第一章 2
「リン、また今度頼むよ」
「……はい」
その間にジェシカが、
「私も、トニーに賛成です。リンには無理ですよ。
片道二分の所でも迷子になるのに。
リンは、この中で動いてもらう方が、私達にとっても安心だし。
リンにはまだ、配達は無理だと思います」
ジェシカは、はっきりとリンにも伝わるように話していた。
その意見に、マスターも全面的に賛成する意向で、
「そうだな。俺もそう思う。リン、まだ配達はいいよ」
そう言われて、リンは少し不機嫌になったが、しぶしぶ頷いた。
それというのも、つい最近ほんの一週間前に、
この店シャレット・フラワーからブロック一つ分だけ先の契約店に花束を配達する時、
ちょうどリンの手が空いていたので、マスターのビル・シャレットは、リンに頼んだ。
しかし、いつまで経ってもリンは帰って来ないし、先方から催促はあるし。
仕方なく、新しい花束を作製し、先方に届けた。
そして、慌てて、みんな総出でリンを探し回った。
結局、目的地とは反対のブロックで迷子になっているリンを発見した。
という事態があったので、みんながリンに配達させるのには抵抗があった。
リンに頼んで、また同じようなことになっても、正直困る。
それが、紛れもない本音だ。
「よく、学校に着けるよな。ここから結構距離あるのに」
「最初、結構遅れて来たのは、これが原因だったんでしょ?
ということは、……少しは覚えたんだ。進歩したんだな?」
ジェシカとトニーの話は、尽きることはなかった。
「マスター、配達は無理だけど、そろそろアレンジメントをしたいです。
前に教えてくれるって言ってくれませんでした?」
リンは話題を変えた。
このまま続いていくと、もっとエスカレートしそうだと思ったから。
「いいよ。少し余裕が出来たら(手が空いたら)教えてあげよう。
どんなのがしたいか、なんの花を使いたいとか、考えておいて」
「は~い。ありがとうございます」
しばらくバタバタした時間が過ぎて、マスターが声をかけてくれた。
「リン、そろそろやってみるか? どの花を使いたい?
最初はちょっと簡単なのからやってみるか」
「お願いします」
ビルがリンにアドバイスして、少しずつでも形を整えていった。
時間はかかったが、少し小ぶりのかわいらしいアレンジが出来上がった。
まだまだ、先輩達には及ばないが、リンは初めての作品をみんなに見せて回るほど嬉しかった。
今までにない笑顔で、半ば強制的に見せて回るリンに、ちょっと呆れながらも、褒めていた。
「かわいく出来たじゃないか」
「色遣いもなかなかいいよ」
「いいセンスしてるよ」
など、リンはもう嬉しくてしょうがない。
といった笑顔を振りまいていた。
その日、リンは一日中、ニコニコしていた。
リンは、何度もアレンジをしたがったが、パーティーの飾りつけの大きな予約が入っていて、
それどころではなかった。
でも、やる気は人一倍強く、てきぱきとよく動いた。
そして、週に二度ほどアレンジの仕方を習いながら、
少しでも時間を見つけては、自分なりに少しずつ続けていた。
一か月もすると、腕前も驚くほど上がっていた。
そして、店のオブジェに使ってもらえるほどの上達をみせた。
仲間達からも、感心されるほどに。
「リン、やったな。でも、……早すぎるよ。
俺でも飾ってもらうまでに半年もかかったのに」
「トニーは、不器用なのよ。リンは覚えも早いし、なによりセンスがいいわ。
これからもどんどん上達していきそうね。私も負けられないわ」
ジェシカも絶賛した。
事実、リンのアレンジは、評判も良かった。
オブジェのつもりが、お客さんの目に留まることも多く、飾るとすぐにでも売れていった。
リンも、自分の作品が売れていくのを、最初は信じられなかったが、すごく喜んだ。
すると、面白いもので、売れれば売れるほど、マスターもリンにアレンジを任せるようになった。
お客さんも、わざわざリンを指名する人もいた。
そうなってくると、面白くないのがジェシカだった。
ジェシカは、リンが頭角を現すまで、アレンジのほとんどを任されていた。
しかし、不満はあってもそれを顔に出すほど間抜けではない。
「リンはさすがに上手いけど、こっちだって負けてられないからね」
ジェシカは、負けず嫌いだが、前向きに考えられるところが、ジェシカのすごいところ。
だから、リンの人気が出た頃から、ジェシカの力も上がっていった。
そして、ジェシカを指名する人も増えていった。
いい意味で、二人が競い合って力をつけていったのだ。
そうなると、ジェシカもリンには感謝していた。
「リン、学校出たら、なんの仕事をするのか決めた?」
「まだですね。……でも、こうやってお花に関われたらいいんですけど、無理かな?」
「何言ってるの、リンには才能あるよ。なんだったら、ここに勤めたらいいのよ。
そうしたら、ずっと一緒に仕事出来るし。
ねえ、マスター、いいでしょ? リンここで使ってあげてよ」
ジェシカは、リンの返事を聞く前にマスターに確認した。
「いいよ。でも、リンはここに勉強に来てるんだぞ。
将来何になるかは分からないが、これから、いっぱい勉強して、国に帰って何かをするかもしれない。
まあ、それが花に関係する仕事なら、どこかでまた会えるかもしれない。
どっちにしても、リンはまだ若い。
今、慌てて将来を決める必要はない。
ゆっくり自分には何が合っているか、それを探さなきゃならない時だ。
だから、その手助けを俺達はしてる。
でも、……どこにも行くところがなかったら、いつでも引き受けるから、安心しろ」
「マスター、それって聞きようでは、来てくれって、言ってるみたいですよ。
来なくていいみたいに言ってるのに、本当はリンを手放したくないんでしょ?
素直に認めたらいいのに」
「うるさい。早く仕事しろ」
「よかったね。リン、私も一緒にいたいからね」
ジェシカとマスターは、そんな話を時々していた。
リンとの関係は順調だった。
リンとジェシカの二人は、お互いに刺激し合って、腕を上げる。
ライバルのような関係だった。