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1452年-皇帝戴冠(皇帝フリードリヒIII)

静寂の世界に、その新たな誕生を告げる声が響き渡る。

「神の恩寵による、輝かしき尊厳者アウグストゥス、ローマ帝国の新たなる皇帝カエサル フリードリヒ3世陛下の御成であらせられる!」



その声と共に男は巨体を折り、愚鈍とも取れるほどのゆっくりとした動作で用意された濃紅と黄金の帝座に腰を落ち着ける。

頭上に輝くオットー・デア・クローゼの帝冠、身に翻るカール・デア・クローゼの帝衣。それらをまとう尊厳ある知性の眼差しを、確固としてその聖堂にいる帝国諸侯は見ただろう。

この声、この瞬間をもってして帝国の帝座はもはや空位ではなくなり、新たな皇帝が歴史に刻まれた。


しかしこの皇帝の性質を知る者は、皇帝の思惑をこう読んでいた。

「この帝座を売ればいかほどの値になるのか」と。


この男、フリードリヒ3世帝は1440年にドイツ王に即位するまで、ほとんど無名の人物であった。

当時のハプスブルク家の当主・オーストリア公はアルブレヒト5世(ドイツ王としてはアルブレヒト2世)。

その気性は苛烈で、年端も行かぬ若い頃から国外の戦場に立ち続け、トルコ人、異端フス派を執拗に追い詰め、国内ではユダヤ排斥を徹底的に行い、意向に背いたものは重代の家臣であっても悉く失脚した。

その武力、信仰への率直さをアルブレヒトは買われ、時の皇帝ジギスムントの娘婿となる。そしてジギスムント帝は嫡子なく没したため、アルブレヒトはオーストリア公にあわせてハンガリー王、ボヘミア王、そしてドイツ王に君臨し、1代にしてハプスブルク家の勢力を中欧全域に及ぼせしめた。


しかし、その終焉は呆気なかった。築き上げられた大帝国の冠を頂く前に欲をかいて武名を望んだか、アルブレヒトは再びトルコ戦線に赴き、異教徒の中を颯爽と切り抜けていたのも束の間、にわかに病に当たってあえなく陣没してしまったのである。ドイツ王として在位して、わずか半年ほどであった。

その最後の言葉は「ウィーンの城壁をまだ見れれば、元気になれるだろう」だと伝えられる。


前帝ジギスムントと同じように、このアルブレヒトにも崩御時に嫡子は無かった。

その死後数ヶ月して、懐妊していた王妃から父親の顔を知らない忘れ形見の男の子が生まれることになるが、そんなことなどこの時は誰にもわからない。

帝国諸侯は東方の異教徒に怯え、帝国の最東方たるオーストリアを支配するハプスブルク家を支持する者も多かった。

つまり帝国の諸侯は続けて、“ハプスブルク家の者がドイツ王の座にあることを望んだ”のである。

こうして選ばれたのが傍流のフリードリヒ5世。わずか25歳の若者、という情報ばかりしかなかった。

彼は同じ名前だったことから200年前にいたフリードリヒ2世帝の再来と期待され、また一族で1世紀前にドイツ王となったフリードリヒ3世を継いで、ドイツ王フリードリヒ4世を名乗ることになる。そして、皇帝としてはフリードリヒ3世と呼ばれる。

アーヘンで戴冠したフリードリヒ3世を見た諸侯は、前代のアルブレヒト以上の巨体、がっしりとした肩を見て、帝国の守護たりえると確信した。

だがフリードリヒは、アルブレヒトが拡げに拡げた東方戦線を縮小してゆく。フリードリヒにとっては「無駄でしかない」と思えたからだ。

アルブレヒトのハンガリー、ボヘミア王位はフリードリヒに継承されずポーランド王家に渡ってしまい、オーストリア公に至ってはこの頃生まれたアルブレヒトの遺男ラディスラスが頂いていた。フリードリヒはあくまで後見として、その権威を振えるに過ぎない。そして感心の神聖ローマ帝国・ドイツ地方も帝国諸侯がそれぞれ幅を効かせて私闘を繰り返す。

つまりフリードリヒは玉座にありながら、なにひとつ力も無いのだった。


フリードリヒ3世は懐古する。

「なんて忌々しいことになったんだ、王冠なんて勘弁だ」と。

ずっとグラーツの薄暗い城で朽ち果てる定めだと自嘲していた。

イタリア生まれの陽気な父エルンストを見る度に、自分の惨めさがいよいよ嫌になってくる。体は父母譲りで大きいが、力では怪力と言われた父母に全く及ばない。父は貶す訳でもなく、ただフリードリヒを認めた。そしてフリードリヒの弟であるアルブレヒトを可愛かった。アルブレヒトは兄とは真逆の溌剌とした気性で明るく、愛嬌があった。この弟アルブレヒトは兄と対立し、やがて自ら公爵アルブレヒト6世と名乗る。それはまだ先の話だが、なんせ兄弟間に共通の話題もない。読書を好み体を動かす事を嫌う兄と、馬上槍試合で武名を鳴かせる弟。そりが合うはずもなく、弟は周囲に兄の愚鈍さを嘲る。将来の不安は既にあったのだ。

 フリードリヒは期待されず、傍流の小領主で終わるはずだった。ところが帝位が転がりこんできた。なんという幸運…いや不運だろうか。ドイツ王の戴冠式で初めて目にする帝国諸侯の、輝かしい目で己を見るその目が、フリードリヒにとっては心が痛かった。フリードリヒはその目線が「アルブレヒト2世の責務を継いでくれるだろう!」という期待の眼差しであることを察していた。


 アルブレヒト2世。オーストリア公としてはアルブレヒト5世と呼ばれるこの男は、じっさいフリードリヒにとってはあまり関係ない人物だった。又従兄にあたるこの人物は常にフス派と戦うために国外にいたから顔も記憶にあるか怪しかったし、特別な思い入れも無い。そんな人物から帝冠を渡ってきても困るし、彼が対異教徒の前線を押し上げていたことなど、別にだからなんだという感しかしない。


(大事なのは)

彼は何が自らにとって大事なのか考えた。一族の繁栄? 帝国の拡大? いいや違う。性に合わない。

(現状維持だ)

自分らしい答えは何か? となるとこれだった。帝座にしがみつづけ、その限り帝国を《維持》させようではないか。私は答えが出せない。何もしない。だがら私が帝位にある限り、この帝国を保とう。

 それがこの運命への、自分なりの《復讐》だ。そのためにここローマで戴冠をするのではないか。総思いを巡らせ、皇帝フリードリヒ3世は帝座に座る我が身を改めて思った。

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