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1558年-ユステにて(カールV/カルロスI)

 その男は、一万と五千回太陽が空を廻る間は南国スペインの王だった。またその内一万と三千回月が廻る間は世界の覇者、古代より続く由緒ある神聖なローマ帝国の皇帝であり、神の庇護者だった。


しかし、男はやつれていた。帝国と皇帝の座は容赦無く男から金と、人と、生命力を奪った。治世の末期、その十年間は痛風による常に襲い来る痛みに悩み、遂にはほとんど馬に乗れなくなってしまう。

かつて騎士として世界の戦場を駆け回り、その名を轟かせ恐れられた男も、その末期は不覚にも駕篭に揺られ、周りの人の助け無くしては移動できない体となった。

が、それでも世界は男を求めていた。男の退場を未だ許さなかった。


 何故なら帝国は分裂の危機の最中にあり、神の庇護者として男は平和の為に武力を以て、厳しく対峙する必要に駆られていた。

危機は帝国の中だけではない。西にあるフランス国の王は男の治める領土の広さに畏れて戦いを仕掛け、時には権謀術策を張り巡らして帝国の諸侯を煽る。更にそれだけでなく、王は東の異教の大国オスマンの皇帝とも手を組んだ。

その数年後。異教の皇帝の率いる壮麗な軍隊が東から楽器の音色と共に、地の果てから果てまで続くようなおぞましい列を成し、男の帝都を幾重幾重にも取り囲んだ。その時は運良く早い冬の到来に助けられて、軍隊と異教の皇帝はやむなく東へ戻っていった。


内憂外患、もはや男の帝国は建国から半千年紀という長い年月の経つ間にすっかり連帯感を失っており、統一性を欠いて病に伏していた。そんな帝国が死亡診断を受けるのはまだまだ一世紀も後の話である。


 戦いに次ぐ戦い。その軍資金は帝国からの税収では賄えなかった。そもそも帝国内の諸侯が反感を抱き、時には戦争の相手がその諸侯なのだから、金など集まらないだろう。

男はやむなく、自国であるスペインから金――それは新大陸の住民を金山で休みを与えず働かせて得た物――を調達せねばならなかった。その金は全て容赦なく戦争へ突き込まれ、消えていった。


 痛風で悩む男が皇帝の座から退く決意を固めたのもまた、争いであった。

かつて自らの腹心として共に戦場へ赴き、その功を見て自ら取り立てたある侯爵が反乱を起こしたのである。その衝撃に男はただ、何とか逃げ落ちることしか出来なかった。狼狽えた男は何もかも弟に委ね、次第に帝国の統治から離れ、四年後にとうとう引退してしまった。


「余は治世の間、世界を巡った」

「ネーデルラント・ブルゴーニュより帝国の西部、そしてスペイン王位は息子へ」

「帝位と、オーストリアやハンガリーら東部は弟へ」

「帝位は弟と息子、その血を引く者が交互に継ぐこと」


引退した後、男は故郷ネーデルラントではなく、喧騒な帝国ではなく、荒地の続くスペインの、とある山中の修道院を隠棲の地として選んだ。

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