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僕らの生きる道

作者: dende

2作目です(^^)

感想お待ちしています!

時計の針の音と碁石を打つ音、時折長考するおじさんの唸り声だけの静かな空間が小さい頃からの僕の遊び場だった。ちょっとタバコ臭いけど、死んだおじいちゃんが大好きだったこの場所が、僕も大好きだ。

僕は手元の碁笥から黒石を掴み、右隅の白石の一団の急所と思われる一手を放つ。そしてお気に入りの巨人のキャップのつばを少し持ち上げて、そろっと相手のおじさんの表情をうかがってみる。

おじさんは「う~む」っと唸って僕を見た。


「翔太、強くなりおったなぁ!」


僕の顔がぱぁっと綻ぶが、おじさんも歯を見せて意地悪く笑った。一本だけ金色の前歯がキラリンと輝く。

あ、あれ?


「だが惜しい惜しい、急所はココ!ちぃと踏み込みが足らんかったなぁ」


そうしておじさんの打った手に、「ああ~……」と情けない声を出して崩れ落ちた僕は、潔く負けを認める。踏み込みが足りない……。いつも言われていることだ。僕はどうも強気な碁が打てず、相手にあわせて手控えてしまう悪い癖がある。


「ありません……」


くっそう。今日こそ勝てると思ったのに!

おじさんは高笑いしながら、扇子を開いてパタパタと扇ぐ。おじさんの少ない髪が風にたゆたっているのが何故だか無性に腹立たしく感じる。


「おい、あんたなに投了しとんねん。まだ手が残ってるで」


突然降ってきた言葉に僕もおじさんも目を丸くして声の主であるらしい、その関西弁の少女に視線を向ける。オーバーオールにショートカットで一瞬見ると少年と間違えそうだが、フワッと香るシャンプーの匂いと高く澄んだ可愛らしい声で女の子とわかる。

ちょっとつり上がった目が猫っぽくて僕の好みにドストライク。

だが、目が合うとその子はあからさまに嫌な顔をして見せた。何だこの子?感じが悪いぞ……。

カウンターからマスターが顔をのぞかせてその少女に声をかける。


「おーい、小町。あんま口出しすんなって。わりぃな翔太親戚の子が遊びに来ててな。よかったら相手してあげて」


「ええよ、こんな弱い奴と打っても勉強にならんもん」


僕はその言葉にむっとして立ちあがる。なんで初対面の女の子にこんなこと言われなきゃいけないんだ!僕は小町と呼ばれた少女に言い放つ。


「にぎれよ!僕は弱くない!」


「ふん、あんた何年?」


小町が鼻を鳴らして聞いてくる。


「6年だけど……」


「なんや一つ上かいな。ほんならうちに負けたら恥ずかしいなぁ……。ぶっ潰すで!!」


まるで獲物を狩る虎のように鋭い目つきで僕を睨みつける小町。その迫力に少し気押されてしまう。反面僕は少しワクワクもしていた。なぜなら同い年のこどもと囲碁を打つのは初めてだったからだ。

なんでいきなりこんなつっかかられてんのかわかんないけど……。

なんだかマスターがっくっくっくと怪しい笑い方してる気がするんだけど……。

小町は目の前の碁笥から白石をいくつかつかみ取るとそれを碁盤に広げる。

僕は黒石を一つ碁盤に置く。

1,2,3,……15!奇数。僕が黒番だ!

さぁ、勝負だ!!

僕は自分から見て右上隅の星と呼ばれる点に黒石を打つと、手元の対局時計をカシャッと鳴らす。

小町もそれに応じ、真剣な顔つきで僕を見据え指先から白石を放った。

バチィ!!という音が店内に響き渡る。


***


店内ルールの持ち時間1時間ではじまったこの戦い。

お互いの持ち時間が半分ほどになった頃、盤面の闘いは中盤へと差しかかっていた。

囲碁は単なる石とりゲームと誤解している人も多いがそれは違う。

囲碁とは一枚の盤上の陣地を取り合い競うゲームだ。たった一目でも多く勝っていればいい。そしてその一目を奪い合って凌ぎを削る。

僕はおじいちゃんが繰り広げる盤上の闘いに見惚れて、その時から囲碁の虜となったんだ。

こんな奴に負けてたまるか!

僕は相手の陣地を脅かす勝負手を放つ。さぁ、これにどう応える!?


「甘いわ!」


「え!?キリだって?」


キリとは僕の石と石の繋がりを分断するための一手。これで僕の石は退路を断たれて相手の石を攻め落とすしかない。

そういう強気の一手。

僕に勝負を仕掛けてきた一手だ。

小町の棋風は性格そのまんま。強気も強気の力でグイグイ押し迫ってくるタイプだ。

僕の背中に冷たい汗が流れる。


「長考かいな。どーぞごゆっくり」


くそ。いちいち性格悪いなコイツ……。

しかし僕はそんな苛立ちを抑えて盤面に集中する。小町は性格は悪いけど、そのうち筋は真っ直ぐだ。そして強い。こんなことで集中を乱せば一気に持っていかれるぞ。

集中だ!!

集中!!

攻め合いは読みの勝負!!

それはつまり囲碁を打つうえでの最大の武器をぶつけ合うということ!

読め!読め!!

一筋でも多く!!一手でも多く!!


……。


その瞬間、僕の周りの音が消えた。

景色も。

まるで暗い海の底に潜っていくような、優しい浮遊感が僕を包んでいく。

盤面のある一点がまるで光り輝くように僕には見えた。

僕の黒石が真っ直ぐその一点をめがけ線を引いた。


「!!」


さっきまで余裕の表情を見せていた小町の顔が曇る。その場に座り直し真剣な眼差しで盤上を見つめる小町。カリッと親指の爪を噛む。

僕らの視線が交錯する。

だが、そんな小町の所作の一つ一つを見ながらも、僕の心は常に盤上へと注がれていた。


「……おもろいやんけ」


小町がニッと会ってから初めて嬉しそうな表情で笑った。


***


先ほどの攻め合いは小町にうまく捌かれてしまったが、僕の黒石もうまく生き延びることができ、その攻防は相手の陣地を減らすことに成功した僕に軍配が上がった。

というのも束の間。

すぐさま小町の打ち込みによって再び逆転を許してしまう。

どうしてそんな強気な手が打てるんだ?どうしてそんなに深く相手の懐に踏み込めるんだ?

一歩間違えば、一瞬で両断されて終わりだぞ?!

僕ならそんな恐い手を打つことができない。

その後も僕らの一進一退の攻防は続く。

そろそろ……終わりが見えてきた……。

このまま行くと僕は負ける……。

あんな大口を叩いたのに結局僕はコイツより弱いじゃないか。

ちくしょう……!


「ありま……」


「投げんなやぁ!!!!!」


僕が白旗を上げかけたその時、耳をつんざく怒声が店内に響き渡った。店で打っていたお客さん全員が驚きの視線を僕らへ注ぐ。


「男なら途中で勝負投げんなアホ!さっきうちに冷や汗かかせた一手はまぐれか?結局そんなもんなんか?!男見せぇや!!」


小町の言葉が矢のように次々と僕の心に突き刺さる。放心する僕を尻目に「っち」っと舌打ちしてそっぽを向く小町。

僕はゆっくりと盤上に目を落とす。

なんなんだよコイツは……。僕は負けを認めようとしたんだぞ。

あれだけ言った僕の鼻っ柱をへし折れるんだ。なのになんで?!

まだ……。

まだ手があるっていうのか……?

黒が生きる道が?

何処だ?

探せ……探すんだ。


探せ……。


探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ


探せっ……!!!


パチ……。


「……そうや。それが黒の生きる道や!」


気がついた僕の目に映ったのは優しく微笑む小町。

そうか……僕は、見つけることができたのか……。

自然と笑みが零れる。そういえば僕が小町に見せる笑顔はこれが初めてかもしれない。


「まったくたいした集中力やで自分。最後は音も何も聴こえてなかったやろ?対局時計見てみぃ」


「あ……」


僕の持ち時間が切れている。15分ほど残っていたはずなのに……。

秒読みの音すら聴こえていなかった。

それじゃあ、この対局は僕の切れ負けか。

結局勝てなかった……。

でもなんでだろう。不思議と悔しさは湧いてこない。僕は間違いなく全力をぶつけた。持てる力を余すところなく。

それであと一歩届かなかったのは僕が弱いからだ。

僕の悪い癖は相手に任せて手控えることじゃなかった。

すぐに勝負を投げてしまうことだ。

小町はそれを教えてくれた。


「いやー、いい一局だった!」


マスターが手を叩いて僕らを賛辞する。マスターはポンと小町の頭に手を置いて、


「どーだ小町!いいライバルになりそうだろ?」


「はっ!まだまだや。こんな奴には負ける気はせーへん」


相変わらずの口調で小町はかぶりを振った。


「悪いなぁ翔太。翔太のことはもう認めてるんだコイツは。ただなぁ……」


ただ?


「大の阪神ファンなんだよコイツ、あっはっはっは」


僕は自分の被っている巨人のキャップに手をかける。ええ?僕に絡んできたのってそれが原因なの?!もしかして知ってて黙ってた?!

あっはっはっはってマスター……。


「あんたも阪神に寝返ればつようなれるで」


小町が僕のキャップのつばをグイとさげて、僕は目隠しをされた格好になる。


「ちょ……何すんだ!」


「っくっくっく」


「次は時間内に見つけ出して、僕が勝つ!そしたらお前が巨人に寝返れよな!」


僕は自分のキャップを外して小町の頭に被せながらの宣戦布告。

次は絶対に負けない!


「何するんや!!うちにこんなけったいなもん被せよってからに!!しかもまだ生意気いいよって。今すぐぶっ潰したるわ!!にぎりぃや!!」


「の……望むそころだ!!」


マスターがまた声を出して笑っている。

僕も笑っている。

そして小町も。

長い長い道のりも、一人じゃいつか疲れてしまう。

囲碁は二人で打つものだ。


僕らの旅路はまだまだはじまったばかり。


《end》


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― 新着の感想 ―
[一言] 対局の雰囲気が楽しそうでいいですね。 楽しく打てる相手が居るというのは幸せなことだと思います。
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