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ソルガル2.0  作者: ファフニール
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 衝撃から最も早く回復し、そして声を発したのはアヌビスだった。


 風が草原を波の様に揺らす中、緑髪の天女が艶かしい姿態を雄雄しく揺らしながら吼える。


 「怯むな!押し返すぞ!」


 「怯むだって?誰に言ってるつもりだ、アヌビス?」


 そう言って実に楽しそうな笑顔で前に進み出たのはリリスだった。


 刃物の様な雰囲気を少しも隠そうともせず、赤い髪の悪魔メイドがにたりと笑う。


 「全力で戦ってもいいだろ?久しぶりだ」


 その瞬間、何十という矢やスキルが、彼らの頭上に降り注ぐ。


 だが、そこはソルガル世界きってのスタープレイヤー達である。


 一斉攻撃は戦いの始まりを告げる花火にしかならない。


 「あははははっ。いいぜっ。遊ぼうぜっ!」


 凶暴な笑い声を上げながら、リリスは敵集団に突っ込む。


 いつの間にかその手には長大な柄を持つ斧が実体化されていて、雄たけびを上げて突っ込んでくる美少女たちを力任せになぎ倒している。


 比喩抜きでリリスのハルバードを受けた少女が吹っ飛び、ある者は手に持つ武器ごと両断される。


 レア度5「闇姫斧」リングが実体化するツール、リリスハルバードである。


 その名は偶然の一致であるが、正にリリスの為の武器といっても過言ではない。


 「すご………」

 

 孝一は思わず呟いていた。


 強いとは知っていたがこれほどとは。


 ソルガル世界最強の名は伊達ではないということだ。

 

 基本的にリングの性能を除けば個人の力量がものを言うソルガルで、あれほどの強さを誇るリリスは何者なのか。


  ソフィの隣で、キースが苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


 「あれだよ。あの強さが、僕の不審をかえって掻き立てる。

 あんなやつがいて、なんでソルガルはクリアされていない?

 あいつは五年もいるんだよ?」


 そういいながら、キースはその両手にトンファーを構える。


 スーツ姿の美女は近接先頭武器を構えると、一言呟いて戦場にその身を躍らせる。


 「ま、いつか尻尾を掴んでやるさ」


 キースはトンファーで攻撃を受けながら、相手の鎧を返すトンファーで叩き割る。


 レア度5「糾竜昆」リングが実体化するタリュドートンファーである。


 見事な体捌きで、次々とピーターを撃退するキース。


 「まいったな。今日は早く帰りたかったのに」


 「どうせ家に帰ってもあなたの新妻はいないでしょ?」


 「そういうこと言うなよ。悲しくなるだろ?」


 光り輝くドレスのどこかひねた女と、純白のウェディングドレスの天使の様な美女が揃って出撃する。


 「グングニール」


 豪奢な金髪を風に流れるに任せ、フレイヤがその手に禍々しい巨槍を出現させる。


 「悪いけど、そんなに隙だらけなのが悪いのよ?」


 フレイヤが槍を振るうと、幾人かのプレイヤーが光の粒となって消えた。


 「おうおう、怖い怖い。俺の奥さんとは大違いだ」


 「いい加減に諦めれば?絶対にもう他に男がいるって」


 「だからそう言うこと言うなよ」


 アリアは本当に悲しげな表情でフレイヤを睨みながら、その手を大きく前に突き出す。


 「悲しい気持ちになると、加減ができなくなっちまうだろう?」


 出現したのは一本の何の変哲もない棒だった。


 だが、アリアの華奢な細腕に振るわれたその棒が、十メートルも離れたプレイヤーをなぎ倒す。


 レア度はやはり5!「猿髪棒」リングが実体化するツール如意棒である。


 その時、幾本もの刃が黄金の甲冑を捉えた。


 しかしその隙間から、少女は冷たい目で敵兵を睨みつける。


 「三週間後には同じ結末になるんだから、何も死に急ぐこともないだろうに」


 その瞬間、はじけたように黄金の鎧から数十本の棘が突き出る。


 それは哀れな美少女たちの鎧を突き破り、その体を光の粒に変えた。


 レア度5「報復針鼠」リングが現実化するスペル、「トラップオブドーマウス」!


 その頃には、会談襲撃の報を受けた「黄金ザクロ」や「開放ギルド」のプレイヤーたちが草原に集まり始めていた。


 側近然として金色鎧の少女、テオにはべる女が短く告げる。

 

 「遅くなりました、テオ。一個大隊いつでも出れます」


 「よし!行くぞ、黄金ザクロ!」


 テオが率いる二十人からの少女たちが、押し寄せるピーターの波を押し戻す。


 アヌビスもまた、少女たちを率いて先頭を駆け抜ける。


 ピーターの襲撃は完全にこちらの裏をかいた。


 だが、それで少しも揺らぐプレイヤー達ではなかったのである。


 次第に、「解放軍」側がピーターを圧倒し始めた、かに見えた頃、彼女が音もなく動き始めた。


 「あ~あ、やっぱりね」


 キースのどこか気だるい声が、戦場に場違いに響く。


 「あ………、え?」


 「ばいばい」


 金色の鎧を纏う幼い少女のアバターが、無慈悲に白刃に貫かれていた。


 黒髪を背中に垂らした切れ長の目をした美しい女が、やけに刃渡りの長い日本刀を握っている。


 十二単の着物の様にも見える、胸元がばっくりと開いた和風の甲冑を身に纏い、抜けるような白い肌に、赤い鉄工や脚半がやけに映える。


 戦場の中心で、黄金ザクロの長、テオの身体が光の粒となって消えた。


 「テオっ!」


 「バカな………」


 テオの側近がその名を叫び、アヌビスが驚愕の声を漏らす。


 「出てきたな、イオマンテ」


 キースの声が、初めて緊張をはらんだものとなった。


 「貴様っ」


 側近がすぐさまその女に襲い掛かる。


 やけに露出度が高い武者姿の女は、その攻撃をいとも簡単にかわして、何事でもないかのように側近ののど下をなぎ払った。


 「え?」


 自分が何をされたのかにも気づけぬまま、少女がやはり光となって消えていく。


 「う~ん、張り合いがないなぁ」


 武者姿の女に、それでも何人もの黄金ザクロのメンバーが襲い掛かる。


 それを少しも意に介しもせずに、恐るべき流麗な剣技で、数人の少女が瞬時に光の粒となって消えうせる。


 イオマンテ。


 ソルガル世界でリリスと双璧をなす、最強プレイヤーの一人であった。


 「あなた、少しはできそうね」


 「少しは、ね」


 イオマンテがキースに向かってゆっくり歩いてくる。


 その間も、無謀な数人がイオマンテに切りかかるが、ことごとく切って捨てられる。


 次元があまりにも違いすぎる。


 彼女の剣の動きは、呼吸をするよりもはるかに滑らかな作業だった。


 「こりゃあ、困ったね」


 キースの声音に余裕の響きはまったくない。


 次の瞬間には、イオマンテの白刃がキースをその間合いに完全に捕らえていた。


 「くっ」


 「へぇ」

 

 白刃の一撃を、トンファーが受け止めていた。


 キィンという高い音が戦場の空気に響く。


 キースはすかさずカウンターの一撃を振るうが、それはダッキングで容易にかわされる。


 「化けもんだな、相変わらず」


 「ほめ言葉とうけとっとくね」


 白刃は執拗にキースを追い詰める。


 あれほどの腕を持つキースが、イオマンテの前では防戦一方である。


 トンファーは両の手に、防御と攻撃を兼ね備えた鋼鉄の備えを持っている。


 にもかかわらず、白刃は確実にキースを追い詰めていく。


 それはまるで水だ。


 とらえどころもなく、それでいて圧倒的な圧力でキースを押し流す。


 刃を受ける音はやがてリズムを失ってまばらになり、キースの身体を鎧う紺のスーツはだんだんとずたぼろになっていく。


 白い肌が露出し、豊かな胸がまろびでるが、気にしている余裕もない。


 その間も、他のプレイヤーがイオマンテに切りかかってはいるのだ。


 呼吸をするより当然のように、切る捨てられているだけである。


 「ちぃっ!」


 一際高い音がして、ついにキースのトンファーが半ばから断ち切られる。


 レア度5、白刃の剣の名は「天の群雲」。


 「まったく、ついてねぇなっ!!」

 

 その白い刃がキースの首筋をとらえようとしたその瞬間、二人の間に割ってはいる気配がした。


 「あれ?」


 キィンという音を立てて、天の群雲が緑の刀身をした刃に弾かれる。


 「まったく、俺はあんたのこと、あんまり好きじゃないんだけどな」


 「そりゃ悪かったな、少年」


 黒髪をばっさりと肩口で切った少女が、緑の刀を構えてそこにいた。


 「だれ、あなた?」


 イオマンテが不思議そうにソフィにたずねる。


 「ソフィっていうんだ。短い付き合いだけど、よろしくな」


 そこで、イオマンテは奇妙な笑みを浮かべた。


 それは凄絶とでも呼ぶべきなのか。


 獲物を見つけた餓死寸前の狼が浮かべるような、いやそれよりももっと酷く鮮烈な笑みであった。


 「そう、あなたがソフィ」


 そう言って、武者姿の女はにこりと笑った。


 『孝一くん、この人何か変だよ』


 「わかってるよ、莉子」


 イオマンテはしとめ損ねたキースからはすっかり興味を失った様子で、ソフィにただただ視線を送る。


 そしてその笑みを一層深めたと見えた瞬間、目にも留まらぬ速さでソフィに剣戟を放っていた。


 『孝一くんっ!』


 「大丈夫、見えてるっ」


 孝一の宣言どおり、その攻撃をソフィは右手に握った緑の刃で受け流す。


 「はぁっ」


 そして左手に握った紫の刃がバランスを崩したイオマンテに襲い掛かる。


 だがその一撃を。


 イオマンテはすばやく前転してあっさりかわした。


 じりり、とソフィが一歩退く。


 イオマンテは、天の群雲を正眼に構えてすっと立ち上がった。


 「!?」


 孝一はその立ち姿に驚愕した。


 『どうしたの?孝一くん!』


 「そんな、そんなはずは………」


 孝一の反応を見て気をよくしたように、イオマンテはにこりと笑うと一気に間合いを詰めてくる。

 

 その攻撃を、孝一はまともに受けることなく、力を逃がすように受け流す。

 孝一の持つレア度4の武器では、レア度5の天の群雲とまともにぶつかれば数合と持たずに破壊されてしまうだろう。


 それを知る孝一は、攻撃をすべて受け流している。


 しかし。


 『孝一くん、あの人ひょっとして本気じゃないんじゃない?』


 「わかるようになってきたじゃないか、莉子」


 莉子の指摘どおり、イオマンテはまだまだ余力を残しているように思えた。


 しかしそれは孝一も同じである。


 剣戟はその後も続き、甲高い音が草原の空気の中で耳障りに響き続ける。


 その間も孝一は、一度首をもたげた己のなかの疑念を必死に否定していた。


 (そんなはずがない。そんな、そんなはずが………)


 それでも剣を鈍らせなかったのはさすがと言えた。


 イオマンテの剣技はリリスやアヌビスでも危ういほどのレベルであった。


 孝一はうぬぼれではなく、イオマンテと戦えるほどに自分が成長したことを知った。


 突然の襲撃から一時間も過ぎようという頃、戦いはこう着状態に陥っていた。


 「頃合………かな?」


 イオマンテは突如刃を収めると、孝一から距離を取る。


 「どういうつもりだ?」


 ソフィの疑念に溢れた声に、イオマンテはにこりと笑った。


 「楽しかったけど、今日のところはこれまでかなってこと。

 いずれ嫌でも三週間後に全面戦争するんだから、今日はこのくらいにしとこうと思って。じゃあね、ソフィ。

 また会いましょう」

 

 そう言ってイオマンテはきびすを返して立ち去ろうとする。


 「待て!」


 ソフィが叫び、逃がすまいと地を蹴ると、突然間合いを詰めてきたイオマンテが至近距離で何事かを呟いた。


 その瞬間、愕然と立ち尽くすソフィ。


 『孝一くん?』


 ピーター達は撤退し、後に残されたのは呆然と立ち尽くすソフィだけであった。


 「うそ………だろ?」


 去り際に、女が発した言葉を、孝一のほかには莉子だけが聞いていた。


 ------------孝ちゃん。また会えたね


 衝撃が虚しさをはらんで、草原の風に流れて消えた。


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