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それはソルガル世界初の合戦だった。
ソルガルという世界を賭けた戦い。
かたや世界を終わらせたい者たち。
かたや世界を緩慢に続けたい者たち。
決して相容れぬ二つの勢力が、ここにきてついに全面衝突したのである。
「開放を!世界に開放を!」
叫び、駆ける、緑色の天女アヌビスを筆頭に、三百名というプレイヤーが、まるで巨大な生き物のように動き出す。
迎えるはラストダンジョン「深遠なる王国」、その入り口に陣取るはやはり三百の大軍。
世界を終わらせまいとするピーター・パンたちである。
「邪魔だ!退け!」
金色鎧のテオが、軍勢を率いて大軍に突っ込む。
前回のイオマンテの不意打ちで不覚をとった、この黄金ザクロのマスターは、自ら志願して解放軍の切り込み隊を努める。
選抜した頑健なるギルドメンバーたちと共に剣風に身を投じるテオ。
外見は小柄な少女でしかないギルマスの奮闘が、他のギルメンの意気をも上げないわけがない。
第三勢力と言われる黄金ザクロがその本気の実力を発揮する。
「マスターにつづけぇぇぇっ!」
最後の。
最後と信じるプレイヤー同士の戦のために!
すべてが、一丸となって巨大ギルドに挑む。
「私たちも」
「負けていられないな」
敏腕で鳴らしたスタープレイヤーの一角、アリアとフレイヤが武器を持ってそれに加勢する。
ドレスをまとった二人の印象を異にする美女が、艮と槍とをふるう。
中央突破を図る黄金ザクロに対し、アリアとフレイヤは一部プレイヤーを引きつれ、ピーターを左翼から崩しにかかったのである。
アリアとフレイヤが共闘したのは、実は前回の会談襲撃の際が始めてであったがどうにも馬が合ったらしい。
二人の即席の連携に、どうやら淀みはない。
「やっと帰れるな。奥さんがかんかんだ」
「だから、二年も待ってないと思うけど?」
「馬鹿言うな。知らないな?俺たちの愛の程を。
だいたい初めにあった時から、俺はあいつを生涯の-」
「ほらっ。来ましたよっ」
軽口を叩きながら、迫り来る難敵をひょうひょうと撃破する二人の戦士。
その軽率とも言える言動は、しかし他のプレイヤーに戦の優勢を感じさせる。
「やるじゃないか、あの二人」
ピーターを右翼に捉える戦場で、目立つ乳房を持ち上げるように腕を組む赤髪に黒のメイド服という奇抜な衣装で装ったプレイヤーがいた。
リリスである。
その陶磁の様な美しい頬が、凶悪な笑みでぐにゃりと曲がる。
「いくぞ、ソフィ!」
「…………はい」
ソフィとリリスにだけは、他のプレイヤーが同行することはなかった。
必要がなかったと言ったほうがいい。
二人の度を越えた実力を持つプレイヤーにとって、数は頼みになるどころか足手まといになるだけである。
「先いくぜ?」
どうにも戦いとなるとその破壊衝動を止められないらしいリリスが、大鎌を振りかざして敵陣に切り込む。
「さぁさぁさぁさぁっ!」
嬉々快々とした表情で、リリスは楽しそうにプレイヤーを切る。
首を断ち、胴を薙ぎ、腕を切り飛ばし頭を割る。
次々と光の粒を散らして消える少女たち
その攻撃に一切の慈悲は感じられなかった。
あるのはただ、効率的な破壊だけである。
ピーターと疑われるのも無理はないと、孝一は小さく嘆息した。
「………莉子」
小さく、孝一は頭の中に声をかける。
ややあって、脳内で応えが返される。
『………何?剣?それともスペル?』
擦り切れた様な泣き疲れたような声が、頭の中に虚しく響く。
ソフィの整った愛らしい顔が苦痛を訴えるように歪む。
「違う。戦いの前に一言言っておきたかった。
本当は昨日の夜とか、今朝とかに言いたかったけど、顔見ては言えなかった」
『…………………』
「今日まで、本当にごめん。
冷たい態度をとったり、怒鳴ったりして本当に悪かったと思ってる。
煮え切らない態度をとってごめん。
でも、今日のこれで、本当に戦いが終わって、最後のダンジョンもクリアして、そしたら分かるかもしれないんだ。
ひょっとしたら、それが俺にもあるかもしれないんだ」
孝一らしからぬ、訴えるような口調。
それは、孝一もまた何かに追い詰められていたのだいうことを莉子に教えた。
『………何が?何があるの?何が分かるの?』
「資格が。俺にも資格があるかもしれないということが」
そこで孝一は言葉を飲み込んだ。
脳裏に浮かぶのは今日までのこと。
一ヶ月前、莉子とともにこの世界に来て、二人で助け合って生きてきたこと。
この世界が夢や幻であっても、その時間は二人にとって現実に他ならない。
なぜピーターたちには分からないのだろう。
積み重ねた時間が、帰還した世界でもきっと意味を持つだろうことを。
なぜ信じられないのだろう。
帰った先の世界が、彼らにきっと今まで以上の意味を与えることを。
孝一は信じることにした。
莉子と距離を取って、宿にいる間必死に考えた。
莉子のこと。
もとの世界のこと。
ソルガルの意味。
そして姉と「秘密」のこと。
そして孝一は、一つの結論に達したのである。
「この戦いに勝てたら、俺がお前を元の世界に返せたなら、きっとその時手に入ると思うんだ」
ソフィはその手を敵軍へ向けてかざした。
「莉子を好きになる資格ってやつが」
『……………!?……………孝一くん』
「だから剣をくれ、莉子。俺はこの世界を終わらせるっ」
『………うんっ。「龍尾刀リング」バリッド。「七星剣リング」バリッド!』
その左手に緑色の竜鱗の剣が、そして右手に手に入れたばかりのレア度5の直刀、七星剣が出現する。
その鍛え上げた足捌きで、一瞬にして敵陣までの距離を詰めるソフィ。その剣が次々と敵兵をその鎧ごと叩き切る。
正に剣風。
鋼鉄の風の塊が、触れるものをすべて切り裂いていった。
その時、ソフィの背後から両手剣の少女が切り掛かった。
ソフィは背後に七星剣をかざすと、短く「巨門」とつぶやく。
するとまるで見えない壁に遮られたように、両手剣の一撃がソフィの目前で弾かれる。
その隙に左手の竜鱗剣によって、少女は光の粒となって消え去った。
七つの星の力を持つという七星剣の、その力の一つである。
「破軍!」
その剣先が突きつけられた先、敵陣の中央に、まるで砲弾が叩き込まれたような衝撃が叩きつけられ、その場にいた数人の少女を吹っ飛ばす。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
ソフィはその空隙にもぐりこみ、やはり次々と少女の姿をしたプレイヤーたちを切り裂いた。
「気に食わない、そういう顔をしているな」
陣の後方、戦術指揮の為にそこに残ったアヌビスが、彼女の護衛の為に残ったキースに向かってそう言った。
キースは肩を竦めて嘆息した。
「お前だって、不思議に思うだろう?
どうして今まで、このゲームはクリアされなかった?
俺やお前と、あのリリスは根本的に強さが違う。
数を頼みにしなければならない俺たちとは違う。
見ろよ。
リリスとソフィの二人でピーターの右翼はほとんど壊滅している。
リリスがもっと早く動き始めれば、このゲームなんてとっくにクリアされているはずじゃないか」
「それはいくらなんでも買い被りじゃないか。
個人の力だけで、さすがにピーター全体をなんとかできはしないだろう?」
「そんなこともないだろう。
ピーターはダンジョン入り口にいつも大軍を待機させているわけじゃない。
歩哨が絶えず見張りはしているが、単身突破して援軍が来るまでにクリアすることだって出来るんじゃないか?」
「机上の話だよ、それは。現に誰もそんなこと、出来たことないだろう?」
「だからさ、なんであいつはそれをしない?あの戦闘狂が?」
キースは折れようとしない。
相変わらずきつい視線で、笑顔で戦うリリスを睨みつけていた。
正面突破する黄金ザクロ。
その前に立ち塞がる影がある。
「ここから先は通せないな、テオちゃん」
「イリアス!貴様か!」
銀髪を丸坊主にした黒い獅子鎧の少女が、黄金ザクロギルマスのテオの前に立ち塞がる。
テオは大剣を大上段に構える。
「お前らは先に行け。私はこいつを斬ってからいく」
動揺するも、ギルマスの言葉どおりに先に進むギルメンたち。
それを、イリアスは冷ややかな口調で見逃した。
「斬れる?テオちゃんにあたしが?」
ラフィング・デーモンと渾名される脅威が、テオに向けて不適に笑う。
「斬れるさ。それが、ギルドメンバーとしての務めだろう?
黄金ザクロ、初代ギルマス、イリアス!」
「懐かしいことをっ」
剣陣の中、二人の刃が火花を散らした。
「おいおい」
「ずいぶん豪華な歓迎ねぇ」
左翼を切り崩す、アリアとフレイヤの前に現れたのは、やはり二人のプレイヤーだった。
竜の顎を象った深緑色のビキニ鎧を着たトロイアと、赤い武者姿の少女イオマンテである。
「フレイヤ。俺がけん制する。イオマンテにグングニルを打ち込め。
あいつを取ればこの戦は決まる」
「わかった」
軽口を止め、厳しい視線を投げかける二人。
相手は全プレイヤー中最強とも言われる、ピーターの猟犬イオマンテである。
たった一人で、草原の会談を襲撃し甚大なる被害をもたらした。
ごくりと、生唾を飲む錯覚をアリアは起こした。
「いくぞ!」
「ねぇ、イリアス?」
アリアが動き出したその瞬間、刀の柄に手を掛けたイオマンテが、低い姿勢でアリアの眼前に迫ってきていた。
「………え?」
「悪いけど、待ってられないのよ」
そのまま恐ろしい速度の一撃が振り切られ、レア度5の光のドレスすら問題にせずに、アリアの胴体が逆袈裟に分断された。
「アリア!」
「あ……あ………ああ………」
そのまま、アリアはあっけなく光の粒となって消える。
「お前っ!」
フレイヤがグングニルを振りかぶる。
投げつけることでミサイルの様な威力を発揮する神の槍が、二人のピーターに向かって放たれる。
しかし。
その一撃は二人に届くまでに霞のように消えてなくなってしまった。
「な………に?」
みればイリアスが何らかのスペルを使ったらしかった。
しかしそれが何であるのか、フレイヤにはまるでわからない。
そんなフレイヤに向かってイリアスはくすくすと笑った。
「レア度5。『発動拒否』リングのスペル、リジェクト。効果対象のスペル、ツールを無効化状態に戻すスペルだよ」
「そ、そんなスペル、聞いたことも………」
「それはそうよ。『深遠なる王宮』でしかドロップしないもの」
「な………!?」
「あれ?まさか攻略してないとでも思ってたの?
私たちゲーマーだよ?」
「もういいよ、イリアス」
音も気配もなく。
フレイヤの懐に潜り込んだイオマンテがぼそりとつぶやく。
「もうお前らいいよ」
鋭利な音がして、高速の剣戟がフレイヤを切り裂いた。
光の粒を撒き散らして、白いドレスの少女が戦場の風の中に消えた。
「あれ?イオマンテ、あれそうじゃない?」
「え?」
飛び上がるように振り向いたイオマンテ。
そこには、左翼をとっくに壊滅させて右翼まで突き進んできた、リリスとソフィの姿があった。
「また、会えたね。孝ちゃん」
びくり、とソフィの身が震える。
夥しい数の美少女がひしめく戦場において、それでも彼女は異彩の美を放っていた。
それは、しかしどこか健全さから逸した美である。
「来て。孝ちゃん。あたしのとこに戻ってきて」
その、やけに艶を含んだ声に、莉子は困惑した。
イオマンテは孝一の姉であるはずだ。
これが、姉が弟に掛ける声音だろうか。
これでは、これはまるで。
「孝ちゃん」
「………姉ちゃん、もうやめて」
孝一が低い声でそう呟く。
それは怒っている風を装った、ひどく悲しげな声だった。
「どうして?孝ちゃん。どうして今になってそんなこと言うの?」
「止めてよ、姉ちゃん」
「どうしてよ?だってあたしたち」
「止めろ!」
その瞬間、ソフィは大地を蹴ってソフィに向かった。
恐ろしいスピードだった。
だがしかし、それは直線的なスピードでしかなかった。
あっけなく容易に、ソフィの一撃はイオマンテに弾かれる。
かえす左の刃もふうわりとかわされ、イオマンテは笑みの形に口元をゆがめる。
その、紅を引いた様な赤い唇が、そっとその言葉を口にした。
「だってあたしたち、あんなに愛し合ったじゃない」
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
孝一の絶叫が響く中、莉子がその言葉の意味を理解するのに数瞬の時間が必要だった。