キミと僕のクリスマス・イヴ
今日はキリストの生誕日であると言われる12月25日、クリスマスとも称されるその前日であるクリスマス・イヴ。
街には、まだ昼なのにも関わらず色鮮やかに彩られたイルミネーションが点灯し、その下で恋人と思われる人々が手を繋ぎ愛を語り合う。
そんなクリスマス特有の空気が街全体を包み込んでいた。
そして広場にある巨大なクリスマスツリーの下で、人を待つかのようにスーツの上にコートを着て立っている線の細い男性が一人。
ずっと腕時計を眺めている彼の前を人が次々に通り過ぎていく。
「あと30分か…」
彼が突如としてつぶやく。
現在の時刻は2時30分。彼は3時に誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。
彼が喋ったのはそれきりで、彼は再び黙りこくった。
そして30分後。
彼の腕時計の長針が12の数字を差し、広場の時計が3時を告げるベルを鳴らすと、彼は人を待つことも無くクリスマスで賑わう街並みの中へと消えて行った。
※※※
今年も待ち合わせ場所は広場にあるクリスマスツリーの下でいいだろうか。
いや、問題ないだろう。
キミならずっと、毎年この広場にあるクリスマスツリーを待ち合わせ場所にするだろうから。
それにしても相変わらずこの街は変化に乏しい、だがそれがこの街のいいところなのだろう。
さて、1時に待ち合わせ場所に来てしまったが、待ち合わせ時間まで2時間もある。
どうやって時間をつぶそうか。
一度家に帰るという選択もアリかもしれない。
いや、これは却下だ。
家に帰ったら下し立てのスーツと靴が台無しになる気がする。
確か3年前に家に帰ってスーツを皺だらけにしたはずだ。
まぁ、いいか。
このまま2時間待たせてもらいましょう。
ぼんやりと腕時計を眺めているだけでも意外と時間は進む。
時間を凄く無駄にしているように感じるが、今日くらいは許されるだろう。
今の時刻は2時30分、時間まで、
「あと30分か…」
何人かがこちらを振り向く。
知らずのうちに声が漏れていたようだ。
やはり自分はキミに逢うのが凄く楽しみなようだ。
意識すると時間の進みが遅く感じる。
これは世界の不思議なんじゃないだろうか。
それにしても今年はクリスマスが休日で良かった。
仕事をあがる時に上司や同僚に冷やかされることがない。
それだけでも今年のクリスマスには価値があるだろう。
もっとも同僚は
「いつになったらクリスマス中止になるんだよ」
などと恨めしそうにぼやいていたが。
時計を確認するともうすぐ3時になるところだった。
考え事をしていると時間が進むのは早い。
広場にある時計が3時になったことを告げるベルを鳴らすと、僕は人で溢れる街に歩いて行った。
※※※
街を見渡しながら歩いていた彼は、一軒のケーキ屋を見つけるとそこへ入っていく。
待ち合わせ場所にいなくていいのだろうか。
「どうもすいません、予約していた者ですけど」
「それでは予約用紙を見せて頂けますか」
「えっと、これですね」
彼は店員に見えるように予約用紙を机に置く。
「はい畏まりました。では少々お待ちいただけますか」
「ええ分かりました」
予約用紙を持った店員は店の中へ入り、彼は近くにあった椅子に座る。
「お待たせいたしました。中身の確認をして頂いてよろしいですか」
店員が小さな箱を2つ持って戻ってくる。
中に彼の注文していた物が入っているのだろう。
彼は箱の中を見る、中に入っていたのは大振りな苺が一つ乗ったショートケーキが1切れづつ。
「ええ、これで合ってます」
「お会計ですが、2つで900円になります」
彼は満足げに頷くと財布を取り出し、900円をきっかり支払う。
「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
「いえ、こちらこそ。今年もありがとうございました。」
彼は意味が分からなくて戸惑う店員を放って店から出る。
その手には小さな袋が2つ握られていた。
※※※
街を見渡すと見えるのはカップルばかり。
見てるこっちまで恥ずかしくなって来る。
人が変わっても建物はあまり変わらない。
ここはそんな街だ。
去年ここを歩いていたカップルの何組が結婚し、何組が分かれたんだろう。
きっとそれは来年も再来年も、この日に思うことはおそらく変わらないだろう。
そうこうしているうちに目的地の一つに到着。
場所は変わっていないはずなのに、毎年なぜか見つけるのに苦労する。
店に入るとすぐに、鼻をくすぐる甘い匂いがする。
そんな甘い誘惑を振り切り、レジスターにいる店員に声をかける。
「どうもすいません、予約していた者ですけど」
「それでは予約用紙を見せて頂けますか」
「えっと、これですね」
スーツの胸ポケットから予約用紙を取り出し、机に置く。
「はい畏まりました。では少々お待ちいただけますか」
「ええ分かりました」
店員は渡した予約用紙を確認すると店の奥へ入って行く。
少々ってどれくらいかかるんだろう。
あの店員、クリスマスバイトだったな。
などと考えながら近くにある椅子に座り、店員が戻ってくるのを待つ。
体感時間で5分後、店員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。中身の確認をして頂いてよろしいですか」
店員は机の上に丁寧に小さな箱を2つ置く。
中に入っているのは大振りな苺が一つ乗ったショートケーキ。
今年のもいい出来だ。
それが箱に1切れづつ。
いつもと同じ、毎年注文しているもの。
絶対に忘れないキミの一番好きだったものだ。
「ええ、これで合ってます」
満足気に頷き財布を取り出す。
900円は必ず小銭ですぐに出せるようにしている。
毎年の習慣だ。
「お会計ですが、2つで900円になります」
きれいに900円だけを取り出しきっかり支払う。
そして袋も別にしてもらっているケーキの箱を左手に2つとも持つ。
「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
「いえ、こちらこそ。今年もありがとうございました。」
前半は目の前にいる店員に。
後半は奥にいる店長に聞こえるように言う。
ここの店長にも長い間お世話になっている。
そのため、この挨拶も半ば習慣になっている。
店を出て、ケーキに気を付けながら次の目的地へと向かう。
※※※
その後、再び彼は街を見渡しながら歩き今度は花屋に入っていった。
そこでは花など似合わない巨躯の男がエプロンをつけ鼻歌を歌いながら花の手入れをしていた。
「店長こんにちは、1年ぶりですね」
どうやらエプロンの巨漢はこの花屋の店長であるようだ。
この世の中は実に不思議に溢れている。
「あぁ本当に久しぶりだな小僧」
「小僧はやめてくださいよ、もう25なんですから」
「はん、俺からすりゃ25なんてまだまだ子供だ。そんなことより…」
店長が言い淀む。
「えぇ…今年でもう5年です」
「そうか…時が流れるのは早いもんだな。で、今年も持って行くのか」
空気が重く息苦しくなり、2人の会話の内容もそれに合わせたものに変化していく。
「はい。いつもの花束でお願いします」
「分かった。アイツが好きだった花だものな。少し待ってろ」
店長が店の冷蔵庫から何かを取り出す。
「そら、これを持って行け。安モンだが一応はワインだ。花束は後から持って行ってやるからお前は先に彼女に逢いに行ってろ」
彼は店長からワインのボトルを受け取ると、
「ありがとうございます」
と礼をしてボトルとケーキの箱を抱えたまま小走りで店から出て行った。
思わず逃げ出すように花屋から出てきたけどケーキは大丈夫だろうか。
ふと我に返るとあたりはもう暗くなり始めている。
この近辺は街灯が少ないから早く行かないと真っ暗になってしまう。
それに目的地までまだ距離がある。
店長が早く行けと言っていたのはこのことかと考えると、歩くスピードを早歩き程度にまで上げる。
早歩きで行動して十数分、ようやく目的地である教会に到着する。
時刻は5時28分。
早く彼女の眠る場所へ行こう。
ここは死者の魂の眠る場所。
こう書けば何か特別な場所であるように感じる。
けれどそれはまやかし。
実際にはただ石の塊が並んでいるだけの生者が死者を忘れないための標。
そして、既に死んでいる大事な人と関わることが出来る気がする場所。
今僕の前にある簡素な白い石は、僕の大事な人が既にこの世にいないことを否応なく伝えてくる。
出来ればここに来たくはない。
彼女が死んだことを認めたくないから。
死ねば彼女に逢える気がするから。
けれど僕はこのクリスマス・イヴには必ずここに来る。
理由は簡単、
彼女が寂しい思いをしないように。
僕が彼女に逢いたいから。
そして今日が、彼女の誕生日であり命日だから。
彼女の墓をきれいに掃除し、蝋燭に火を灯し祈りを捧げる。
※※※
彼女は体が元々そんなに強くはなかった。
不幸なことに彼女が小学生の頃に両親は他界。
その後、親戚である花屋の店長のところへ預けられ育てられる。
僕と彼女が出会ったのは丁度その頃で。
正直一目惚れだったように思う。
たまたま家が近かったからよく遊んだ。
でも彼女は時々、体を壊して寝込んだ。
中学の頃になると彼女も同性の友達との付き合いを優先し始めて、僕と話すことも少なくなった。
それでも互いの家に行くほどに仲は良かったのだが。
僕はそんな生温い関係に満足していた。
でも僕は何故か、彼女が遠くに行ってしまうような気がして。
だから、それに耐えきれなくなって今の関係が壊れることを承知で中学2年の文化祭の時に告白。
僕たちの関係は、友達から恋人へと変わった。
彼女と僕は、地元の公立高校へ進学することを選んだ。
彼女は体が弱いから。
僕は彼女となるべく一緒にいたかったから。
二人とも無事に合格し、また一緒に学校生活を送れると思っていた。
高校生になってからの彼女は中学までの元気さが嘘のように弱っていった。
入院することも、しばしばあった。
それでも一応学校に来ることは出来た。
けれど、
高校2年の今日12月24日、彼女は倒れた。
その日から病院が彼女の家になり、学校に来ることもなくなった。
初めの数か月は毎日のように学校の人が彼女のお見舞いに来た。
それ以降はあまり人が来なくなり、毎日お見舞いに行くのは僕一人だけになった。
入院生活だというのに彼女は元気で。
ここが病院だということを忘れさせてくれた。
いつか彼女の病気は治るだろう、それだけが僕の希望だった。
※※※
それからの僕は、高校を無事卒業し今の仕事に就いた。
就職した理由は簡単。
高校以上の学力なんて必要ないと思ったから。
早く親を楽にしてあげたいと思ったから。
そして何よりも、彼女の支えになりたいと思ったから。
でも世の中は残酷だった。
お見舞いの帰りに告げられた医者からの宣告は、僕を打ち砕くには十分だった。
病名は記憶が曖昧で覚えていないけど。
医者の話で分かったことは、
『彼女は助からない』
『もって、あと数年』
その後の僕は上の空で、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
翌日、医者からこのことを伝えても良いと言われたのを思い出したので、
思い切ってこのことを彼女に伝えるも、
「分かってた。自分の体のことだもの、自分が一番よく分かってる」
と、彼女は笑ったまま答えてくれた。
※※※
それからの彼女は、下り坂を転がり落ちる勢いで身体が壊れていった。
あの日、彼女はきっと自分の状況を初めて知ったのだろう。
きっと無理して笑っていたのだろう。
だから伝えなければ良かったと後悔もした。
けどそれで時間が巻き戻る訳もなく、僕はなるべく彼女の傍にいようと決意した。
日々どんどんと痩せ衰えていく彼女を見るのは苦痛だった。
苦痛だったけど、彼女の笑った顔を見れるだけで僕は幸せだった。
※※※
20歳の時のクリスマス・イヴ。
今日は彼女の誕生日で、僕は走って病院へ向かっていた。
彼女が意識不明の重体になったと連絡が入ったからだ。
だから僕は職場を飛び出して彼女の下へと向かった。
僕は今日を二人の記念すべき日にしようと思い切って
給料3ヶ月分とまではいかないけど指輪を購入した。
病院に着くと、そこには医者と
号泣している花屋の店長がいた。
そう、僕は彼女を最期を看取ることが出来なかった。
※※※
花屋の店長から1枚のメモ帳を受け取った。
なんでも彼女が僕へ向けて書いた最期の言葉らしい。
ただ簡潔に
『ワスレナグサ』
書かれていたのはこれだけで、彼女はそこで力尽きたらしい。
その後自分で調べた結果だが、ワスレナグサとは花の一種で、その花言葉は…。
※※※
「『私を忘れないで下さい』…か」
そう、これがワスレナグサの花言葉。
実にキミらしくもない、『忘れないで下さい』なんて花言葉を遺言にするなんて。
その時後ろから靴音を響かせながら店長が花束を持ってやってきた。
墓の前に花束を置き、僕の隣で祈りを捧げる。
いつまでもそうしていたかったのだが店長が僕に問いかける。
「ワスレナグサの花言葉なんだが」
「ええ、『私を忘れないで下さい』ですよね」
「あぁ。それで、ワスレナグサの花言葉には他にも一説あってな」
そこでなぜか店長は口ごもる。
「…『私を忘れてください』て意味もあるのは知ってたか。それとアイツの部屋からお前への手紙が見つかった」
店長が僕に手紙を手渡す。
おそらく彼女がまだ元気だった頃に書いたものだろう。
だから僕は、恐る恐る手紙を読んだ。
※※※
どれだけの間呆然としていたのだろう。
気が付けば店長と二人でベンチに座っていた。
腕時計を見るも5分と経っていなかった。
手紙に書かれていたのは、僕への想いと…もう自分が長くはないかもしれないこと。
それと…。
ちらり横を見ると、店長はワインをボトルごと飲んでいた。
「…お前も飲むか?」
と、聞いてきたが丁重にお断りした。
「言葉ってのは、ある意味呪いだな」
「え?何がですか」
突然の問いかけに僕はこう答えることしか出来ない。
「お前はアイツが死んでから、アイツの遺した言葉『私を忘れないで下さい』ってのに縛られてたんだろ。ま、それもお前の勘違いで『私を忘れて下さい』が正解だった訳で。…お前はこれからどうするんだ」
「そんなの、考えたことなかったですよ。いきなり『忘れろ』って言われて、忘れられる訳ないじゃないですか!いくら彼女の手紙に書かれていたことだって言われても!」
感情が爆発する。
これはただの八つ当たりだ。
理解できるから、すぐに鎮静化する。
「そりゃそうだわな。ところで…もし、もしだぞ。記憶を持ったまま人生をやり直せるとしたら、お前はどうする」
質問の意図が分からない。
店長は何が言いたいんだろうか。
だから僕は、こう答える。
「そんなの決まってます。仮定は仮定でしかない、人生は一度きりしかないから人生なんですよ。自分の行為も、人の死も、全てを受け入れて、それを糧に、その上で生きていくしかないです」
店長は気持ちよさそうに煙草を吹かしながら、
「…そうか、随分と立派な考えだな。少しは大人になったか。大人になった気念に一本どうだ」
「いつまでも子ども扱いしないで下さい。…一本だけ頂きます。」
子ども扱いに少し腹を立て、煙草を一本受け取る。
こんなところが子供っぽいのかもしれないが。
煙草を口に着けて、吸い込みながら先端にライターで火をつける。
「やっぱり…何回吸っても、不味いものは不味いです」
咳き込み、煙を吐き出す。
「煙草の味が分かるのが大人ってもんだ」
「だったら、ずっと子供のままでいいです」
僕が拗ねた風に言うと店長が笑い、それにつられて僕も笑った。
そして僕たちは顔を見合わせると、少しだけ笑いあった。
※※※
教会から歌声と、鐘の鳴る音が聞こえる。
もう6時だ。時間がたつのは早い。
頬に何かが当たるのを感じ空を見上げると雪が降っていた。
「今日はもう帰るか。お前はこれからどうする」
「彼女を忘れることは出来そうにないので、頑張って新しい出会いを探しますよ」
「そうか。ま、せいぜい頑張れよ」
そうして僕は店長と別れた。
おそらく来年もここで店長と会う気がする。
今更僕に恋愛する気はない。
僕は一生独身か、お見合い結婚して世間的に見れば幸せな家庭を築くかもしれない。
心にキミがいれば満足だと思う僕は臆病だろうか。
もしかしたら天国で、君は僕のことを怒っているかもしれない。
少なくとも、自分で命を絶つようなことはしない。
生きていることは、それだけで僕にとっての幸せだから。
煙草も吸い切り墓地から出ようとすると、
ふと彼女の声が聞こえた気がしてふり返るも、そこには何もなく。
そこにはただ、風になびく青く可憐な花びらをつけたワスレナグサの花束と。
その上にそっと置かれた、鎖に繋がれた一組の指輪が僕を見ているように感じた。
どうも、作者です。
「こんな下らないクリスマス短編を書いている暇があるならさっさと連載中小説の続きを書け!」
と言う声は無視します、だってクリスマスですので。
※
初期案としては主人公自殺ENDを考えていました。
以下例
「今からキミのいるところへ行くからね」
白い墓が血で赤く染まり、その前に横たわる主人公。
DEAD END
以上例
やっぱりRタグを付けたくなかったんだと思います。
それにガチガチの鬱話をクリスマスに読む人なんていないでしょ。
ハートフルで鬱い、そんな話を目指してみました。
※
それにしても、どうしてこんな終わり方になってしまったんでしょうね、私も不思議でなりません。
これじゃまるで続編が書かれてもおかしくないじゃないですか。
今の段階じゃ書く気はありませんけど。
お気に入り登録と感想の数によっては書くかもしれません。
続編を書いてほしいという酔狂な方は、
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感想の最後に
「続編希望」
とでも書いてください。もしかしたら…。
では楽しい年末年始を。