第三章 4
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一ヶ月がたった頃、マラホイアからの呼び出しに応じた。
「どうだ、ゆっくりできただろう?
何もしなくていいんだからな。うらやましい」
マラホイアの皮肉には嫌気がさしたが、文句も言わなかった。
「ところで、最近の態度は随分好意的だ。自分の立場をやっと自覚できたのか?」
「…………」
「返事はなしか? まあいい。それより最近のその態度についてだが、評価をした。
そこで、監視レベルを一段階下げることにした。
どうだ、これで庭に出られるぞ」
リンは、つい喜んでしまった。
「本当? 本当にいいの?」
「質問はなしだ。だが、庭に花を植えるのは、無しだぞ。あくまでも、出るだけだ」
それだけ言うと、リンは部屋に戻された。
リンは部屋に戻ってから、すぐに許可の出た庭に出てみた。
かつて、リンが育てた花達はどこにもなく、どこからか飛んで来た草の種が発芽していた。
小さな小さな草の芽が、リンにはとても愛おしかった。
そんなリンは、ほとんどの時間を庭で過ごしていた。
植えられる予定など、何もない庭を手入れしていた。
悲観していたようには見えないが、見ていて寂しくもあった。
しかし、庭で花を育てる許可は出なかった。
そんな時、リンにチャンスが舞い込んできた。
それは、IIMCで毎年行われるイベントがあると知らされた。
リンには直接関係もなく、もちろん参加できるわけでもない。
なら、どこがチャンスかというと、
このイベントでは、IIMC内がこの時だけ花で埋め尽くされる。
そして、それが終わると、花達は、すべて片付けられるのだが、
その一部をリンに分けてもらえるようになった。
種ではなく、すでに咲き誇っている花を、少しだけ庭に移してもらえると。
リンは、とても嬉しかった。
今まで見せたことがないような、十代の女の子の表情をしたリンが、そこにいた。
しかも、それを見ていた者がいた。
クレイだ。
クレイは、今回の花の移設について提案してくれた人物で、
周りの反対を押し切って、リンのために動いてくれた。
リンの知らない所で、リンのために動いてくれる。
そんな貴重な人物は、一人ではなかった。
マラホイアの助手として過ごしていた、トーレスだ。
トーレスは、ずっとマラホイアの側にいて、リンへの待遇に不満を持っていた。
リンは良くも悪くも素直だった。
扱い方さえ間違わなければ、リンはこちらに有利に動くだろうと、常に考えていた。
そのリンが、花を喜ぶなら与えればいい。
何かしたいならさせればいい。
もう一年になろうとしているここでの生活も悪くない。
そう思わせて、こっちに都合よく動かせばいいのに、それをしない。
恩を売って、こちらの情報収集に一役買わせるのも悪くない。
そう考えていた。
なのに、マラホイアにはそんな考えがない。
それが歯がゆかった。
そんな時のイベントで、一つ思いついた。以前、リンが希望を口にしていた。
「もっと花の勉強がしたい」
その時も、させてやればいいのにと思ったものだった。
そして、今回いい顔で花に触れるリンを見て、その考えに自信を持った。
そして、マラホイアに進言した。
「マラホイアさん。リンに一度だけチャンスを与えてみたらいかかでしょう?」
そう言って、トーレスは自分の考えを話してみた。
それがこれだ。
以前から取りかかっている作業に、リンを使ってみたらどうか。
たぶん、リンは拒否するだろうから、そのために恩を売ってはどうか?
しかも、その恩が大きければ大きいほど、断れないはずだと。
マラホイアも、その意見に乗ってきた。
ただ、今のリンにパソコンを使わせる危険は負わせられない。
だから、今のうちに恩を売って、
スピースの削除に成功してから、作業に参加させるのが有効だろうと思われた。
今は、スピースウィルスの削除に向けて、全力で対応しているが、なかなか進んでいなかった。
リンの言う「一年間の空白」を作る方が早いのではないか、という意見もあった。
期限は来年一月。
今は四月初め。あと九ヶ月。この期間に恩を売ろうと考えたのだ。
具体的には、リンが考える以上のいい条件を提示するために、
リンを施設の外に出してやろうというもの。
しかも、監視は続けるものの、一人で行動させるというものだった。
当然離れた位置での監視下でだが。
内容は、花屋でのアルバイト。一日三時間、時間厳守。週に三回。
行動範囲は花屋の周囲二十メートルと通勤経路は指定。
持ち物は全てこちらで準備し、持ち出しも持ち込みは一切不可。
そして、すべて把握するため、GPS装置と盗聴用のマイクの装着。
もちろん、この内容を外部に漏らすなどは許されない。
これらすべての条件をクリアして、初めて出ることが許される。
もし、違反すれば、そこまでとなる。
そして、リンは条件をすべて飲んだ。
そして、花屋でのアルバイトが始まった。
花屋でのアルバイト中に、迷子になったのは、
配達先が許可された二十メートルを大きく外れたので、ちょっとしたペナルティが課せられたから。
この場合のペナルティとは、体に覚えさせるもの。
その時、目的地とは離れた場所だったことで、ビル達にはリンが極端な方向音痴に思われた。
そして、最初にアレンジをしたものは持って帰った。
しかし、入口で取り上げられ、その場で、リンの見ている前で、処分された。
そして、財布を忘れた時も信じてもらえず、どこかに隠しているのではないかと疑われ、
この時も、体に対するペナルティが課された。
それでも、リンはそれを受け入れた。
ずっとあの部屋に閉じ込められるよりは、いいと考えたからだ。
ただ、悔しい思いは、ずっと残っていた。
そして、ビルとジェシカがIIMCに来た時に着せられた職員の制服は、
二人に職員だと思わせるためだった。
ビルとジェシカは、本当に職員だと思ってここを後にしている。
マラホイアの思惑通りに進んでいた。
第三章はここで終わります。
次回からは、第四章へと続きます。




