの腐れ縁だと、互いに長所も短所も知り尽くしているせいであまり直接褒めたりはできないものであるが、美月は可愛らしい顔立ちをしている。
すっと通った鼻梁に切れ長の目。
桜色の口唇と肩にかかる栗色の髪。
華奢でありながら女性としてあますところのない整った肢体。
口調は少し荒っぽいが、そこが彼女の勝気な性格を如実に現していて、裏表のない性格と相まって好感が持てる。
こうやってときどき見せる上目遣いや女性らしい仕草とのギャップも、男性陣を惹きつける要因なのだろう。
さらに世話好きで真面目な委員長気質も手伝って、女子からの信頼も厚い。
今時珍しいくらいの好人物だが、冬弥としてはもうちょっとだけ距離をおいてほしい。
子供のころからほとんど付きっ切りで行動していたおかげで、高校に入学してからも美月は冬弥とともにいる時間が多い。
となれば男子からやっかみを受けるのは日常茶飯事で、女子からもからかわれるのだ。思春期の少年としてはこの上なく厄介である。
「昼間はあんなに暖かかったのに。ちょー寒いよ。寒い寒いさーむーいー」
「うるせー」
日中は澄んだ空に居座った太陽がこれでもかと陽光を降らしていた。
おかげさまで、夕方になった今ではその気温差が容赦なく肌を刺してくる。
「あーあ、誰かあっためてくれないかなぁ」
「さっさと彼氏つくれよ。そうすりゃ甘えさせてもらえるだろ」
お前モテるんだから、とは続けない。
男女問わず人気があることを美月は自覚していて、鼻にかけたりはしない。にもかかわらず特定の異性と親しくならないのは、彼女なりの理由があるからだろうと冬弥も理解しているつもりだ。
「…………」
「なんだよ?」
「べつに、なんでもない」
美月は急に不機嫌になってそっぽ向いた。
「なに怒ってるんだよ」
「なんでもないって、この鈍感」
なんでもないと言いつつも、美月は冬弥のほうを向こうとしない。
原因不明だが臍を曲げられたなと、冬弥は溜息交じりに観念した。
「悪かったよ。機嫌直してくれ」
右手で軽く美月の頭に触れる。ぽんぽんっと二回。
いつだって仲直りの合図はこれだ。
「……いちごパフェ」
「はい?」
「いちごパフェでかんべんしてあげる」
まだちょっと不機嫌そうだが、もうだいぶ機嫌も直っている。
けれどここで断ってまた臍を曲げられても困るので、冬弥は北風よりも寒い財布の中身と脳内会議を開き、しぶしぶ頭を縦に振った。
次回は11/12
22:30予定です