4 なかなか根深いものがありますね
今回、作中に非常に面倒くさい説明文が多用されています。どうか斜め読みしていただけると助かります。
更に人種差別についての表記は、一部偏見に基づいていたり事実に基づいていたり、個人的知識と感情が詰め込みすぎなくらい詰め込まれています。
ご不快になる場合もあるかと思いますが、全ては作者の勉強不足または無知によるものとお許し頂ける寛大な方だけ読んでいただけるよう、お願い致します。
注意書きをした以上、読後の誹謗中傷は一切受け付けませんので、よろしくお願いします。
「どうして日本人は私達を”イギリス”人と呼ぶのでしょう?イギリスという国はないんですよ?私はウェールズ人で…」
「はいはい、そうですね」
相も変わらず閉店1分前に押しかけてきた”日本人がイギリス人”と呼ぶ外国人、ヒューバートさんは、レジの精算で忙しいわたしの横で何やらこの国に対する疑問をぶつぶつと零している。
あの怒濤のバレンタインデーからこっち、毎日毎日、それはもう定休日まで無視して押しかけられたんじゃ、そのうち扱いもぞんざいになるってもの。
お茶をいっぱい出した後、わたしは囀るヒューバートさんを適当にあしらいつつ、閉店後の業務をこなすようになっていた。
店内の清掃、シンクの消毒作業、最後にレジの精算をして終了、なのだが。
「最近、都さんは冷たいです。話しも聞いてくれないし、別の事ばかりしているし」
そんなすねたような口調で言われても困る。こちらはそちらの望んだ形で扱っているというのに。
溜息を零して、一瞬だけ顔を上げたわたしは笑みさえ作らずにヒューバートさんに教えてやった。
「友達への対応は、こんなものです。特に仕事中に友人が用もなく現れて、カウンターでぐちぐち言っていたら、間違いなくわたしは今と同じ行動をとっています」
「それでは私は、友達になれたんですね!」
「…一応、約束しましたから」
ぱあっと、そりゃ晴れやかな笑顔になった彼にげんなりしながら、あの日安請け合いした自分の愚かさを恨まない日はない。翌日の奇襲攻撃以来、毎日神様に時間を戻してくれるよう、祈ってるくらいだ。
最近流行の草食男子では絶対ありえないヒューバートさんの行動は、嬉しいを通り越して、鬱陶しい。
つきあい始めの彼氏ならまだしも、友達から始めましょうした人間に毎日毎日、疲れが溜まっている閉店後に押しかけられたんじゃたまらない。
3、4日は我慢したけれど、1週間も続けばもう限界。10日も過ぎた現在では、できる限りいないものとして振る舞って、閉店作業の全てが終了した時点で、速やかにご帰宅を願っている次第だ。
「では、携帯電話の番号とEメールのアドレスを交換しましょう!」
「いやです」
「何故ですか?友達なのに」
「TPO関係なしにかけてくる気満々なのが、目に見えるからです」
当然その気だったであろうヒューバートさんは、否定できずに沈黙した。
わかりやすよね、すごく。この調子で扱いやすいといいんだけど、
「私は負けません!都さんが恋人になってくれるまでは」
「………」
打たれ強すぎて扱いにくんだよ、と、握り拳でも堅めそうな勢いで顔を上げた彼に色々限界を感じた次第です。
こっちは恋愛初心者で、外国人、特にイギリス人コンプレックスだって言ったのに。忘れているなら思い出させてあげるのが親切だって気がしてきた。
痛むこめかみを摩りながら、明日からの平和のため嫌々わたしはカウンターのヒューバートさんの隣に腰を下ろす。
勿論、その行動の真意を誤解した、ご都合主義の彼は何かいいことが起こるに違いないと瞳を輝かせているけれど、世の中は甘くないんだな。
「わたしが、イギリスの方は苦手だと言ったのを、覚えていますか?」
ペリドットのような緑の瞳をひたと見据えて、告白すると浮かれ飛んでいたヒューバートさんの表情が瞬時に引き締まる。
「覚えています。日本人を好きではない人が多いから、という理由でしたね?」
「はい。偏見だとあなたには言われましたが、これにはきちんと理由があるんです」
わたしの内側に踏み込めると思ったのだろうか?それから彼はお祖母ちゃんに起こったこと、だからわたしが外国人、その中でも特にイギリスやフランスなど、日本人に対して偏見を抱くことが多い国の人が苦手だと話すのを黙って聞いていた。
「もちろん、全ての人がそうだとは言いません。時代が移り変わり、日本人をあれほど嫌っていた韓国の人だって、若い世代にはちらほらと日本や日本のカルチャーを受け容れてくれる方達ができたくらいです。ヒューバートさんの世代なら、日本人といえど同じ人間であると考えてくれる人も多いでしょう。けれど、わたしはお祖母ちゃんが言われたことを忘れられないんです。『卑しい黄色人種』『汚らしい日本人』、あまり気分のいい言葉じゃないでしょう?日本人だってこれと同じ事を韓国や朝鮮、中国の人達に言った歴史がありますから自分達のことを棚に上げるつもりはありません。でも、だからこそ他国の方とお付き合いしたり結婚したりするのは基本的に無理だと、考えるわたしがいるんです」
異文化コミュニケーションは無理だと叫んだのは、何も欧米の方だけに限ったことではない。同じアジア圏でも無理だって言う意味なのだ。
真剣にわたしの話を聞いてくれていたヒューバートさんは、ずっと考え込んでいた。眉間に皺を寄せてじっくりと。
そしておもむろに口を開く。
「では、嘘だったのですか?私とお友達からなら、親しい付き合いを始めてくれると言いましたよね?都さんの考えを聞いていると、お友達にもなりたくないと聞こえます」
「いいえ。だからお友達から始めましょうと言ったんです。1人の人間として、日本人とかイギリス人ではなく、人間同士どこまでわかり合えるか、そこから始めましょうといいました」
じっと黙ってお互いの真意を探り合うというのは、初めての経験だ。友達とそんなことはしないし、ましてや異性と見つめ合うなんてしたこともない。
けれどこの場面にはそうするのがいい気がして、ヒューバートさんの瞳をじっと見つめながら彼は何を思っているのか、その色に拒絶や敬遠はないか捜していた。
自分が同じ立場なら、こんな面倒な女とは関わらない。日本人女性は他にも掃いて捨てるほどいるし、同じイギリスの中でなら、恋人を捜すのはもっと簡単なはずだ。
だって、これほど整った容姿をして、大企業に勤めるようなビジネスマンなんだから。
「さっき、イギリスという国はないと言ったのを覚えていますか?」
もういいですと言われるか、しばらく考えさせてくれと言われるか、ともかく今日の会話はそんな風に終わるだろうと考えていたわたしに真剣な眼差しを据えたまま、ヒューバートさんはいきなり話題転換をしてきた。
意味はわからないが、この流れで全く変わりのない話しはしないだろうと頷くと、彼は続ける。
「私の国は、イングリッシュ、アイリッシュ、ウェリッシュ、スコッティシュという、4つの人種が1つの国としてまとまって…違いますね、纏まったように見せている国というのが正しいです。私達はお互いにあまり好き合っているとは言えないですから。その上、移民も多いのでロンドンなどでは両親共にイングリッシュだという人を見つけるのが難しいです。そうった意味では人種差別は激しいのかも知れませんね。なにしろ国内で争っているくらいですから」
苦笑いと共にもたらされた情報に、思わず目が点になってしまった。
なにそれ?日本で言ったら、九州の人と沖縄の人、北海道の人と東京の人が喧嘩しているみたいなもの?確かに沖縄と北海道は昔から日本だったわけじゃないけど、今じゃそこまで根深く喧嘩はしてないと思う。そんなことしたら人権保護団体の人とかが大騒ぎするだろうし。
でも、それを未だにやっている?なんとまぁ、まか不思議な…。
点になった目を見開いていると、ヒューバートさんは肩を竦めながら続けた。
「都さんのお祖母さんが、酷いことを言われたというのも理解できます。私達は学校で人種差別についていけないことだと学びますが、WW2(第2次世界大戦)以前の人達は当然のように差別をしていましたし、日本人のことも…嫌いですから」
言い淀んでいたけれどきっと”嫌い”という表現ではなくて、”蔑んでいる”という表現をヒューバートさんは使いたかったのだと思う。あえて婉曲な言い回しに変えたのは、偏にわたしへの配慮なのだと思うと、少し胸が温かくなる。
「ですから先ほど都さんが言ってくれた『人間として友達に』と言う言葉は、とても嬉しかった。同じ国の人間でも、たくさんの人がいます。いい人も、悪い人も。ですからどうか私を見て、私と話して、私を好きになって下さい」
「はい、是非」
とても、誠実な人だ。ちょっと強引ではた迷惑で、押しが強すぎるところはあるけれど、ふわりと笑い自分をわかってもらう努力を惜しまない真面目な人でもある。
だから始めに努力してみようと思ったのだと、今日また再認識して、だからこそと大まじめに、わたしの返事に浮かれているヒューバートさんに提案する。
「毎日閉店後に訪ねてくるのはやめて下さい。2日…本当は3日に1度でも多いくらいです。それを守ってくれるなら携帯番号とメールアドレスを教えますから、会えない日はそのどちらかで我慢して下さい」
最低ラインの妥協案だと、できる限り目力を込めて見つめてやると、えー、とか、そんなー、とか、いい年した男がやっても可愛くない仕草で頬を膨らませていたけれど、こちらに譲る意思がないことを渋々認めて、赤外線通信を終わらせると彼は帰っていった。
「はぁ。やれやれだわね…」
酷く真剣な会話をしたせいで、余計に溜まった疲労に溜息を零し、明日からは来るであろう平和にわたしは思いを馳せた。
何事にも限度って、必要よねぇ…。
やっほーい!これで説明くさい話しは今後ない…予定!




