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ソルガル2.0  作者: ファフニール
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 戦闘フィールドで切られたり殴られたりするとどうなるか。


 すでに三日を過ごし、彰の放任主義に付き合ってきた孝一はよく理解している。


 戦闘不能に陥り街に強制送還されたことこそまだないが、相当に痛い目にあったり危険な状態になったこともある。


 結論から言うと、現実で感じるほどの痛みはないが、痛いものは痛いというのが孝一の印象だ。


 例えば思い切り頭を殴られる。


 現実世界なら失神しそうなくらいの衝撃でも、枕かクッションなんかで殴られた程の衝撃しか感じない。


 腕に切り傷が出来る。


 血が流れるようなことはなく、傷口から光の粒子が溢れ出るわけだが、気絶しそうなほどの痛みかと言えばなんとか我慢できる程度である。


 だいたい三割くらいの痛みに軽減されているのではないかというのが孝一の感覚だ。


 例えば、初めてリノパンサに挑んだとき、ソフィの足はその巨体に踏まれて骨ごとへし折られた。


 とてつもない激痛で呻いたが、よくよく考えれば、本当に足が砕けたらあんな痛みでは済むまい。


 息も出来ないほどの痛みで転げまわるはずだ。


 だからという訳ではないが、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる二人組のプレイヤーの獲物を見てまず孝一が思ったのは、あれでやられたらどのくらい痛いのかということだった。


 一人は真っ赤な全身鎧を着た日本刀を引っさげた女だった。


 スズメバチを思わせるシャープなデザインの全身鎧は、女のスタイルに合わせて作られたように体にぴったりと張り付き、長い脚とくびれた腰を強調してスマートな印象を与える。


 顔まで覆われた全身鎧でその表情は伺いしれない。


 手にしているのはびっしりと緑色の鱗で覆われた片刃の刀で、人目でレア度が高いと分かる迫力がある。


 防具らしい防具を身につけていないソフィの首など、あっさり跳ね飛ばしてしまえるだろう。


 もう一人は軽鎧を着て、右腕の肩までを覆う異様に大きなガントレットをした幼い顔立ちをした女だった。


 だがよくよく見ればガントレットに見えたのは、先端、つまり拳の辺りに銃口を持つ遠距離攻撃武器であることが知れる。


 ガントレットの腕の部分には、規則正しく5つの窪みがならび、そこにはメラメラと赤い炎が灯っている。


 どうやらさきほどの襲撃はあの武器からの何らかの遠距離攻撃と見て間違いない。


 形状から推測するに炎を打ち出すのだろう。


 肌の露出が大きい軽鎧は守りが薄いが、かなりの重量がありそうなあのガントレットを装備するために重量を軽くしているのかもしれない。


 接近戦にならないように、あの剣士がいるということだ。


 典型的な前衛と後衛だと、孝一は考えた。

 

 孝一にはまだ知る術もないが、ガントレット状の兵器、それはレア度3を誇るツールリング「魔弓」が実体化する武器「スペルストッカー」である。


 普通、攻撃スペルは一度に一つしか実体化できないが、スペルストッカーはその限りではない。


 最大五発分のスペルをストックし、連続使用が可能である。


 レア度3までのスペルしかストックできないのが難であるが、ソフィのようなビギナーに対してはほとんど手も足も出ない武器と言っていい。


 また、レア度の低い武器はレア度の高い防具を貫通したり破壊したりすることは絶対に出来ない。

 

 剣士が装備する全身鎧はレア度3の赤龍鎧リングが実体化する防具「サラマンドラスーツ」。


 火耐性が強く、全身を覆う割に重量が軽い事が特徴で、当然ダガーやブロードソードでは破壊できない。


 完全な相互補完タイプの二人を前に、ここに来てまだ三日のビギナーである、孝一と莉子が操るソフィには、ほとんど勝ち目がないと思える。


 事実、莉子はこの瞬間にもう生還を諦めていた。


 プレイヤーキラーと呼ばれる他プレイヤーを狩ることに執念を燃やすタイプのプレイヤーは、対人用に戦略や装備を整えている場合が多い。


 そうでなくても、戦力的に劣る、というより比べることすら意味がないソフィと彼らでは、勝負にすらならないだろう。


 そういう気持ちは自然孝一にも伝わった。


 だが、そういう考えは孝一の思考とは相容れない。


 スポーツで精神を鍛えたものにとって、挑戦する前に諦めるということは受け入れがたい発想である。


 何より当の孝一はと言えば、口の端を上げて、笑っていた。


 『孝一くん…………?』


 「莉子。合図したら赤い方の顔面に火矢をぶつけろ」


 『でも、多分そんな火矢くらいじゃ………』


 「効かないのは分かってる。いいから、合図したらそれだけ頼む」


 『わ、分かった。孝一くんまさか勝つつもり………?』


 莉子の問いに、当然だろとでも言うような声音で孝一は答える。


 「上級生と戦うときも、大人とやるときも、じいちゃんとやるときだって、俺は負けようと思って剣を振った事はない。

 ただのゲームだったら、俺には勝ち目がない。

 でも、莉子。

 ここは半分ゲームで、それでいて現実だ。

 現実の場数は、きっと俺の方が踏んでるよ」


 『でも………』


 「痛い思いをさせたらごめん。

 でも、黙ってやられるなんて真似、俺にはできないんだよ」


 しばらく、莉子に沈黙がある。

 

 だが、やがて思い切ったように、ソフィの頭の中で声が発される。


 『………分かった。孝一くんに委せるよ』


 「よし。あと莉子…………」


 その時、風を切って炎の塊が飛来する。


 孝一はそれを地面を蹴ってゆうゆうとかわす。


 「なんだ、生意気にやる気かビギナー?」


 軽鎧の女が馬鹿にするようにソフィに向けて言った。

 

 幼い外見に見合った愛らしい少女の声であるが、それが孝一には気に食わない。


 「やってみないと、わかんないだろ」


 「違いない」


 そう言って、鋭利な刃物を思わせる声で、赤い鎧の女が答え、そして大業に刀を構える。


 この世界で場数を踏んでいるのだろう。


 立ち姿は一見様になっている。


 だが、幼い頃から剣道を叩き込まれた孝一にしてみれば、隙だらけと言わざるを得ない。


 道場剣術は実践剣術に劣ると言うのは、古来から語られてきた常套句で、孝一の道場でもよく醸された議論であり、そしてまったく間違った認識である。


 度胸や当たり強さ、気持ちの張り方と言う点では、たしかに実践を積んだものの方が有利である。


 だが、剣術に限らずあらゆる武術は先人の膨大な研鑽と試行錯誤の上にある。


 所詮我流のその剣に、少なくとも孝一に勝る技術があるとは思えなかった。


 「いいから、とっとと燃えちまえよ!」


 後ろに控える軽鎧の女が次々と炎の弾丸を撃って来る。


 しかし、剣道における剣先のヘッドスピードはとてつもない速度に達する。


 それにくらべれば、女が発する炎の弾は止まっていると言っても過言ではない速度でしかない。


 炎の弾が命中した潅木が一瞬にして燃え上がったのを見るに、食らえばソフィは一撃で終りだが、そうそうあたるものではない。


 「くそっ」


 五つの弾を撃ちつくし、軽鎧の女の左手がガントレットに翳され、指先がきらりと光る。


 弾丸の補充だと、孝一は直感的に悟る。


 その瞬間、足のばねを最大にきかせて走り始める。


 だが。


 「そこを狙わせないために、悪いが僕がいるんだよ」


 赤い全身鎧がすぐ様ソフィの前に立ち塞がる。


 刀を構え、孝一を一刀の下切り倒さんとする。


  『幅広剣リング、短刀リングバリッド』


 ソフィの右手にブロードソードが、左手にダガーが出現する。


 孝一は刀の一撃をブロードソードで受け流そうとする。


 だが、接触した瞬間、がぎぎんという不快な音を立てて、ブロードソードが半ばから折れとぶ。


 「!?」

 

 驚愕する孝一。


 レア度の違いとはこれほどのものか。


 破壊されたツールは十分間、被破壊状態で存在し続け、その間は新しいツールをバリッドすることはできない。


 つまりきっちり十分、ブロードソードはもう使えない。


 それは誤算であったが、しかし決定的に孝一の計算を狂わすほどの事ではない。


 『虎犀盾リング、バリッド』


 一撃は破壊されつつもブロードソードで受け流し、返す刃も手に入れたばかりのリノパンサの盾で受ける。


 一撃で破壊される盾。


 だが、その役目はそれで十分だった。


 「莉子!」

 

 『火矢リングバリッド。スペル「ファイアアロー」ディスチャージ!』


 超至近距離で、火矢の一撃が赤鎧の女の顔面に炸裂する。


 ダメージがあるとは思えない。


 だが、めくらましにはなる。


 「貴様っ」


 視界が塞がれているらしい赤鎧はとにかくめちゃくちゃに刀を振り回す。


 その攻撃を孝一はことごとくかわす、というわけにもいかず、いくつかの斬撃は薄くソフィの皮膚を裂く。


 全身を覆うぴったりとしたボディスーツが裂け、胸の谷間や白い太ももが露出するのも構わずに、ソフィは片手にゆるりとダガーを構える。


 全身鎧、たしかにその防御力は高い。


 たとえソフィがその手にブロードソードを持っていたとしても、その一撃はレア度の差で赤い鎧に砕かれてしまっただろう。


 だが、孝一が勝機を持っていたのは、寧ろこのダガーの方にあった。


 ダガーとは古代ローマのダキア地方をその由来とする、恐ろしく起源の古い武器である。


 その威力が火を噴いたのは中世以降、騎士たちがプレートアーマーは纏うようになってからであった。


 金属鎧に対して大剣や突撃槍を用いても、それを貫通して致命傷を与える事は難しい。


 だが、ダガーであれば、鎧の隙間を狙って攻撃する事が可能であったのだ。


 刀が宙を闇雲に切った瞬間、ソフィーはその体を地面に沈めた。


 しゃがみこんだソフィは、その脚を鎧の女の軸足にあてて、そして思い切り振りぬいた。


 天地が逆転する赤い鎧の女。


 目くらましをされ、バランスを崩し、パニックのきわみにいるはずの女はついにその手から刀を離してしまう。


 地面に落ちる衝撃を感じたであろう瞬間、その冑と鎧の襟の隙間に、ダガーが音もなく差し込まれた。


 「え………?」


 何が起きたか分からない、そんな声を発する女の首筋から光の粒子が漏れる。


 これはゲーム。ただし肉体の構造や弱点は現実と同じである。


 出血こそしないが、肉体的急所もまた人体に準じる。


 「そんな、馬鹿な。こんなの、助けてモリィ」


 「キョウカっ!」


 その時ようやく弾丸の充填が終わった、モリィと呼ばれた軽鎧の女にはしかし為すすべなく、程なくして、キョウカと呼ばれた女は光の粒となって消えた。


 とさり、とその場に一つのリングが残った。


 「キョウカっ!貴様ぁぁぁぁ!」


 怒りにかまけてがむしゃらに弾丸を撃って来るモリィ。


 だがそんな攻撃が、孝一が操るソフィに当たると思う方がおかしい。


 キョウカが孝一に敗北したのは完全な油断に過ぎない。


 如何に技術に劣るとは言え、本来キョウカがソフィに劣る理屈はないのである。


 絶対の防御力を活かしてソフィをだんだんと無力化し、じりじりと追い詰めれば孝一には手も足もでなかった。


 だが、装甲を持たず、たった一撃で殺せると言うおごりが、その剣に過剰な自身を持たせたのだ。

 

 孝一は、剣道の試合において格上の剣士が格下に不覚を取る様を何度となく見てきた。


 戦力的に優位に立つ人間にとって、おごりや油断を抱かずにいるということはそれほどに難しいのだ。


 「てめぇは、てめぇは!ビギナーなんかがキョウカをっ!」


 弾丸が尽きたモリィはその鎧を全身鎧に変えた。


 これは孝一にとって大きな誤算だった。


 まだ鎧系のツールリングを持たない孝一も莉子も知らない事だが、鎧系のツールは「コンバート」という機能で、別の鎧ツールに換装することができる。


 手に持つ武器も、柄の長い槍に変わっていた。


 「ちっ」


 一気に距離を詰めて遠距離武器を持つモリィを切り捨てるつもりだったのだ。


 盾も、ブロードソードも破壊されたソフィには、槍を使うモリィの懐に入る術がない。


 『孝一くん、あれ!あのリングを拾って!』


 莉子の声に、孝一は体勢を屈め、キョウカがドロップしたリングを拾う。


 リングはレア度が高いほどにドロップしやすいという。


 「お前が、お前がそれを拾うなよっ!」


 激高したモリィが孝一に向けて槍を振るう。


 孝一は脚裁きでそれをかわす。


 が、その着地点に向けて炎の一撃が迸る。


 「くっ」


 咄嗟に身をひねるソフィ。


 スペルの炎に追撃はない。


 だが、次に控える槍の一撃までは避けきれない。

 

 『龍尾刀リング、バリッド!』


 その時、莉子の声とともに孝一の右手に緑色の刀身をした刃が生まれる。


 幸運にも、キョウカがドロップしたのはあの、緑の鱗の刀だった。


 中堅プレイヤーであるキョウカが持つもっともレア度が高いリングが、実はこの龍尾刀リングであったのである。


 そのレア度、実に4。


 実体化される刀の名はクサナギ。


 がききききん、というけたたましい音と火花を立てて、モリィの槍をソフィの刀が受け流す。


 突撃した勢いのままに、自然モリィの懐にソフィが入り込む形となる。


 「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 「な?やってみないとわかんないだろ?」


 両手に持った刀の刃を返し、切り上げる一撃がモリィを捉える。


 鎧ごとその胴を裂かれ、こぼれ出た白い肌から膨大な量の光の粒が迸る。


 「貴様は………いつか絶対………俺が殺す」


 「楽しみにしてるよ」


 ふぅ、小さな溜息をつくソフィ。


 ところどころ肌をあわらにし、傷口から光の粒を散らすその姿は満身創痍ではあるが、それでも見事な勝利と言えた。


































































 ソフィがその手からクサナギを消し去った時、モリィは既に光の粒となって消えていた。


 


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