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前編

 朝靄あさもやにけぶる街中を五つの人影が走り抜けていく。

 その先頭を走るのは黒いドレスに身をつつんだ少女であり、それを追う4人は垢染みた服をまとい、短剣を腰に差している、いかにもゴロツキと言った風体の男たちだ。

 一見すると暴漢に追われている少女と言った感じだが、よくよく見るとおかしな点がふたつほどある。

 ひとつが男たちは見るからに全力で走っているのに、とても走るのに向いているとは思えない格好の少女に一向に追いつく気配が無いこと。

 もうひとつは、追われているはずの少女の顔にいかにも楽しげといった風の表情が浮かんでいることである。







 大陸の東端にスミオという名の王国がある。

 東を海に面し、北は山岳地帯、南には乾燥地帯、そして中央と西は肥沃な平原となっている。

 東西南北の要衝はそれぞれ4人の公爵が治めており、その内の西の国境をやくする地域にはエクロース公爵家がある。

 そのエクロース公が治める領内で最も大きな都市であり、一般に西都と呼ばれている街の中に大陸公用語で冒険者ギルドという文字が刻まれた看板を下げた店がある。


 冒険者ギルドなどと言えば聞こえはいいが、要は暴力で物事を解決する連中に仕事を与える斡旋業のようなものである。そしてこういった店は意外と思えるほど朝が早い。これは遠方の仕事を受けた際に十分に移動時間を取れるようにとの配慮である。

 そんな早朝の冒険者ギルドの中で20代前半と思しき若い男と、ヒグマのような体格の親父がなにやら話している。


 ごとりという音を立ててカウンターの上にオーガの右手の親指が置かれていく。

 オーガとは身の丈2.5リート(約2.5メートル)前後もある巨人で、知性は低いが強靭な肉体を持ち、並みの冒険者ならパーティーと同数以上の場合は戦闘を避けると言われている程の戦闘力を持っている生物である。そのオーガを討伐した印となる指が全部で4つもあり、これが指を置いている一人の男によって全て倒されたと言うのならばかなりの凄腕だろう。


「おいおい、4匹も倒してきたのかよ」

「ああ、流石に少してこずってしまったよ」

「ひとりで4匹も相手にしてそんな口が利ける奴はなかなかおらんよ」

「まぁ、そんなことより報酬を頼むよ」

「わぁってるよ。ほら」

 オーガの親指と引き換えに、カウンターの上には店の親父の野太い指で4枚の金貨が積まれる。

 金貨1枚で庶民4人家族がひと月、慎ましやかに暮らせるぐらいの額である。金遣いの荒い冒険者ならば、装備の補修なども考えるとひとりでもふた月もあれば全て使ってしまうが。


「確かに」

「なぁ、まだ他の奴と組む気は無いのか? お前さんなら引く手あまたなんだが」

「またその話しか……」

 若い男が金貨を財布にしまいながら、親父の言葉にうんざりとした様子で答える。


「お前さんは貴重な金づるだから何度でも言うさ。それにどんな奴だって1人じゃ限界がある、それは判ってるだろ?」

「そうだな、それじゃあいつらと同等以上に強い奴が居たら紹介してくれよ」

「まだ忘れられないのか」

「死ぬまで彼らのを忘れることなんて無いよ。それじゃ」

 若い男は話をそこで打ち切るようにして、いまだ朝靄の気配が残る街へとギルドから出て行った。


「やれやれ……」

 若い男の出て行った扉を見つめて親父がため息を付く。




「まったく親父さんもしつこいね」

 街に出た若い男の呟きが朝の街に吸い込まれていく。そしてこの街でねぐらにしている場所へでも向かうのか、安アパートメントが密集する地区へ足を向けたときにその一団は姿を現した。

 黒づくめの13、4に見える少女とそれを追いかける4人の男たち、彼女と彼らは若い男の視界に僅かに入った後に袋小路となっている路地へと消えて行った。


 若い男はその様子を見て、少しの間逡巡しゅんじゅんしていたが、やがて彼らの後を追い始めた。




「鬼ごっこはもう終わりだ。まったく手間をかけさせてくれたものだ」

 石壁を背にした少女を取り囲むように4人の男が立っている。その手には鋭い光を放つ短剣が握られている。声を発したのはひとりだけやや後ろに下がっている、4人の中で首領格の男だ。

 声をかけられた少女はうつむく様にしており、その表情をうかがい知ることは出来ない。


「さぁ、我々と一緒にシャウムブルクへ来てもらうか。つまらない抵抗をすると痛い目を見るぞ」


 それまで後を追ってきて様子を伺っているだけだった若い男だが、首領格の男の言葉を聞くと意を決したように隠れていた物陰から滑り出した。

 今まで動かなかったのは別に英雄になれる機会をうかがっていたわけではなく、単純にどちらに非があるのかわからなかったためだろう。世の中は逃げる少女が善で、追う男が悪と単純に決められるものではないからだ。

 見た目どおり暴漢に追われているのかもしれないし、もしかしたら少女が盗みや詐欺を働いて逃走しているのかも知れないのだ。

 そんな懸念があったようだが、スミオと敵対している隣国『シャウムブルク』という名前が出たことにより少女を守るべきものと認識したのだろう。


 若い男は姿勢を低くしたまま、腰のサーベルを抜かずに鞘に手をかけたまま首領格の男の背後に走り寄る。

 しかし背後の襲撃の気配に気が付いた首領格の男は慌てることも無く、とてもゴロツキとは思えないような隙の無い構えを取り、迎え撃つ体勢に入る。


 若い男は一足一刀の間合いに入ると、まさに目にもとまらぬという速さでサーベルを引き抜き、そしてそのまま構えを取ることなく首領格の男に切りつける。

 サーベルは警戒する首領格の男をあざ笑うかのように、防ごうとする短剣をするりとかわすと右腕を切断した。短剣を握り締めたままの右腕が宙に舞う。

 若い男は腕を切り飛ばされた相手から少女を囲む3人を視線を移すと、驚愕した様に目を見開いた。


 少女は助けを求めるでもなく、逃げようとするでもなく、その場で震えて動けなくなるということも無かった。

 少女は柔らかく膝をたわめると、直後にドレスの裾をふわりとなびかせて軽やかに飛び上がる。そしてその際に髪を結わいていたリボンを右腕で引き抜くとそのまま右から左に腕を振った。

 すると目の目に居た、背後の若い男に気を取られている3人の男に首に赤い線が走ったかと思うと、次の瞬間にはまるで冗談のようにごろりと首が落ちる。

 そして落ちた首が地面に接吻する頃には、吹きだす血を避けるかのように。少女は既に物言わぬ置物となった3人の脇を通り過ぎて若い男の傍まで近づいていた。


「閃光よ、我を覆い隠せ!」

 若い男が目の前のあまりの光景に、右腕を切り飛ばした男から注意が逸れた。それ見計らったかのように、首領格の男の短句魔法が完成して辺りを閃光がつつむ。光が消えた時には首領格の男の姿も消えていた。

 短句魔法とは数語程度の言葉で発動する魔法であり、威力や範囲などが限定されるが長々とした詠唱を必要とする通常魔法よりも使い勝手が良く、特に戦いの場では重宝されている。



「あら、逃げられてしまいましたわね」

 少女はまるで逃げられたことなど気にした様子も無く言う。

「すまんな、油断した。――しかし、手助けなど必要なかったようだな」

 若い男はサーベルにぬぐいを掛けてから鞘に戻すと苦笑気味に言葉を返した。


「そんなことはありませんわ。剣士様が彼らの気を引いてくださらなかったらもう少し手間取っていましたわ。それに結果はどのようであれ、誰かを助けたいと言う想いから発した行動はとても尊いものですわ」

「そう言ってもらえると少しは気が楽になるな」

 若い男は腰まで伸ばした黒髪にいたずらっぽい黒い瞳、そして控えめにフリルの付いた黒いドレスを身にまとった少女を改めて見つめる。


「あら、そんなに見つめられては恥ずかしいですわ」

「おっと、これは失礼した黒真珠の姫君」

「黒真珠?」

「ああ、貴女のその瞳がまるで黒真珠のように見えたのでね、気に障ったなら許してくれ」

「いえ、そのように言われたのは初めてですが、とても嬉しいですわ……。ああ、わたくしとしたことが」

 そこまで言うと少女はスカートつまみ上げ、貴婦人のように優雅に一礼する。

「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。わたくしのことはセラとお呼び下さいませ、剣士様」

「少しでもセラ嬢の助けになったなら幸いだ。俺のことはクラウスを呼んでくれ」

「クラウス様ですね、承知いたしました。以後お見知りおきを」

「こちらこそ。ところでひとつ聞いてもいいか?」

「なんでしょうか?」

「さっきのは何をしたんだ? リボンで奴らの首を落としたように見えたが」

 ひとしきり挨拶も終ったところで、クラウスがセラに先ほどのことを訊ねる。


「ええ、その通りですわ。このようにリボンに魔力を通して硬化させて――、振っただけですわ」

 セラが目の前で先ほどの行為を再現してみせる。


「魔術か」

「こんなもの、魔術を呼ぶのもおこがましい児戯ですわ」

「それにしてもそんなに瞬時に物体に魔力を通せるものなのか、しかもただ硬くしただけではあれほど簡単に首は落とせないだろう」

「その辺は努力と才能の賜物というものですわ」

 さらりと言い放つ。


「まぁ、それは置いておいて。こいつらはどうするんだ?」

 クラウスが顎でしゃくった先には首の切り離された3つの死体と、右腕が1本転がっている。

「どうもいたしませんわ。このままにしておけばきっと彼らのお仲間がお掃除してくださいますわ」

「怖いお嬢様だな」

「あら、心外ですわ」

 そう言って笑い合う二人であった。




「さて、他にも色々と疑問はあるが、それはまぁ置いておいて。これからどうしますかなセラ嬢。家かどこかに帰るなら送っていくが?」

「うーんと、そうですわね……」

 全ての疑問を飲み込んだようなクラウスがセラにそう問いかけると、彼女は右手の人差し指を顎にあてがい可愛らしく悩み出す。


「クラウス様がよろしければ、この街を案内してくださいませんか? 恥ずかしながらわたくしはここの住人なのですがあまり出歩いたことがありませんの」

 いかにも貴族の令嬢といった風のセラならばさもありなんということだろう。


「襲われた直後でもあるし、先ほどの男も取り逃がして、何時また襲ってくるか判らない状況なのは承知していると思うが、それでもいいのか?」

 クラウスは少々あきれたように言った。


「また襲っていただければ探す手間が省けると言うものですわ」

 セラは満面の笑みでそのように答えた。


「わかったよ、そこまで言うならもういいさ、とことん付き合ってやる。それにあんなことの出来るお姫様にも興味が沸いたしな」

「頼りにしていますわ、クラウス様」

「微力を尽くしますよ、姫様。それじゃまずどこに……」

 クラウスがそこまで言いかけたときにセラのお腹から可愛らしい音が鳴る。


「……とりあえず朝食にしましょうかね?」

「そうですわね、それがいいですわ」

「ではどこにするか。俺が案内できるのは、どれもお嬢様向けの場所ではないが?」

「問題ありませんわ。是非クラウス様が普段お食事をなされている場所にご案内くださいませ」

「承知いたしました姫様。それではこちらにどうぞ」

 むしろ乗り気に見えるセラを見て諦めたのか、クラウスは彼女を連れて良くある下町の食堂へを向かった。




「はい、いらっしゃいませぇええええええ!?」

 クラウスが馴染みの食堂の扉を開けると、店で働いている女性が素っ頓狂な声を上げる。


「何をおかしな声を出してるんだキーア。さっさと席に案内してくれ」

「いやいやいやいや、クラウスさんが女性を連れているだけでも驚天動地なのに。その上そんな小さい子なんて……。衛士さんを呼んできたほうが良いのかしら?」

「あのなぁ……」

「と、まぁ冗談はさておいて、2名様ですね。こちらの席へどうぞ」

 キーアと呼ばれた女はあっさりと態度を変えると、どちらかというと夕食時に稼ぐ店なのか、さほど席は埋まっていない店内の奥のほうにある2人用の小テーブルのひとつに2人は案内する。


「ところで店員のお方。小さい子とはわたしくのことですか?」

「あー、気を悪くしたらごめんね」

「いえ、わたくしはもう13歳ですの。もう少ししましたら立派な大人ですわ」

 席に着いたセラがキーアに自己主張するが、16で成人とみなされるこの国では13というのはやはり子供であろう。


「子供と言われて気にするのは子供の証拠だな」

「もう、クラウス様まで」

 クラウスがからかうように言うと、セラが頬を可愛らしくふくらませる。


「そんなにふくれると可愛い顔が台無しになるぞ。ところでセラは食べられないものとかあるのか?」

「それなら大丈夫ですわ」

 セラは自信満々に言うが、貴族と思われる少女のその言葉がどれほど信じられるものか。


「――キーア、『普通』に朝食を2人分頼むよ」

「かしこましました」

 普通を強調して注文するクラウス。その意図を感じ取ったのか、キーアは笑いながら注文を受けると厨房へと去っていった。





「質素ですが、なんというか意外と普通なものなんですのね」

「そういう注文だし、そもそもそんな目に見えて変なものなんて貧乏人でもそうそう食わないよ」

 運ばれてきた黒パンに豚肉の入ったスープ、それにサラダとチーズの朝食を食べながら会話する二人。


「ところでクラウス様、お伺いしたいことがあったのですが宜しいでしょうか?」

「なんだい?」

「今朝のクラウス様のサーベルの攻撃は何か特殊な技術なのでしょうか?」

「おや、セラは見ていたのか。あれは抜刀術という技術で、目くらましみたいなものだよ。こいつは昔親友に教わったんだが、本当は違う武器のための技で、このサーベルは少しでもソレに似せて作らせたんだ」

 腰のサーベルを軽く叩きながら言う。


「なるほど、それでそのご友人の方は?」

「遠い、遠い異郷の地へ帰って行ったよ……」

 クラウスは少し遠くを見るような目つきで親友のことを語る。


「それは……、つまらないことをお聞きして申し訳ありません」

「あやまることは無いさ。ひとりで冒険ってのも気楽なものだ」

「クラウス様はいわゆる冒険者というご職業なのですね。それでおひとりというのは危ないのではないでしょうか?」

「おや、冒険者を知っているのか。少し意外だな」

「はい、母が冒険者だったという話です。もう20年以上前に引退したらしいのですが」

 貴族の娘と考えられる割には思いがけない過去だ。しかししがない冒険者の上がりとして貴族の妾なら悪くない方であろう。


「今のところひとりで何とかなっているし、駄目なら駄目で己の力量不足と諦めるしかないな。まぁ、この話はこのくらいにしてくれ、ギルドの親父にも散々パーティを組めと言われてうんざりしているんだ」

「……これは重ね重ね失礼いたしました」

 なんども謝るセラを見て苦笑を浮かべるクラウス。


「ところで朝食の後はどうするんだ? 繰り返しになるが帰るなら送っていくぞ」

「それなんですが、クラウス様を見込んでお仕事をご依頼したいのですが」

 セラは店に似合わぬ上品な仕草で食事をしていた手を止めると、改まった様子で言う。


「どんな内容と報酬なのかな?」

「わたくしを初めてこの街に来た娘だと思ってご案内していただけないでしょうか? もちろん今朝のことも併せて報酬お支払いいたします。ただ、その、こういったお仕事の相場が判らないのでクラウス様から金額をご提示いただけるとありがたいですわ」

「今朝の頼まれたわけじゃないから金はいらんよ。案内はそうだな、日没くらいまでか?」

「はい、そのくらいの時刻まででお願いいたしますわ」

「それなら、精々銀貨10枚も貰えれば十分だな」

 クラウスはただの街案内ならその程度貰えれば十分であろうと考えそう答える。


「わかりました、それでは……」

 早速財布を取り出そうとするセラ。

「ああ、それはまだ仕舞っておきな。手付けをもらうような仕事もあるが、大抵は後払いだ」

「そうなんですの、わかりましたわ」

 基本的に冒険者なんていうのは世間的には信用されていないあぶれものであり、そのような相手に前金で仕事を頼むような人間は少ない。


「ではよろしくな、雇い主様」

「いままで通りセラで結構ですわ」

 こうしてクラウスとセラの西都観光が始まった。


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