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ソルガル2.0  作者: ファフニール
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 孝一の姉は、名前を美穂と言った。


 十人が彼女に会えば十人ともが美人と誉めそやすであろう、幸一の自慢の姉だった。


 美穂と孝一は五つ年が離れている。


 これは、美穂が連れ子であったことが関係している。


 彼女が四歳のとき、母親は美穂の父親にひどい裏切りを受け、裁判まで起こして離婚した。


 今でも、美穂の父親は彼女から半径2kw以内には立ち入ってはいけないことになっている。


 美穂の父親は、幼い頃からすでに愛らしさで周囲を虜にした美穂に、いささか行き過ぎた愛情を注ぐ男だった。


 それはやがて恐ろしい偏愛に発展し、最終的には性的虐待にまで辿り着いた。


 友人との予定が中止になり、急遽帰宅した母親は、裸で父親に組み敷かれる四歳の美穂を見つけて絶叫し、そのまま彼女を抱えて家を出た。


 父親は逮捕され、強制的に離婚が成立した。


 美穂はそのころのことをあまり覚えていないようだった。

 

 あまりのショックに、記憶を閉ざしてしまったのだろうと、医師は母親に話した。


 だがそれは美穂にとっては幸福なことだろうと、母親は考えることにした。


 職場の同僚であった孝一の父親は親身になって母親の相談に乗り、やがて彼女を妻とすることを決意する。


 離婚から一年後、母親は孝一をその身に授かることになる。


 美穂の失踪がふたたび両親の離婚を導いたことは、だから酷い皮肉であると言わざるを得ない。


 さて、五つ年が離れた弟を美穂は溺愛した。


 父親の祖父が師範をつとめる剣道場に通った美穂はめきめきとその才覚を現し、中学の時は地方大会で優勝するほどの成績をおさめる。


 反対に幼い孝一はなかなかその才能を発揮することが出来ず、いつもいじめられてばかりいた。


 その弟を護り導くことが、やがて美穂が生きる意味そのものになっていく。


 高校にあがった美穂はインターハイですばらしい成績をおさめ、そのころには孝一もその才能を発揮し始めていた。


 これまで護る為の存在であるはずだった弟の成長に釈然としないものを感じながらも、美穂はたくましくなりつつある弟にやがて男を感じるようになる。


 それが、父親からの遺伝であるなどとは、美穂の人格的名誉の為に口にすべきではない。


 だが、弟に対する愛情はやがて変質的なまでに高まり、美穂の心にゆがみを与えていく。


 ゆがみは、由来を持たないものではなかった。


 父親に襲われた美穂は、解離性同一性障害、つまり俗に言う多重人格障害にきわめて近い状態まで追い込まれており、それは父親に犯された記憶を鮮明に持つ別人格として、美穂の中に息づいていたのである。


 そして美穂が18歳、孝一が13歳となった夜、それは始まってしまった。


 両親が寝静まった夜、自室で眠っていた孝一はノックの音で目を覚ました。


 そこには姉がいて、こんな夜中にどうしたの?と孝一は尋ねる。


 すると、美穂は見たこともない妖艶な笑みを浮かべて、ねぇ、と孝一に言った。


 ねぇ、孝ちゃん。キスしてみよっか。


 口付けは甘い花の味がした。




 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 孝一は出鱈目に剣を振り回す。


 しかしそんな攻撃が、イオマンテに通じるはずがない。


 攻撃はあるいはかわされ、あるいは弾かれ、ソフィはその胸にイオマンテの白刃の一撃を受けてしまう。


 「くっ」


 胸あてが切り裂かれ、形のいい白い乳房がまろびでる。


 孝一はそれを隠す余裕もないほどに動揺し、目の前で白刃を構える姉に向かって敵意の篭った視線を向ける。


 「あれは姉さんじゃないっ」

 

 「馬鹿な子ね。まだそんなこといってるの?」


 イオマンテは身の毛もよだつほどの怪しい笑みを浮かべて孝一に言う。


 「あんなに激しく私を組み敷いて、乳房を吸って、可愛い欲望を叩きつけたのに、まだそんなことを言ってるの?」


 「やめろっ」


 「姉さん、悲しいな」


 やはり大振りな一撃をすり抜け、イオマンテの白刃がソフィに迫る。


 「一回死んで、やりなおそっか」


 『避けて、孝一くんっ』


 莉子の悲痛な叫びが脳内に響くのを、孝一はどこか他人事のように聞いていた。


 イオマンテは確かに微笑んでいた。


 しかしそれは凍てつく微笑だった。


 絶対絶命の攻撃。


 それを防ぐすべを孝一は持たない。


 だからその攻撃を受けたのは、突如割り込んだトンファーだった。


 「キース………さん」


 「いつかとは逆だな、少年」

 

 キィンという音を立ててイオマンテの刃が弾かれる。


 その場を動物的ともいえる感覚によって後ずさるイオマンテ。


 ついさっきまでイオマンテがいた場所を、強力な熱線が焼き払った。


 「っち。さすがにこれで仕留められはしないか」


 緑の髪の天女が、炎の剣を携えてそこにいた。


 「アヌビス………さん」


 「引きたまえ、ソフィ。どうやら今の君はまともに戦える状態ではない」


 「どうして出てきたんだ、アヌビス?」


 いままでどこにいたのか。


 黒いメイド服のリリスがこちらに向けて歩きながらそう言った。


 後方で指揮にまわったはずのアヌビスをいぶかしんでの発言である。


 「状況が変わった。聞こえないか、この戦場の騒ぎが」


 これまで戦闘に没入していた孝一の耳に、初めてその音が聞こえる。


 それは、驚愕と悲壮感に満ちた、プレイヤー達の悲鳴の声だった。


 ソフィは思わず声の方に目をやる。


 それは、戦場の中央、黄金ざくろの面々がいる辺りであった。


 「なんだ………あれ?」


 戦場の中央部、そこには逃げ惑うプレイヤーの他に、見たこともない凶悪なモンスターが何百と大挙していたのだ。


 アヌビスが始めて見せる苦い表情で憤怒とともにいう。


 「やつら、伏兵二百を、あらかじめダンジョンに潜り込ませて、モンスターをトレインさせたのだ!」


 トレイン。

 

 フィールドのモンスターを引きつけ、他のプレイヤーにエンカウントさせるとんでもないアンチマナー行為である。


 だが今更、ピータにマナーを求めても仕方がない。


 ピーターパンは戦力の三割にあたる二百名ものプレイヤーをトレインの為だけに使い、それと気取られずに解放軍の指揮系統をめちゃくちゃに破壊することに成功していた。


 「癪に障るが、作戦は変更を余儀なくされている。

 サイドからも切りくずしにまわってもらっていたリリスとソフィにも中央の掃討にまわってもらいたい。

 イオマンテはとりあえず放っておけ。

 そのうちにいやでも相対する」


 「まて、アヌビス」


 今にも走り出そうとするアヌビスを制止するリリス。


 「そう、慌てるな。状況の把握が、こういうときには一番大事なんだよ。

 お前、ひとつとても重要なことを見落としている」


 「なに!?なんだ、リリス!」


 天女の衣装を纏ったアヌビスが詰問するようにリリスに詰め寄る。


 リリスは武器である大がまを下げてからアヌビスに語り始める。


 「いや、なに。簡単なことさ。俺が、決して中央のごたごたの掃討には加わらないってことだ」

 

 「どういう意味だ。リリス」


 眉根を寄せるアヌビスに、一つ小さなため息を吐いてリリスは短く簡潔に言った。


 「俺は敵だってことだよ、アヌビス」


 「!?」


 その瞬間、とっさに後方に飛んだアヌビスに賛辞を送るべきかもしれない。


 だが、その左腕にリリスの大がまが容赦なく食い込み、肩口までをすぱりとあっけなく切り取ってしまう。


 激痛に顔をゆがめながら、アヌビスは光の粒となって消えたその腕を見て、信じられないといった口調でリリスを睨んだ。


 「どういうつもりだ。裏切りか」


 「違う。アヌビス。だから最初から言っただろ」


 乾いた笑い声を立てながら、キースが呟いた。


 「初めから、敵だったな?リリス」


 黒いメイド服の少女は笑みの形に愛らしい唇を歪めた。


 「孝一っ!」


 意外にも、リリスは呆然とたたずむ少年に呼びかけた。


 その身がびくりと震える。


 「俺と来い。

 現実って奴は厳しいだろ?

 俺はお前にそれを教えたかった。

 もう、姉を否定することもないじゃないか。

 ここは向こうとは違う。

 だれもお前を咎めやしないさ。

 大好きな姉ちゃんと、好きなだけ愛し合うといい」


 『嘘よ………』


 脳裏で莉子が呟く。


 「なんで、彰さん。だって………あんたは………。

 そうだ!

 陽子さんは!

 あんたのパートナーの陽子さんが、こんなことするわけない!」


 「俺はシングルだよ、孝一」


 「え………?」


 「陽子はカムフラージュだ。

 事情は話さず、不幸にもパートナーを失ったあいつに、俺のパートナーのふりをさせながら養ってやってただけだ。

 シングルだって知れると、いろいろ目だって動きにくくなるだろ?

 あいつは俺がピーターだってことすら知りはしない」


 「なんでなんだ!

 なんでなんだよ」


 「じゃあ聞く。

 お前ら、なんでこのゲームを終わらせたい?

 くだらない日常に戻りたい?

 救いのない現実を生きようとするんだ。

 ここには老いがない。

 死がない。

 就労がない。

 くだらない競争もない。

 あるのはゲームだけだ。

 それでなんで、ゲームを終わらせたいなんて思うんだ。

 お前の理想郷が、ここなら作れるんだぞ、孝一」


 「なにを………言ってるんだあんたは」


 「道徳も倫理も、ここじゃあどうでもいいじゃないか、

 好きに生きろよ。

 自分に正直になれ」


 「そうよ、孝ちゃん」


 相変わらず怪しい笑みを浮かべたまま、イオマンテはソフィに言い聞かせるように言った。


 「また、愛しあいましょう。ふたりで、今度は永遠に」


 阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる中で、ソフィは立ち尽くし、アヌビスは苦悶し、リリスとイオマンテが微笑む。


 「はは」


 そこで、場違いにかすれた笑いを浮かべるものがいた。


 金髪のトンファー使いキースは、笑いながらリリスを見据えた。


 「何が欲望に忠実にだ。

 俺もやっとわかったよ、リリス。

 こんな単純なことになんで気づかなかったのか。

 そうだよな。

 お前がピーターじゃないはずがないじゃないか」


 「何がいいたい?」

 

 キースは白くしなやかなリリスの脚を指差して言った。


 「脚だな。そりゃそうだよな。

 もとの世界に戻ればお前はもう二度とその脚で走り回ることなんてできなくなる。

 そりゃあ帰りたくもなくなるよな」


 「………うるさい」


 その時、本当の感情をすこしも読ませないリリスの表情が奇妙にゆがんだ。


 キースはしかし尚も言葉を続ける。


 「現実と向き合えない臆病者が、少年を諭すようなことを、よくも言う」

 

 「うるさい!お前はもう黙れっ!」


 「やだね」


 その時初めて、リリスはキースがなんらかのスペル発動させていることに気づいた。


 それは、普通であればこのような混戦では絶対に使うはずもないスペルであった。


 「エンカウントアップ!」


 「貴様っ!」


 その瞬間、角を生やした巨大な獅子が、一同に向けて咆哮をあげながら突進してきた。


 リング稼ぎ用の、敵との遭遇率を高めるスペルによって、戦場のモンスターの注意が一気にこちらに向いたのだ。


 「走るぞ、アヌビス!いまのうちだ、少年!」


 キースはアヌビスの手をとり無理やりに立たせ、ソフィを叱咤する。


 「俺は………」


 「あとにしろあとに。今は走れよっ」


 「くそっ。狡いまねを。イオマンテ、逃がすなよっ」


 「孝ちゃんっ」


 言われるまでもないと、逃げようとする孝一に向かって走ろうとするイオマンテ。


 だがそれを遮るように悪魔然としたモンスターが立ち塞がる。


 「邪魔邪魔邪魔邪魔っ!邪魔よっ!」


 だがそこはさすがにラストダンジョンのモンスター。


 さすがのイオマンテも撃破するのに数瞬の時を要する。


 「逃げるなんてっ。逃げるなんてっ。許さないわ!孝ちゃん!」


 だが皮肉にも大量のモンスターが姉弟の間を引き離す。


 「くそ、してやられた。追うぞ、イオマンテっ」


 リリスの悪態が、戦場の喧騒にかき消された。




 「はぁはぁはぁはぁ」


 乳房をさらけ出したまま、ソフィはわけも分からず走り抜けた。


 どれほどに走っただろうか。


 いつの間にか喧騒が遠雷のように遠く聞こえる。


 「お前らも来たのか」


 ソフィが顔を上げると、そこには黄金鎧をほとんど破壊された半裸の少女が目を丸くしてソフィたちを見ている。


 「仕方ないだろ?後ろには逃げられなかったんだから」


 そう言って、キースは肩をすくめた。


 「ここは………?」


 無我夢中で走った為に、孝一は自分がどこにいるか分からないでいた。


 やけに暗い。


 壁面がごつごつしている。


 洞窟のようなところに潜り込んだことが、かろうじて記憶に呼び起こされる。


 「まさか………?」


 驚愕するソフィにキースがにんまりと笑った。


 「ようこそ、『深遠なる王国』へ。ってとこかな」


 リリスが本性を現した瞬間から、キースはこれを狙っていたのだろうか。


 ラストダンジョンに、一同は導かれていた。




 


 

 






 

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