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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
12/59

≪二章≫開戦 ②

 無価値な問答は終わった。


 お互いが言の葉にのせた濃密な殺意が、夜天を破壊する紫電となって迸る!


「――――シッ!」


 先制は天枷秋夜。


 黒から紅へと色を変えた魔眼が、日常では封印している鬼の潜在能力を開放させる。


 人外の魔力と鬼の血によって数十倍に強化された肉体が、肉食獣じみた動きで疾走する。


 二人のあいだにへだてられていた二十メートルもの距離が、たった一歩の踏みこみでゼロとなる。


「フッ!」


 一拍の呼気と同時に漆黒の鞘から抜き放たれたのは、青白い月光をさらに煌びやかに染める白銀の刃。


 切っ先は音速を超え、容赦なくカエデの首へと吸いこまれる。


「来たれ」


 カエデの詠唱は、刃より数瞬速かった。


 魔術師のあつかう詠唱は同じ言葉であっても、使用者によってその意味を変える。


 カエデの使役する魔書が発揮する(テトラ)ある言葉(グラマトン)は、不可視であり不確定な要素である魔力を“枯渇した楓の木の葉”という形で顕現(けんげん)させる。


 そして、「来たれ」と命令された力の方向性は、それまで姿を隠していたカエデの能力を物理的な現象として再現する意味合いを兼ね備えている。


 キィィィン――――


 夜闇をつんざく鋼の音色。


 必殺であるはずの秋夜の刃が、得体の知れぬモノに阻まれていた。


「チッ」


 斬戟を阻止したモノの正体を確認するより先に、秋夜は即刻退避。


 残された残像を上下左右から十六の弾丸が貫いていく。


「ふん、どうやら平和ボケはしていなかったらしい。残念だ。もう少し楽に殺れるかと思っていたのだがな。クククッ」


 カエデは心底愉快だと言わんばかりに、噛み殺すように(わら)っていた。


 対する秋夜はさして残念そうでもなく、昔から変わらぬ敵の技量に心の底から辟易(へきえき)していた。


「あれでも斬れないか……貴様の魔術はどれほど鉄壁であり続けられるのかを教えてもらいたいものだ」


 そこでようやく、秋夜はカエデの周囲に浮かぶモノを視認する。

 ソレらは風もない夜に、まるで湖面をたゆたうようにユラユラと、宙に舞っていた。


 枯渇している楓の葉を模したソレらはすべて、この世にあらざる力。

 俗に魔力と呼ばれる力の結晶体だ。


「我が魔導書“ナコト写本”の顕現、“(オータム)き揺り(クレイドル)”。この結界から逃れられると思うなよ」


 カエデが右腕を差し出す。そして指を合わせ――――


呪弾(バルト)


 ――――弾いた。


 それを合図としてゆらゆらと舞っていた木の葉の群が先端を槍のように尖らせ、弾丸へと変質していく。


 不穏な印を孕んだ、これまでの高い声とは異なった呪言(じゅごん)

 これが魔術を発動するためのキーとなる。


 火薬もなしに空中から加速する十六の魔弾。

 音速には届かないまでも、人間を殺傷するには十分過ぎる威力がある。


 それらの弾丸を目前に控え、秋夜は逃げようとしない。


 むしろ撃たれた弾丸を視認してから回避できる運動能力を持つ彼にとってこの程度の弾速は、目を閉じたままでも回避できる。


「壱式――閃空」


 小さく息吹いて、カッと目を見開く。


 同時に、コンマ一秒にも満たぬ間に鞘から放たれた銀の軌跡は十六の孤を描き、迫りくる弾丸をひとつ残らず切り裂いた。


「……まだ聞いていなかったな」


 刀を鞘に収め、いつでも攻撃を加えられるように体を整えつつ、問う。


「お前がここに来た目的はなんだ?」


 その質問を待っていたと言わんばかりに、カエデは口元を緩めて嗤う。


「とぼけるな。貴様、匿っているだろう」


「……何の話かな?」


「ふん、あくまでシラをきるつもりか。ならば――」


 ふたたび差し出された指先。


 待機を命ぜられていた木の葉の群が、いっせいに指向性を持たされる。(きり)のように先端を尖らせた呪弾が、秋夜へと向く。


「力ずくで頂くとしよう」


 弾かれた指。


 乾いた音に呼応した無数の魔弾が殺意を孕んで放射される。


 その数は百をゆうに超え、標的を射ぬかんと風を穿って飛んでゆく。


(手間を惜しんでもいられないか)


 それら必殺の弾幕を前にして、秋夜は冷静に状況を分析する。


 回避する隙間もなく間髪いれずに迫りくる弾丸は、いかに秋夜の”技”を持ってしても対応しきれるものではない。


 だがそれすらも、秋夜の”術”の前では――脅威となりえるものではない!


風刃(ふうじん)――雪華(せっか)


 上方に向けて抜き放った銀の刃を、刹那の速度で振り下ろす。


 剣圧に巻かれた風が突風となり、必殺であるはずの弾丸の群をすべて切り落とし、さらに、不可視の刃と化した風は害悪たる少年に向かって疾走する。


玉激壁(レメディウム)


 しかし、敵も()る者。


 鋼鉄の壁でさえ薄紙のごとく切り裂く烈風の斬戟を、使役する木の葉を防壁のように展開させ、いともたやすく受け流した。


「衰えてはいないようだな、下郎」


「貴様との因縁もここまでだ、外道」


 クッ、と喉を鳴らしてカエデの唇が三日月のように、

 シッ、と息吹いて秋夜の眼光が鋼のように、

 インターバルを挟んだ殺し合いが再熱する。


次回は11/17

22:00投稿予定です。

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