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ソルガル2.0  作者: ファフニール
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 「準備はいいか?」


 頷くソフィ、キース、テオの三人。


 それにうなずきを返すアヌビス。


 障害たる四つの門を攻略するのに、結局四日の時を擁した。


 地上での決戦はとっくにかたがつき、ピーターの幹部陣もダンジョンにもぐっている筈だ。


 すでに攻略しているであろう彼らがソフィたちよりも先に魔王のもとへたどり着くことは自明であった。

 

 四日が過ぎた今、彼らが戦中は戦場から離れられないことを差っ引いたとしても、すでにラスボスの所へたどり着いている公算が高い。


 それでも、彼らは進まなくてはいけない。


 勝ち目があるかどうかはわからない。


 大体からして、相手がどれほどの戦力かも分からないのである。


 「莉子」

 

 頭の中に向けて、孝一は呟いた。


 「信じてくれ」


 『うん』


 「開けるぞ」


 アヌビスが、最後の扉を押し開いた。





 

 そこは再び洞窟の中だった。


 しかし、巨大なドーム状にくり貫かれた空間で、壁は滑らかに削られ加工されている。


 深遠なる王宮。


 ここがその深遠部に違いなかった。


 ドームの中央には祭壇の様なものがあり、その前には白いタイルの様な石が敷き詰められた50メートル四方の、闘技場のような場所がある。


 「思ったより早かったな」


 その声は、四人のうちのだれのものでもない。


 その声は。


 「やっぱりいやがったか、リリス」


 彼らと向かい合う格好で立っていたのは、ピーターの幹部たる四人の戦士だった。


 黒いメイド服に身を包んだリリス。


 赤い武者姿のイオマンテ。


 竜をあしらった鎧をまとうトロイア。


 黒い獅子鎧を顕示するイリアス。


 たった四人の戦士が、開放軍の四人を待ち受けていたのだ。


 「どういうつもりだ………?」


 キースが困惑したような声を上げる。


 だがそれも道理であった。


 地上での決戦がどういう終わり方をしたのか、彼らには知る由もないが、ピーターの方が有利であったことは間違いない。


 であれば、中に入り込んだ四人を倒すのにはそれなりの数を送り込むだけで事足りる。


 そのキースの発言にうんざりするようにイリアスが言った。


 「やっぱり、何も知らずにもぐったのね」


 「ほらね。でも、これで案外知らないって方が怖いものよね」


 その言葉にトロイアが答える。


 「どういう意味だ?」


 アヌビスの声も歯切れが悪い。


 一同の疑問にリリスが答えた。


 「アヌビス、これは本当はお前たちが知らなくてよかったことなんだ。

 どうしてここまで来ちまったんだ?

 まったく面倒な奴らだ」


 「なんなんだ。言えよ」


 口を挟むキースを苦々しく見るリリス。


 「深遠なる王宮にラスボスはいない」


 「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げるキース。


 「というより、ソルガルにラスボスはいないんだよ」


 「それは、どういう………」


 「面倒だから、この祭壇をポイントして、システムウィンドゥを開いてみろよ」


 四人はしばしそれぞれを見て逡巡したが、やがて言われるままにシステムウィンドゥを開いた。


 「深遠なる王宮、その最深部へようこそ!

 あなたがたはついに、最終地点に到達しました。

 これであなたがたはゲームクリアに挑戦する資格を得ることができます」


 「ゲームクリアの………」


 「資格ぅっ!」


 「ソルガルの最終イベントはプレイヤー同士の決戦です。

 誰が願いを叶えるか。

 それは祭壇が開放されてから24時間以内にエントリーした資格あるものたちのいずれかということになるのです。

 エントリーされたプレイヤーはランダムで決められたトーナメント形式の決闘によってその勝敗を決めます。

 それ以外の戦闘行為は、この空間では一切禁じられます。

 最後に残った一人が、ソルガルを開放し願いをかなえることが出来るでしょう。」


 「願いって………?」


 ソフィが搾り出すように声をあげる。


 その声にやはりリリスが答えた。


 「もう、忘れてるだろうがな。

 ソルガルは、この『ソルガル世界から脱出するゲーム』じゃない。

 ソルガルをクリアし、『何でも願いが叶うゲーム』なんだよ。

 最終クエストは、システムの説明通りプレイヤー同士の決闘だ。

 それを知った俺たちは、それを秘匿することにした。

 ただゲームクリアすることだけを考えれば、ダンジョンに潜入してくる奴らが増えるだろ?」


 それはそうだろう。


 ピーターたちを突破し、さらにダンジョンを攻略しなくてはならない、そう思えばこそ、深遠なる王宮の攻略には皆二の足を踏むのである。


 この最終クエストは、難易度だけ考えれば最低だ。

 

 特にピーターは絶対にこのクエストに参加したくはないわけだから、この祭壇に開放軍側がたどり着いただけでアウトである。


 あとは適当な人間に勝たせてゲームクリアさせればいい。


 思えばソルガルがピーターが存在しない純粋なゲームであればこれは当然の成り行きと言えた。


 ソルガルは終わりがあるゲームなのだ。


 その中から「願い」をかなえる最後の一人を決めるとしたら、この方法以外にはありえない。

 

 だからこそ、深遠なる王宮を攻略できる人数を一度に四人と制限し、ソロプレイや多人数プレイでは参加出来ないようになっているのだ。


 そうして最初のプレイヤー達が祭壇に辿り着いた24時間後、それまでにエントリーしたすべてのプレイヤーのトーナメント戦が本来行われるわけである。


 「だから、俺たちも腹を括る事にした。

 お前たちがここまで辿り着けば、最終クエストへの参加はどうしようもない。

 であれば、俺たちも参加し、最後の願いを叶えるしか方法がないだろ?

 『ソルガルが終わりませんように』ってな」


 「!?」


 「もっとも、そんな願いが叶うのかどうかは賭けだ。

 だからなるべくならそんな方法は取りたくなかった」


 「だから、か。わざわざ俺たちを待ったのは?

 普通に考えれば、お前らだけでエントリーして丸一日待てばいい話だもんな」


 合点がいったというように口を挟むキースにリリスはそうだと一言言った。

 

 「お前たちが辿り着けないなら、そんなリスクを犯すこともない。

 その時、他の奴らに最終クエストのことを知らせるリスクも取りたくはない。

 どこからこの話が漏れるとも知れないだろ?

 だから馬鹿正直に四人で待っててやったんだ。

 どうせ、お前らじゃ俺たちには勝てないしな」


 「いいやがる」


 「彰さん」


 その時、ソフィが真っ直ぐにリリスを見た。


 「姉ちゃん」


 そしてその視線をイオマンテに移す。


 「悪いけど、俺絶対に負けないから」


 「孝ちゃん………」


 その自信のこもった瞳に、リリスはこれ以上言葉を重ねることの無意味さを知った。


 リリスはそのまま祭壇の方へ歩いていって、システムウィンドゥの上で何かの操作を行った。


 ごごごと音を立てて、祭壇が起動したようだった。


 「いいだろう。

 ほら、さっさとエントリーしろ。

 忌々しいことに、この中じゃ妨害のしようもないんだからな」


 こうして、八人の戦士が祭壇に上がる。

 

 それぞれの思いを込めた最終クエストが、こうして始まったのだった。





 「来たな」


 きっかり二十四時間後、アヌビスが短く呟いた。


 祭壇がぼうっと淡く光り、システムウィンドゥが飛び出す。


 「エントリーを締め切ります。それでは、クレセントガール各位の健闘を期待します」


 「ふぁぁ、やっとかよ。長いな一日」


 メイド服の美少女の姿を台無しにして、あくびをしながら立ちあがるリリス。


 「さぁ、始めようぜ。殺し合いをさ」


 祭壇に、トーナメント表が表示された。



 リリス  ―

       |―

 キース  ― |

        |―

 イオマンテ― | 

       |―  

 アヌビス ―   

          

 ソフィ  ―   

       |―

 トロイア ― | 

        |―

 テオ   ― |

       |― 

 イリアス ―


 

 「これは………見事にバラけたな」


 キースが言うとおり、二つの勢力が見方同士で一回戦で当たることはない、絶妙な配置と言えた。


 「それはそうでしょうよ。不戦試合なんてつまらない展開、彼らは望んでないだろうから」


 「?」


 なんでもないよ、そう言ってピーターの幹部イリアスは後ろ手に手を振って去っていった。


 「じゃあ、さっさと始めようぜ」


 「お前が仕切るなよ」


 そう言って、黒いスーツを着込んだ黒髪の美女が祭壇に上がる。


 やれやれと後を追って、リリスが壇上に上がった。


 「お前、まさか勝てる気でいる?」


 「不思議とさ、負ける気がしないんだよ」


 「プレイヤーの入場を確認しました。闘技場フィールドを遮断します」


 ぶうんと音がして、タイルの様な石が敷き詰められた闘技場が閉鎖される。


 その中で、リリスが薄く笑った。


 「へぇ?」


 「戦闘を開始してください」


 抑揚のないシステムの声がして、二人の戦士の戦いが始まった。


 「ふっ」


 先手を取ったのはキースだった。 


 伸びるようなしなやかなモーションから、トンファーの一撃を打ち出す。


 「ふん」


 それを、リリスは簡単に大鎌で受けて見せた。


 「まさか、なにも考えてないわけじゃないよな?」


 「まさかなっ」


 トンファーは両手にある。


 返す一撃でリリスの顔面を狙うキースだが、その一撃は読まれていた。


 「あんまり俺を舐めるなよ、キース」


 黒いメイド服の美少女は、その一撃をその場にしゃがんでかわすと、その空いた手の平を、そっとキースの胸に当てた。


 「『メギド』」


 「!?」


 リリスのスペルに、咄嗟に身をひねりながら対抗スペルを展開するキース。


 高温の閃光が弾け、リリスの手のひらを起点に爆発する。


 その一撃で、レア度5を誇るキースのスーツは上半身を消し飛ばされ、薄い胸が露出した。


 「ちっ、エリカ、コンバート!」


 パートナーに呼びかけたものだろう。


 即座にその身体が光に包まれ、黒いスーツはきわどいスリットが入った派手なチャイナドレスにその姿を変えた。


 「そっちの方が似合うじゃないか」


 「そりゃどうも」


 リリスの大鎌の一撃をダッキングでかわすキース。


 その腹に、リリスの蹴りが入る。


 「うぐ」


 続けざまに、リリスの蹴りがキースの顎を蹴り上げた。


 「がっ」


 その場に転倒するキース。


 その頭上に大鎌が迫る。


 空中に展開した透明な盾がこれを防ぐ隙に、キースはなんとか逃れた。


 「はぁはぁはぁ」


 肩で息をするキース。


 リリスはそれをおかしそうに笑う。


 「クレセントガールは疲れ知らずだ。

 だからそうやって息を乱してるのは、お前の心が同様してるからなんだよ。

 ほらな、キース。

 勝てないだろ?

 お前と俺じゃ違いすぎる」


 「違う?何がだ?」


 「欲望ってやつがだ」


 そのまま突っ込んでくるリリス。


 キースはトンファーを立て代わりにしてその攻撃を凌ぐ。


 欲望?とキース、いや高山は思った。


 それはお前の足のことか、リリス。


 だったら奇遇だな。


 「俺にも欲望があるよっ!」


 「ぬかせ!」


 リリスの一撃がキースのわき腹を襲撃する。


 激痛に顔をしかめるキース。


 それもレア度が高いのだろうチャイナドレスは無残に裂け、露出した乳房の下からふとももまでがきりさかれ、白い光の粒を撒き散らしている。


 「終わりだキース」


 「お前がな」


 その一撃を、キースはトンファーでからくも防いだ。


 だが、やはりその隙にリリスの腕がキースに向けられる。


 その掌に、最後の足掻きかキースの掌が重ねられる。


 「馬鹿が。『メギド』!」


 「お前がかな。『カミカゼ』!」


 炸裂する高熱の閃光!


 だがそれはキースではなくリリスを吹き飛ばす。


 「なん、だとぉぉぉぉっ!」


 それはレア度5にして、第一の門を守護した悪魔王からドロップした『逆転』リング。


 キースの奥の手だった。


 「接触したスキルを跳ね返す魔法の手だよ。もっとも、俺もこの様だが」


 キースは左腕を根元から失い、光の粒へと変えていた。


 しかし自分の必殺のスペルとまともに受けたリリスは、そのメイド服を焼き尽くされ、白い豊満な肉体を完全に露出させながら、身体のあちこちから光の粒を散らしている。


 爆発で宙を舞うリリスにキースが追いついた。


 「お前がっ。お前ごときがっ」


 ああ、とキースが呟いた。


 「そういえば、ずっと前からお前のことが気に食わなかったんだ。

 知ってた?」


 「うおおおおおおおおお」


 シングルであるリリスは、フェアリーと言う擬似生命体、おそらくはAIのようなものでスペルやツールの管理を行っている。

 

 それは、プレイヤー本来の指示が必要であり、なおかつ、リングを一つ解除して別のリングに替えるなどの複雑な処理には一瞬のタイムラグが発生する。


 「冗談じゃない!」


 コンバートが間に合わないと判断したリリスは、その手の平をキースの頭に押し付けた。

 

 だが、キースはそれを少しも気にした風でもない。


 その無防備な防御力ゼロの腹部に、キースの渾身の一撃が入る。


 と、同時に、リリスの手からメギドが放たれた。


 爆音、そして撒き散らされる光の粒。


 それらが晴れたとき、闘技場には誰の姿も存在しなかった。


 「両者消耗限界を超えた為、リタイアとします」


 システムの声が、無常に響くのだった。


 「嘘でしょ、リリス?」


 イリアスの悲痛な声。


 トロイアもその有り得ざる結果に目を丸くしている。


 世界最強と言われるプレイヤーの一人が、まさか一回戦で敗退するなんて。


 これはまさか、有り得るのか。


 ピーターが敗れると言うことが。


 「キース………彰さん………」


 呆然と呟くソフィの肩にそっとアヌビスの手が置かれた。


 「リリスは明らかに格上だった。

 よくも相打ちに持ち込めたものだ。

 奴の気合を感じたよ。

 私も、負けないつもりだ」


 「アヌビス………」


 「行ってくる。

 頼むから、姉さんじゃなく私の勝利を祈ってくれよ」


 そう言って、アヌビスは壇上へ歩を進めた。


 「イリアス、トロイア。大丈夫。リリスにはちょっと待ってもらうだけよ」


 イオマンテは、赤い武者姿の美女は、妖艶に笑った。


 「私は絶対に勝つ。譲れない欲望があるのは私の方だから」



 「戦闘を開始してください」


 「倶利伽羅剣」


 いきなりだった。

 

 アヌビスは必殺のスペルをイオマンテに向けて打ち出す。


 レア度5だろうがなんだろうが、この「火焔明王」のスペルを受ければ無傷ではすまない。


 天の羽衣を身にまとうアヌビスが熱線を放射する。


 「負けない。負けるわけにはいかない。キースは私の責任を引き受けてくれたのだ。

 命がけでなっ」


 もちろん、ここでの死が現実に死につながらないことをアヌビス、いや小百合は理解している。


 だが、ここで開放軍側が敗北し、彼らピーターの「ソルガルを終わらせない」という願いがかなってしまった場合、それを覆すチャンスが再度あるかはわからない。


 キースは、アヌビスやテオやソフィに、すべてを託していったのだ。


 最大の障害であるリリスを破壊して。


 であれば、アヌビスも負けるわけにはいかない。


 ここでアヌビスがイオマンテを撃つことができれば、勝利は決まったようなものだからだ。


 キースの戦いがもたらした高揚感がアヌビスを満たしていた。


 しかし、現実はいつもひどく残忍なものである。


 「『クラウ・ソラス』」


 その時、白刃を握る手とは別の手に、青白い燐光を放つ見たこともない剣が出現した。


 レア度5にして深遠なる王宮でのみドロップする最強の剣の一つ。


 「不敗剣」リングのツール「クラウ・ソラス」である。


 能力は、スペルの拡散。


 「なに!?」


 イオマンテがその剣を一振りすると、アヌビスの渾身のスペルが霧散して消えた。


 スペルをほとんど用いないイオマンテである。


 スペルによる遠距離戦闘であればいくらか分があると踏んでいたアヌビスにこれは衝撃であった。

 

 そしてその衝撃は、達人の前では絶対の隙となった。


 一瞬にして、イオマンテはアヌビスまでの間合いを詰める。


 それは魔法のようであるが、完全に理に裏打ちされた剣術の歩法であった。


 「そんな………」


 「勝つのは私って、言ったでしょ?」


 時がとまったような一瞬の後、アヌビスは瞬時に繰る出された二刀の前に、為す術なく両断されていた。


 天女の羽衣は、本当にもろい紙か何かのように断ち切られ、切り裂かれた白い腹から膨大な光の粒を撒き散らす。


 「すまない。孝一くん、あとは………」


 それきり、開放の天女は壇上の露と消えた。


 孝一は、それを呆然と見ているしかなかった。


 「もうすぐね、孝ちゃん」


 壇上から降りる際、隣を通ったイオマンテが発した一言に、孝一は眩暈を起こさずにはいられなかった。




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