第二章 2
利沙がリンになるまでの経過は、しばらく続きます。
「……。どういう意味?」
「私達は、知っている情報全てと言ったんだが、伝わらなかったみたいだな。
もう一度聞く、すべて答えてもらおうか? 知っている全てを」
口調がいきなり厳しくなった。
利沙は、半ば慌てて、
「別に、……知ってることはそれだけです」
そう言った。
しかし、それで許されるわけではなく、
「随分知ってそうだな?
公開されているものだけを知っているとすれば、
なぜ、尋問する順番を知っている?
尋問する権利については公開しているが、順番まで公開していない。
IIMCにのみ保管され、よほどの理由がない限り外に漏れることはないはずだ。
それを知っているとなると、
スピースはIIMCのコンピューターに侵入したと認めたというのと同じだ。違うか?」
利沙は、とっさにマッジクミラーを見た。
その向こうには公安の捜査員がいると知っていてそこを見た。
まさか、IIMCに侵入したと、ばれているとは思わなかった。
「どうした? 誰かに助けてもらうか?
無理だよ。君はもう、我々の監視下にある。
いくらここが日本だからといって、ここの人達に助けてもらえない。
それに、これも知っているよな?
スピースの今後の扱いは、どこの国にも属さず、今までの関係は全て断たれる。
存在そのもののを否定される。
分かりやすく言うと、君の戸籍は剥奪される」
「? ……はくだつ?」
「知らなかった? そんなことはないだろう。当然、権利は、全てにおいて適応されない」
利沙にとって、初耳だ。
そういえば、確かに、見た気がする。
でも、まさか……。
捕まる前と、捕まって実際に聞くのと、
……全く違った。
実感がこもると、こんなに重たいんだと。
それが今なんだと。
この目の前にいる二人の存在、そのものが言っている。
「今更、ショックでもないだろう?
今、処理にかかっている頃だが、完了すれば、君は友延利沙ではなくなるということだよ。
そして、すべての権限で君の身柄は我々の物になる。誰にも所有されない。
もちろん、リサ、君の体でありながら、君自身では何も決める権利はない。
すべて、我々の指示においてのみ、行動は制限される」
利沙は、恐怖というより、怒りを覚えた。態度が、それ以上にも拘束すると言っている。
無性に腹が立った。
「それって、ロボットにでもなれってこと?
何もかもうばって、行動だけじゃなく考え方まで強制するってこと?
そんなの許されるわけない。
第一、それを勝手に私のいない所で、……弁解もさせてくれないまま、勝手に決めるなんて。
絶対におかしい。……変だ」
利沙は、二人の捜査官に食ってかかった。
立ち上がり、思い切り掴みかかり、拳を振り上げて。
次の瞬間、誰もが想像つく通り、捜査官の一人クレイに簡単にねじ伏せられ、
体ごと壁に押し付けられている利沙があった。
「何を言ってる。今までさんざんな目にあわされてきた。
それに処分は我々が決めたものではない。
スピースの被害に遭い、これならスピースに極刑でなくてもいいと判断されたんだ。
スピースに侵入された国の中には、死刑を望んでいる国もある。
大切な国の機関に侵入したんだ。
これ位の処分ですんで良かったと思っても、文句は言えないんじゃないか?」
「……、でも納得いかない。そんなの」
「とにかく、我々に課せられているのは、スピースの戸籍及びあらゆる権利の剥奪。
その後IIMCへ身柄を移送する。
今は、それ以外に興味はない。
……スピースとして、自分の責任は自分で取る。それを、さっさと自覚した方がいい」
「嫌だ、こんなのおかしいよ。
罪を犯したら、……裁判とか受ける権利ってあるんでしょう。だったら、なんで……」
利沙は、だんだん声が小さくなったいた。
「さっき言ったはずだ。あらゆる権利の剥奪だと、裁判を受ける権利は、……もうない」
冷たく言い放たれた捜査官の言葉に、利沙は力が抜けた。
それに気づいたクレイが力を緩めると、利沙は力なくその場にしゃがみ込んだ。
そう思った。
その時、急に利沙がドアに向かって突進した。
逃げ出そうとしたのだ。
ここから出ても、捕まるなんて百も承知している。
でも、どうしてもここには居たくない。
そう思えて、クレイの腕をすり抜けて、ドアに駆け寄った。
しかし、ドアには鍵がかけてあり、何度ドアノブを廻してもドアが開かなかった。
利沙は、何度も何度も繰り返し叫んだ。ドアを拳で叩きながら。
「助けて」
と。
クレイは、そんな利沙に近づいて来て、軽々と利沙の体を元の椅子に座らせようとした。
利沙も力いっぱい抵抗したが、それも叶わず、机に上半身をうつ伏せにされた。
そして、カーライルは、信じられないほど冷たく言い放った。
「もう、終わりだ。準備が整い次第、出発する」
その光景を、公安の捜査員も見ていた。
モニター越しにではあったが、雰囲気は十分伝わってきた。
捜査官の言っている内容も、
それを聞いた利沙の恐怖感や、不安などの感情もすべて。
あの表情を見れば明らかだ。
杉原でさえ、利沙があれ程おびえた顔を見た経験がなかった。
それ程強烈に利沙には映っていた。
今後、自分に何が起こるのか分からない恐怖。
それが、ひしひしと伝わっていた。
公安の捜査員の間にも、重たい空気が流れた。
後になって、利沙の身柄を引き渡したことに対して、疑問の声も上がっていたのも少数ではなかったらしい。
しかし、すべては終わってしまった後だった。
利沙の戸籍云々などの、処理が終わり、いよいよ利沙の身柄が、移送される日になった。
利沙は、あれからも何度か抵抗していたが、結局何も変わらず、日本から出ていくことになった。
問題は、利沙が杉原達に挨拶さえ、許可がもらえず、出て行かなければならない事実だった。
「せめて、挨拶くらい」
そう思っていたのに、それも許されないことにいら立って、利沙は最後まで抵抗した。
ほぼ強引に車に乗せられ、空港へと向かわされた。
それを公安の捜査員は、歯がゆい思いで見ているしかないことに、ふがいなささえ覚えるほど。
とにかく、一陣の嵐のように過ぎていった。
ただ、数日もすれば、日常が帰ってきて、
忙しさの中に、利沙の事件など気にしている暇はなく、気がつけば、誰も話題にさえしなかった。
誰もが、忙しかった。
杉原でさえも……。
いつも冷静な利沙が、ここまで取り乱すほどの迫力が、いったいなんだったのか、体格? 身分? 立場? 話し方? 態度? それとも、それ全て?
とにかく、利沙がこれからどうなるか、お楽しみください。