あこがれの人(一美視点)
私が明子さんと出会ったのは小学校5年生の時だった。
成績そこそこ。運動そこそこ。人間関係そこそこ。
人生そこそこだった私は小学5年にして恋愛というものに興味を持ち始めていた。
お姉ちゃんはオタクで恋愛というものに関しては全然興味がないみたいで、テレビではアニメ、部屋では漫画とか小説とかを読んでいるような典型的なオタクだった。
お姉ちゃん曰く『こんなにかっこいい人は二次元の中にしかいないんだから一美も男を見るときは気を付けなさい』と言われていた。
私はなんだかんだ言ってもお姉ちゃんのことが好き(もちろん家族として)だったので、気を付けて男を見るようにしていた。
見れば見るほど同学年の男子はバカばっかりだった。
好きな子にいたずらをする子もいれば、ずっとよくわからないことを話している子、余ったヨーグルトをめぐって行われるじゃんけん大会。
そんなことをする男子には全く惹かれなかった。
同じクラスの友達もあの子がカッコイイとか素敵とか言ってるけど、私は所詮小学生なんて子どもだな、とみんなからは少し引いた視点で物事を見るようになっていた。
そんなある日の日曜日。
お姉ちゃんが珍しく友達を連れてきたのだ。
知っているだけでも、お姉ちゃんが友達を家に連れてきたのは初めてだった。
私も仕事が休みで家にいたお母さんもお父さんも、珍しそうな顔でお姉ちゃんの横に立っている人を見た。
最初は全然興味が無くて、お姉ちゃんの友達っていう括りでしかなかった。
でもしばらくして、隣のお姉ちゃんの部屋から楽しそうな声が聞こえてくるのが少し気になっていた。
お姉ちゃんがあんなに楽しそうに笑いながら家族以外の人と話しているのを聞くのは久しぶりだった。
「私の知らないお姉ちゃんが楽しそうに話している」
そう思った私はこっそりお姉ちゃんの部屋を覗いてみた。
「アハハハ。やっぱりあそこのシーンは笑えるよねー」
「わかるわかる!でも君子なら主人公が活躍してるシーンのほうが好きなんでしょ?」
「さすが明子!なんでわかったし!アハハハ」
「そりゃ友達だからな!アハハハ」
友達の名前は明子さんというらしい。
あとから聞いた話だけど、お姉ちゃんと明子さんは同じ高校のオタク仲間らしい。
たまたま同じ作品が好きで意気投合したって言ってた。
そのまましばらく覗いていた。
その時明子さんが突然振り向いて、ドアの隙間から見えていた私を見た。
「曲者っ!」
その声に驚いた私は尻餅をついてしまい、ドアを開けた明子さんに捕獲されてしまった。
「あれ、一美?見てたの?入ればよかったのに」
「妹ちゃん?」
「一美。妹で今5年生」
「5年生?随分な幼女だな」
「よ、幼女じゃないです」
驚きから立ち直ってからの第一声がこれだった。
今思い返すとちょっと恥ずかしい。
「妹ちゃんは大人っぽい顔してるから幼女向きではないかな」
「でしょー?一美ってば妙に大人びた考え方でさ、こないだも恋愛って何?とか聞いてくるんだよ」
「最近の子はそんなこと聞くのか」
「そう思うでしょー」
二人は私のことでまた笑いあってた。
なんかバカにされているような気がして反論してやった。
「じゃあ恋ってなんですか?」
「うーん。私も恋ってしたことはないからちょっとわからないけど、恋っていうのは落ちるものなんだよ。わかる?」
「落ちるもの?」
「うん。気づいたら頭の中がその人で一杯とかそんな感じ」
笑顔で私に向かって言う明子さん。
「恋愛未経験者が何を言ってるんだ!」
部屋の奥からお姉ちゃんの声が聞こえた。
「私の理想だ!まだ相手はいないけどね!言わせるな!」
そのあと二人がいろいろと笑ってたけど、私は明子さんが言っていた言葉を考えていた。
落ちるもの。
その時はまだ全然ピンとこなかった。
次の日。
学校で不思議なことが起きた。
いつもと同じ風景のはずなのに、何か物足りなさを感じるようになっていた。
今日も友達がカッコイイ男子の話とかしているが、全然頭に入ってこない。
授業も全然聞こえてこない。
その原因は明子さんにあった。
頭の中が明子さんのあの笑顔で一杯だった。
しかも思い出すたびに胸がキュッって締め付けられるような感じがする。
私は明子さんの言葉思い出しながら思った。
「これが恋ってやつか」
その日以来、私は明子さんに会えるのが楽しみで楽しみでたまらなくなった。
お姉ちゃんがトイレとかで居なくなる隙を見計らっては、明子さんに写真を撮らせてもらったりもした。
もちろん「買ったカメラの枚数が余ったので撮ってもいいですか?」と断りも入れているから盗撮ではない。
あの明子さんの笑顔を見ると安心する。
今では部屋に一人で居る時は、机の横の壁にかけてある大きめのコルクボードいっぱいに笑顔の明子さんの写真が貼ってある。
さすがに恥ずかしいので、誰か来るときは必ず隠している。
今日は明子さんがうちに来て勉強を教えてくれている。
そんなに難しい問題ではないんだけど、明子さんと二人の時間を共有してみたかったから、お姉ちゃんには内緒で思い切って誘ってみた。
でもそんなワクワクしていた日に限って、お姉ちゃんにあのコルクボードを見られてしまった。
ちょっと怒っていたけど、明子さんの笑顔を見るとどうでもよくなってしまった。
ところでお姉ちゃんが前にも来た男の人と一緒だけど、あの人は彼氏なのだろうか?
そのことを明子さんに聞いてみたけど、うまくごまかされてしまった。
まぁいいや。今度聞いてみよう。
今は明子さんと二人きりの世界を楽しもう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると執筆意欲が高まります。
今回は一美のターンでした。
本当は本屋から三人が帰った回のあとに入れるつもりだったんですが、うっかり順番を間違えてしまったので、閑話代わりの話になってます。
次回もお楽しみに!




