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6 得意です、こんなオチ

 恋というのは、自覚すると進展しなくなるものなんでしょうか?

 初心者なのでわかりません。


 お土産を届けに来たヒューバートさんと、相変わらず玄関先で急な仕事で本国に帰っていたとかそんな話をした日、あの、あの、しつこかった彼が、なんと!10分で帰ったんだから驚くでしょう?!

 本人いわく『これ以上迷惑をかけて、嫌われたくないので』ってことらしいんだけど、これまでの所業で十分嫌いになる要素があるから!そんなの今更だから!ここ、ここは押しどころでしょう?!

 …とか考えながらも、これまで張っちゃった意地とか、ぶちまけちゃったイギリス人コンプレックスが邪魔をして、自分からはうまく近づくこともできない今日この頃。


 人がどんとこーいっ…な心境になっている時には、引いてみような心境になっているらしいヒューバートさんは、きちんと言いつけを守って2日にいっぺん営業時間中にだけ訪問してくるしおらしさ。ついでにメールも日に1度、電話に至ってはあの日の『今お店の前です』コールを最後にしてきてないんだから、極端すぎる。

 そんなわけで本日も。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 閉店時間1時間前に来店したヒューバートさんが、珍しくオレンジペコ以外のお茶を前に、カウンターに座っている。


「ブレンドもいいですけれど、たまにはストレートもお勧めですよ」

「そうですね。私は好きなもの以外に興味がわかないので、たまに他を試してみることも必要ですね」


 にこにこにこにこ…なんで、こんなお客様と店主みたいな会話をしてるかな。ここのとこ、とんとご無沙汰だった、営業中全開スマイルとかかえって落ち着かなくて冷や汗がでるよ!

 けれどこれが普通だと思えば文句を言うわけにもいかず、だってこの状態を初めに望んでいたのはわたしなわけで、ここからさらにお友達を飛ばして恋愛トークに入ろうとするヒューバートさんを力技で止めるのが常だったと思えば、とっても落ち着いたいい状態なわけですがね。


 どこに置いておけばいい、わたしの恋愛感情!


 上品にカップに口をつける彼を眺めながら、内心途方に暮れています。

 今日もこのまま営業終了までいくのかな。いくんだろうな、最近ずっとこのパターンだもんね。

 告白するしないはともかく、もう少し砕けた話題で盛り上がってみたいとこなんだけど、こんな時に限ってねぇ…。


『キィ』

「いらっしゃいませ」


 そう、お客さんが来るんだよ。だって営業中だもん。入ってくれないと困ります。寧ろ来て当然、なんだけど。

 接客のためカウンターを出ながら、雑誌に目を通しつつお茶を飲むヒューバートさんを伺う。

 あれを飲み終わったら、彼はまた帰ってしまう。今日もほとんど会話なんてできないんだろうな。

 ………果たして、予想通りの結果で閉店時間を迎えたのだった。


 おかげで、その夜のフラストレーションはマックスだから。こうも肩すかしが続くとさすがにじれてくるっていうか、自分でもアクションを起こしたくなるっていうか。

 本当は、勇気も度胸も積極性もない人間ですが、始めは外国人なんて、ましてやイギリス人なんてと偏見バリバリでしたが、ご飯を前にずーっと待てを強要されているわんこの気分になってしまいまして、お風呂上りにふと目に入った携帯を、ですね、勢いでぽちっと押してしまったんです、これが。


 ふと頭上の時計を見上げれば時刻は11時に迫ろうという勢いで、ここでやっと気づいた。

 なぜ、電話!普通メールでしょう?ましてや時間を考えたら、絶対メールだよね!切る?いったん切る?!

 しかし、動揺している時ほど事態というのはよくない方向に転がるもので、


『都さん』


 わずか3コール弱で、ヒューバートさんの声がするという状況に陥ってしまった。

 もちろんとっさの返事ができずに、金魚よろしくぱくぱくと口を開け閉めすることしかできない。(これってマンガの中だけの表現だと思ってたけど、人間動揺するとやるね)


『都さん?』


 顔を見て会話していればわたしのこれは笑えたんだろうけれど、電話でやったらただの無言電話だ。下手したらうっかり通話ボタンを押しちゃったか、イタ電か。ともかくなにごとか喋らなくちゃ、放送事故ならぬ通話事故になる。


「あ、あの、その、えっと、急に、さっき会ったにもかかわらず、ほんと、すみません」


 なんだそれはと言わないでいただきたい。これでも必死で絞り出した言葉なんだから。違約すれば『さっきまで会っていたにもかかわらず、こんな時間に急に電話してすみません』となる。まあ、普通に考えたらこんな考えをあのぶつ切りのセリフから読み取れというのは無理な話しだ。それも母国語を違える我々の間では到底無理…


『いいえ、気にしないでください。私も話したいと思っていましたし、まだ眠るには早い時間ですから』


 通じたーっ!なんかわかんないけど、通じてるー!!嬉しいけど、なんか奇妙な不安があるのはなぜだろう?!

 いろいろ思うところはあったけれど、ともかく余計な説明をしなくていいのはありがたい。その間にも落ち着きを取り戻す努力を怠らなかったわたしは、これ幸いと快く応じてくれたヒューバートさんに乗っかって、ぽつりぽつりと世間話を始め、終いにはどうでもいい映画の話題でやたら盛り上がっていたのだが。


「それなら続編、一緒に見に行きませんか?」

「いいですね。公開は今週末からでしたか?」

「そうです。金曜は意外にお客さんが少ないので、早仕舞いすればレイトショーに間に合います」

「では、そしましょう」


 ………はて?映画に一緒に行く?

 デート?!これってデート?!

 …落ち着きましょう。デートです。これは紛れもなくデートです。ただし、わたしの中ではって限定がつきますけどね。

 羞恥心をごまかすためにぼすぼす殴っていたクッションをそっと撫でつけながら、気づいた。

 1人で盛り上がるのは勝手だが、近頃妙に一歩引いた反応のヒューバートさんは、果たしてまだわたしのことを少しでも好きでいてくれるんだろうか?

 もしかしてウザイとか思ってる?過去のトラウマでうじうじ言ったし、付き合わないとかさんざん言っといて、いざほっとかれると纏わりつこうとするし。揚句に夜遅くにいきなり電話して、映画行こうとか誘うし。もしやオッケーしてくれたのも社交辞令?


「都さん?どうしたんですか、急に黙り込んでしまって」

「無理して一緒に行ってくれなくても、いいですよ…?」


 いきなり静かになった回線向こうを伺う口調に、こわごわそんなフォローを入れると、一瞬黙った彼は直後に小さく笑って無理はしていないと請け合ってくれた。


『あなたから誘ってもらえてとてもうれしかったのに、どうして無理をしていると思ったんですか?おかしいですね』

「だって、最近お店に来ても世間話とかしなくなったじゃないですか」

『お仕事中に邪魔をしてはいけないと思ったからです』

「そうかもですけど、でも、そっけなかったし」

『そっけない?すみません、意味が…』

「冷たかったってことです!それまでは好きとか言ってたじゃないですか!」

『今も好きですよ』

「じゃあ、言ってくれてもいいしょう?今日だって、その前だって、メールだっていいのにっ」

『お店で言っては迷惑になります。メールに書くのも心がこもっていないようで、好きではないです』

「言ってくれなきゃ不安になるでしょ」

『……なぜですか?』


 ぐっと言葉に詰まって、はたと気づく。

 ここに至るまでに、わたし、何を口走った?冷静に考えて、ちょっと、いいえ、かなり恥ずかしいことを叫んでたよね?聞きようにようっては、告白じゃない。遠回しにこっちは好きなのに、そっちはそうでもないんでしょうって、拗ねてる女子みたい…ではなく、見事に拗ねてる。

 ………まずい?


『都さん?応えてくれないんですか』


 己のフォローに必死になっていると、余計なことを考えさせないぞとでも言うような絶妙のタイミングで、ヒューバートさんから催促が入る。そしてますますわたしは混乱するのだ。

 全く、日本人独特の曖昧な表現で話していたらこんな事にならなかったのに、ついうっかり興奮したというか、電話した時点で冷静じゃなかったというか、どう転んでも分が悪いとしか思えないんだから、厄介だ。

 現時点でわたしにできる選択は2つ。

 しらばっくれ続けて自分の気持ちを隠し通した挙げ句、告白するチャンスもタイミングも逸してやっと自覚した恋を捨てるのか、さもなくば潔く恋に落ちたと認めてヒューバートさんに敗北宣言するのか。


 背中を押したのは、意外なことに電話というツールだった。

 面と向かっての告白というのは、やたらと勇気と体力、更に精神力を使う。なにしろダメだったら巧くフォローを入れつつ、そこから気まずくならないよう逃げ出さなくてはならないのだから。

 その点この便利ツールときたら、現場を逃げ出すことなく適当にお茶を濁して会話を打ち切った直後、思い切り失恋の苦しみに藻掻いたり泣いたりできるという得点がある。


 今回の場合は相手に好きだといってもらっている分、泣いたりわめいたり傷ついたりする心配はないのだが、いかんせんこれまで張り続けた意地のせいで、素直になった後の対応がわからない。照れて照れて照れまくって、きっと穴掘って埋まりたい程度の羞恥に苛まれてから、じんわりと喜びに浸ってニマニマすることはわかっているので、できるならそういった恥部は両思いになった直後の相手からは隠しておきたいと、なけなしのプライドが騒ぐのだ。

 そんなわけで、顔の見えない電話であることをこれ幸いと、わたしは深呼吸してからゆっくり言ったのだった。


「好きだからでしゅ」


 ………なんで噛むかな、こんな大事な場面で。

 つくづく、心の底から当人目の前にしていなくてよかったと泣きそうになっていた時、押し殺した声でヒューバートさんが囁いた。


「私も、都さん、が、好きで、す」


 あのね、笑っちゃっていいですから。つーかもう、その辺りは派手に笑い飛ばして下さい。お願いだから。無理に笑いをこらえられると、余計堪えます………。


 

すみません。最終話が予想外に長くなったんで、いったん切ります。

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