第一章 4
リンは、何事もなかったように、いつもと変わらず仕事をしているが、
ジェシカは、そんなリンの後をずっと目で追っていた。
それにマスターはすぐに気づき、リンの見えない所で、ジェシカを呼んで話をした。
「ジェシカ。どうした? 今日は来てから落ち着きがないよな。
それに、昨日リンの家に財布を届けに行ったんじゃなかったのか?
昨日住所の確認してきた後、会えなかったって言ってたが、
さっきは途中で帰ったみたいに言ってただろ?
どうした、何があった?」
マスターが丁寧に聞いてくれて、ジェシカは、本当の事を話す気になった。
ジェシカは、昨日リンの届けた住所にまで行ったが会えず、
隣人に住んでないと聞いて、そのまま帰ったと伝えた。
その後から、リンが信じられなくなったと。
そう伝えた。
「そうか、引っ越しでもしたのかな? だったら、一度確認するか。
今度から引っ越したら連絡するように話しておくよ。
すまなかったな。ジェシカ」
「違うんです。あそこには二年以上住んでないって言ってたんです。隣の人がですよ。
それって、変じゃないですか? リンはここに来て半年位でしょ。
だったら、その前からあそこには住んでなかったんじゃありませんか?
最初から住んでない住所を教えてたって、そうなりませんか?」
ジェシカの真剣な表情に、ビルは、
「そうだな……。そう言われれば、そうだな? リンはどこに住んでるんだ?」
その言葉に、ジェシカは、自分の考えを伝えた。
「マスター、私、今日リンの帰る所を確認しようと思っているんです」
ビルは、意味が理解できず、
「どういうことだ? それは」
「だから、今日リンが仕事が終わって帰る所を突き止めるために、後をつけようと思ってるんです」
「どうして? リンに聞けばいいだろう」
「私、よく考えてみたら、ここ以外のリンのことって知らないんです。
それもあって、私、今朝行ってきたんです。財布無いと困ると思って、早く渡してあげようって。
リンの行ってるはずの学校に。そしたら、行ってないって。そう言われて」
ビルは、何のことか分からなかった。
「なんだって? 学校に行ってない? それは卒業したっていいうのか?」
ジェシカは、声を潜めてから、
「そうじゃなくて、リンを一度も見たことがないって、言うんです。みんな」
「それは、言葉が通じなかったんじゃないか? 語学学校だろ?」
「そんなこと分かってます。だから、私が聞いたのは、学校の受付で、
リンがどの授業を受けるのか聞いたんです。
そうしたら」
ジェシカの言葉に引き込まれたビルも、声を潜めて、
「そうしたら?」
「いないって。そんな学生いないって言われました。在籍したこともないって」
そこまで聞いたビルも、
「まさか、そんなわけないだろう? 学校を間違えたんじゃないか? 学校って一つじゃないし」
「間違ってません。ちゃんとリンの行ってるって聞いた学校です。何回も確認しました」
「……。そうか、それなら、今日リンに着いて行ってみるか? あっ、でも、今日は無理だ」
ビルもジェシカの意見に賛成した。
すると、
「大丈夫です。私一人で追ってみます。でも、トニーに話さない方がいいかと思います。
まだ、嘘だっていうわけじゃないし」
「そうだな。そうしよう。じゃあ、今日は、リンが上がったら、頼む」
「はい」
その後は、ビルもマスターとして仕事をし、ジェシカも仕事に集中した。
そして、リンが仕事を終えて帰り支度を始めると、ジェシカも慌てて出られるように準備した。
それを見たトニーには、配達があると言っておいた。
トニーは何も疑った様子はなかった。
リンは何も知らず、いつも通りに帰路に着いた。
その後をジェシカが着いて行っているとは知らず。
そして、ある所でジェシカは気づいた。
昨日自分が向かったリンの住所とは、方向が違うことに。
しかも、途中からリンはバスに乗ってしまった。
近くにタクシーも見つけられず、途方に暮れたが、その日は、そのまま、店に戻った。
ただ、一つだけ確かめられたのは、リンは例の住所には帰らないという事実だ。
店に帰ったジェシカは、マスターにその事実を告げた。
すると、次にリンが来る日は、トニーもお休みなのと、平日のため、
早めに店じまいするとして、二人で、車を使って後をつけることにした。
リンには急用が出来たという理由にしようと、話し合った。