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ソルガル2.0  作者: ファフニール
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ソルガルを読んで頂いた方はお久しぶりです。

そうでない方は初めまして。

この小説は昔arcadiaで連載していた作品です。

両性具有の美少女アンドロイドに憑依して、異世界から脱出する為に戦う少年少女を描いた頭の痛いSFです。


少しでも皆さんの暇つぶしになればいいのですが。

1




 上条孝一にとって人生ほどくだらないものはなかった。

 

 毎日通う学校も、そこで聞かされる体系だった理屈も、馬鹿でガキな同級生との友達ごっこも。

 

 中学二年生の孝一が、ある意味では達観した、別の意味では非常に生意気な感性を持つに至ったのにはいくつかの複雑な理由がある。

 

 孝一の魂の転機とも言える出来事は、一年前の姉の失踪だった。

 

 忽然と姿を消した姉。

 

 男の気配もなく、書置きも遺書もなく、警察は事件性を疑って捜査したが進展もなく。

 

 やがて両親はお互いを非難し始め、ほどなく離婚した。

 

 孝一は母親に引き取られたが、姉は結局どこにも帰ってはこなかった。

 

 孝一はその間ずっと「秘密」の露見を恐れていたが、結局それが明るみに出ることはなかった。


 そうして「秘密」が封印されたことが、孝一の心をいびつにさせた一番の原因であったかもしれない。

 

  「………孝一君、孝一君!」


  「あ、悪い」


  「聞いてる?僕の話」


  「いや?」


  「ええっ!」


 変わったやつだと、目の前でショックを受けたらしい手島を見て、孝一はいつものように思う。


 メガネを掛けて小柄で華奢で、腕など孝一がその気になればへし折れそうなほど細いのに、なぜか小学校の頃から手島は孝一を友達と慕っている。


 孝一は大柄で体格もよく、剣道で鍛えた腕は樫の木のように太い。


 中学生と言ってもなかなか信じてもらえないので、普段は高校生で通している。


 人付き合いが悪くとっつきにくく、外見は強持てということで、好きで孝一によってくる奴などほとんどいない。


 孝一は群れるのが嫌い、というよりその身になじまないので、不良のグループに属することもない。


 だから本来なら孝一の学校での生活は、孤独と寂静しかない空虚なものに違いないが、手島だけはそうはさせじと自分をかまってくるのだ。


 それが悪い気はしない。


 だが。


 (それもくだらない)


 放課後の教室で、それでも手島は何事かをまくし立てている。


 どうやら話題はゲームの話らしい。


 手島は生粋のゲーマーで、よくゲームの話を孝一に聞かせる。


 孝一がゲームなどしたことないと、手島は知らないのだろうか。


 やったこともないゲームの話ほど、つまらないものもないということも。


 「でね。『ソルガル』っていうんだけど、そのゲームの招待メールが届くと、その人は謎の失踪をするっていうんだ!怖いよね!」


 「失踪………?」


 「そう!」


 「メールが届くと?」


 「そうなんだって!僕なんか、そんなメールが着たら間違いなく飛びついちゃうよ。気をつけなくちゃ」


 失踪と聞いて、孝一の頭に浮かぶものはあった。


 だが、すぐに幼稚な噂話と断じる。


 そもそも。


 (姉さんはゲームなんかしなかった)


 「おい、上条って奴いるか?」


 人の心をざわつかせる響きを、わざとらしく発する声がして、孝一は教室の入り口の方に目をやる。


 そこには髪を染めたり、逆立てたりした三人の少年達が、きつい目つきで教室内をにらみつけていた。


 さっきまで、喧騒につつまれていた教室が、時を凍りつかせたように静止する。


 「俺だけど?」


 孝一が立ち上がる。


 少年達は、いよいよ攻撃的な視線を孝一に寄越す。


 孝一は小さく嘆息した。


 「顔、かせよ」


 そう言って少年達が孝一についてくるように促す。


 「孝一君………」


 小動物の様な手島が心配そうに孝一を見上げる。


 「大丈夫。いつものことだ」


 そう言って、孝一は少年達と出て行き、ほどなく教室は喧騒を取り戻した。




 少年のこぶしを、孝一は避けながらゆっくりと観察した。


 綺麗なこぶしだ。


 誰かを殴ったことなんて、そんなにはないんだろう。


 拳骨は、実はパンチングに適した骨ではない。


 人はもともと拳で戦うようには出来ていないのだ。


 喧嘩になれたものは、自然と拳骨がつぶれて丸くなる。


 人を殴るのに優れた拳とは、孝一の拳のようなものを言う。


 「うあっ」

 

 あっけなく拳をかわされた少年が孝一に腹を打たれる。


 「えぐっ」


 呻いて、そのままひざをついて倒れこむ。

 

 もちろん加減をしている。


 だいたいからして彼らと孝一では、体格も腕力も技術も勝負にならない。


 「くそっ。調子に乗るな」


 どこから持ち出したのか、角材を持って殴りかかってきた別の少年に、孝一は脚のバネを使って肉薄する。


 接近すれば長い獲物が使えないことも、この少年は知らない。


 そして角材をにぎる両手を離せない彼に、孝一の拳を防ぐすべもないのだ。


 「あぐぅ」


 どさりと倒れる少年。


 あっという間に二人が戦闘不能になった。


 「それで、どうするんだ?」


 「畜生!」


 残った少年が懐から何かを取り出す。


 初めて、孝一が表情を変える。


 「おいおい」


 少年が取り出したのはバタフライナイフだった。


 刃渡りが二十センチもある凶悪な刃物だ。


 「殺してやる」


 「ふぅん」


 孝一は刃物を振りあげる少年の手をあっさりととり、その腕を捻る様に曲げて、刃の先を少年の眼前に晒す。


 「あ………あ………あ……」


 恐怖で固まる少年。


 のどの奥からは搾り出したような嗚咽が漏れる。


 「ナイフは振り回したって当たんないんだよ。

 短いからな。

 当たっても重さがないから皮膚が切れるだけだ。

 本当に殺したいなら、突き刺さないとな」


 「や、やめ………」


 「殺すって言ったんだ。命がけとは言わなくても、目玉ひとつなくす覚悟くらいあるんだろ?」


 「い………や……、許して……」


 「馬鹿、マジになるなよ」


 「えぐっ」


 孝一はナイフを没収すると腹に一撃を入れて少年を沈める。


 校舎裏に残ったのは、地面にうずくまる三人の少年と無造作に捨てられたバタフライナイフ。


 「くだらない」


 そう言って、孝一は学校を後にした。



 踏み切りの音が甲高く響く。


 猛スピードで過ぎ去る電車を、孝一は習慣でついつい目で追ってしまう。


 動体視力を鍛える訓練だと、幼い頃祖父によくやらされたのだ。


 祖父は道場を構える剣道家だった。


 定年後、道楽で始めたかに見えた剣道場だったが意外に好評で、近所の子どもが結構通っていた。


 祖父は皆伝の腕前で、厳しいがいい師匠だった。


 怖かったが、孝一も大好きだった。


 三年前祖父がなくなり、惜しまれながらも道場がたたまれた。


 父は剣などからきしだったし、一応募集したが道場をやりたいという人も現れなかった。


 それでも体は覚えているもので、こうして自然と目は電車を追う。


 電車が過ぎ去り踏切が開放される。


 そこに、見知った顔を見て孝一は思わず声を掛けた。


 「木下」


 「か、上条くんっ」


 なんだか情けない顔をしているのは、孝一と同じクラスの木下莉子だった。


 学級委員長を務める彼女は典型的なまじめ少女だが、幼さの残る愛らしい顔と年齢と印象に似合わない発達した体つきから、一部の男子から非常に人気が高い。

 

 メガネを掛けているのもポイントが高いのだと、手島が言っていたのを孝一は思い出した。


 「どうした………、ああ」


 莉子がこんなところで立ち往生している訳も、情けない顔をしている訳も、孝一は一目で分かった。


 「自転車の、チェーンか」


 思い切り外れていた。


 「うぅ。自分でやってみたけど、どうにもならなくて」


 見れば莉子の手は真っ黒である。


 「はぁ」


 嘆息して、孝一はひょいと自転車を担いだ。


 「上条くんっ??」


 「踏み切りは人通りが多いんだよ。知ってた?」


 通行の邪魔になっていたことを今頃気づいた莉子は、慌しく周囲に頭を下げた。




 「よし、これでいい」


 「あ、ありがとう」


 「いいよ。通りかかっただけだし」


 たまたま近くにあった公園で、孝一はチェーンを嵌めてやった。


 水道で手を洗ってきた莉子は、ほんのわずかな時間で直った自転車に目を丸くしている。


 「すごいね、上条くんは」


 「男なら誰でもできるよ」


 そう言って、ちょっと乗ってみろ、と莉子に促す。


 莉子はサドルにまたがると、あぶなっかしくペダルをこいだ。


 (あれでよくこけないな)


 孝一は思わず身構えている自分に気づく。


 それほど今にも倒れそうな運転だった。


 「直ってる!ありがとう、上条くんっ」


 「木下、自転車通学やめれば?」


 「ええっ!せっかく直してくれたのに」


 「ま、いいけど」


 じゃあな、と言って立ち上がろうとした孝一の服の裾を、莉子がきゅっと握った。


 何事かと孝一が振り向く。


 「か、上条くん、少し時間ある?そ、相談したいことがあって」


 孝一は怪訝そうに眉をひそめた。


 

 

 「ソルガル………?」


 「そう。上条くん、知ってる?」


 「まぁ、噂くらいは」


 噂と言っても、ついさっき聞いたばかりの聞き立てほやほやの噂だが。


 公園のベンチで二人して並んでいると、恋人同士のように見えるだろうなと孝一は思った。


 隣に座る莉子にふと目をやる。


 長い髪は腰まで伸ばされているが、今日は一つに括られている。


 顔のパーツは小作りで、一見すると地味だが表情はとても愛らしい。


 何年かすれば、はっとするほどの美人なるかもしれない。


 膨らみ始めた、というにはあまりにもたっぷりと、制服の布地を持ち上げる膨らみは豊かだ。


 華奢で、孝一と比べると頭二つ分も背が低い、その幼い容姿とあまりにもアンバランスで、嗜虐心をそそる。


 ころころ変わる表情に愛らしいしぐさ。


 こういう恋人がいたら幸せなのかもしれない。


 (もっとも、俺にその資格はない、か)


 「上条くん、聞いてる?」


 「聞いてるよ」


 ほほを膨らませた顔もかわいらしい。


 「そのね、ソルガルの招待メールが………」


 そこで、ふいに莉子の表情が曇る。


 「私に届いたの」


 どこかでまた、踏み切りの音がした。


 「メールが?いたずらじゃなく?」


 「分からない。私怖くて。メールには、今日までにパートナーを選ぶように書いてあった。

パートナーの本名を書いて返信するようにって。

 そんなゲームあるのかな」


 十中八九ないだろうと孝一は思った。


 いたずらにしても手の込んだことだ。


 「パートナーってのは?」


 「ああ、ソルガルはね。

 一つのキャラクターを二人で動かすゲームなんだって。

 メインとサブの二人のプレイヤーが必要だからって書いてあった。

 だからもう一人のプレイヤーを選ぶようにって」


 「ふぅん」


 「ほうっておければいいんだけど、それはそれで怖くて」


 「なるほど」


 それでお姫様は憂鬱というわけだ。


 通りがかりの乱暴ものに相談するほどに。


 「俺の名前書いとけよ」


 「え?」


 「それでメール返信しろ。それでいいだろ?」


 「え?でも………」


 「何も起こらなかったらそれでいいし、何か起きても、お前一人よりましだろ?」


 「う……うん」


 なぜか顔を赤らめて、莉子はうつむく。


 孝一はそこで立ち上がった。


 「いや、迷惑だったら、いいけど」


 「ううん。迷惑じゃないっ」


 「なら、それでいい」


 そう言って、孝一は莉子にも立ち上がるように促した。


 「ありがとう、上条くんっ」


 莉子は自転車を漕いで危なっかしく帰っていく。


 『「ソルガル」っていうんだけど、そのゲームの招待メールが届くと、その人は謎の失踪をするっていうんだ!』


 「くだらない」


 孝一もまた、自宅に戻っていく。

 

 もちろんこの時、孝一は莉子に来たメールを間違いなくいたずらメールの類だと断定していた。


 自分の名前を書くように言ったのは、ほんの気紛れに過ぎない。


 しかしこの気紛れが、孝一の運命を大きくかえることとなる。



 



 


読了有難うございます。

批判やご意見など頂けましたら幸いです。

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