第一章 6
リンが入ってから、しばらく時間がかかったように思うが、
とにかくリンと話が出来ればいいと考えた。
受付の近くに来て、ここの空気がピンと張りつめていると、気づいた。
「なにか、違いますね。ここ」
「そうだな、門を入った所くらいから、なんか違うな」
二人は、この独特の雰囲気を感じていた。
「とにかく、話をしよう」
ビルは、受付に行き目的を話した。
すると、意外な反応を見せ、慌てて連絡していた。
ビルにも分かるほどはっきりと、望まれてはいない空気が伝わってきた。
しばらくの時間を受付で待たされ、そして、建物から迎えが来たものの、どうも様子がおかしい。
そう感じられた。
ビルにすれば、何か都合が悪いのだろうと、すぐに察しがついた。
もしかしたら、自分の勘が当たっているかもしれない……。
案内される間、ずっと無言だった。
応接室に通されても、ここで待つようにだけ言われて、部屋に二人だけ残された。
この部屋は、入って正面に大きな窓があり、一階のため、庭を見られた。
本来手入れされていれば、季節の花などがあってもいいのだが、
そういった様子もなく、ただ、短く刈られた、芝生があるだけだった。
どれくらいの時間が過ぎただろう。
もしかしたら、ここからもう外には出られなくなるのではないか?
そんな考えさえ浮かんできた。
すると、ドアをノックする音が、部屋に響いた。
ソファーに座っていたのを、慌てて立ち上がり、ドアの方に向いた。
「失礼する。待たせてしまい申し訳ない。
リンは、今、手が離せなくて、もう少し待ってもらえますか?
私は、マラホイアといいます」
そう言って入ってきたのは、二人には見覚えも、ましてや頼んでもいない、男性だった。
ただ、地位は高そうな印象を受けた。
「いえ。こちらこそ何の連絡もせず、突然お邪魔しまして申し訳ありません。
私は、リンに働いてもらっている花屋のマスターで、ビル・シャレットと申します。」
「いや、それは。……でも、ここはリンから聞かれましたか?」
「いえ、失礼を承知でリンの後をつけて来ました」
「ほう、後を着けた。と言われるのですか? たかがアルバイトに対して?」
マラホイアの言い方は、疑いのニュアンスが含まれていた。
「あとをつけた。
のは、悪かったかもしれませんが、リンが届けてくれた住所には住んでいないし、
学校にも行った形跡もない。
なぜなのか、それを聞きたかったのですが、確かめようと、こんなことをしました」
「住所が違うと? なぜ判りました?」
「リンの忘れものを、届けに行ったんです」
ジェシカが答えた。
「忘れ物? リンがですか」
「はい。財布を忘れてたし、困るかなって、
それで届けてあげようと思ったから、行ったんです。
そしたら、そこには住んでないって隣の人が教えてくれて。
学校にも行ったけど、来てないって、……一度も来たことないって。
そう言われてどうしようかって思ったんだけど、リンは特に何も言わないし。
でも気になって、マスターと相談して今日ここまでついてきて、やっぱりはっきりさせたくて。
……リンに聞きたいんです」
「財布、本当に忘れていたわけですね」
マラホイアはつぶやくように言った。
ビルは、それがはっきり聞こえなかったが、
「それが、何か?」
「いや、なんでも……。それより、リンの働きぶりはどうですか。真面目にしてますか?」
「はい。真面目です。なかなか道を覚えてくれない以外は、ちゃんと」
「そうですか? それは、よかった」
「ところで、リンは、なぜここにいるんですか?」
「そうですね。それには、お答えできません」
「なぜですか? それは、リンが……スパイだからですか?」
「? どういう意味ですか?」
マラホイアは、ビルに聞き直した。
「リンは、ここで仕事をしてるんでしょう?
だったら、リンは私の店で、情報を集めていたってことになりますよね。
毎日ここに帰ってきて、店で仕入れた情報を報告していたんでしょう。違いますか?」
ビルの言葉に、マラホイアは特に否定するでもなく、ただ一言だけ、
「そんな風に考えておいでですか?」
そう言っただけだった。
そんなところにリンが、連れて来られた。
リンが部屋に入ると、みんなの目が一斉にリンに向いた。