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魔王と勇者の紙ヒコーキ!~少年と物語の始まり~  作者: 花より団子よりもお茶が好き。
◇魔王と勇者の紙ヒコーキ、十年目の結末

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21/23

少年の恋が実る夏の日に、リアンの花びらが舞い踊る(上)



「十年だ、最低十年――で――変わらぬのなら――」


 それはカインが十六の誕生日を迎えた夏のことだった。


「そんな、どうして……」


 カインの誕生日を城の皆で祝ったあとだ。


「これ以上は譲歩しない」


 魔王の執務室に呼ばれたカインは宴の高揚感にまだ浮かれた気持ちのままだった。

 何よりも、ずっと待ち望んでいた成人年齢に達したのだ。

 だがそれは――魔王の一言であっけなく崩れた。


 ◇◇◇


 夏も終わり、すっかり初秋の涼しさが感じられる頃。

 城外の景色は若葉の色から橙色へと鮮やかに色好き始めた。

 だが色付く景色に反して魔王城内の雰囲気は寂しいものだった。


「――はぁそれにしてもどうして坊っちゃんは行っちゃったんだろうねぇ」


 年嵩の調理人が休憩室で茶菓子を食べながら、寂しそうにぼやく。


「それはお前、見聞を広めるためだって本人も言っていたじゃないか」

「確かにそうなんだろうが……あんなに懐いていたのに、納得いかないねぇ」


 休憩室のティーセットに茶葉とお湯を入れて運ぶ準備をしながら、まだ若い赤の魔族の彼女がその話に耳を傾けていた。

 ティーセットをワゴンに載せると彼女は部屋の外へ出て城の中を歩く。

 豪奢な作りだがどこか物寂しい、そんな城内をパタパタとメイド服の裾を揺らしながら歩いた。


「――なんだかカインがいないとやっぱり寂しいわね」

「そうね。あの子がいると掃除もあっという間だったわ」


 途中で他の使用人が掃除の手を止めてそんな話をしていた。


「――最近、カボチャさまが妙に静かじゃないか?」

「あぁカミナリが落ちなくなったというか」

「そりゃあカインがいないからな。元々そこまで騒がしい方でもなかったろ」

「「そうだっけ?」」

「……異論は認める」


 カボチャの直属の部下も、先日まで毎日のようにあった騒動がなくなり暇を持て余しているようだった。

 だがそれも無理もない。

 もうカインは、あの太陽のように明るく元気な人間は、この城にはいないのだ。

 何故なら――


「魔王さま」


 片手で軽く執務室の扉を叩く。


「お茶をお持ちしました」


(――魔王さまが、追い出してしまったから)


 

 ◇◇◇


 

『――十年だ。最低でも十年、お前はまだ目の前の小さな世界しか見えていない。もっと人間の暮らしの中で見聞を広げて、その上で余への気持ちが変わらぬのであればその時考えてやろう』


 カインの十六歳の誕生日だったあの日。

 彼女はカインを探して執務室の前まで来ていた。

 まだ渡していない誕生日プレゼントがあるからと、呼び戻すためだったのだ。

 けれどそこでうっかり聞いてしまった、二人の会話を……


『そんな、どうして……十年なんて』

『どうしてもだ。十年なんぞ明日(あす)と変わらん』

『……俺にとっての十年は、長いよ』

『だからこそだ。それだけの時間があればお前も色々経験し、変わって色々気付くこともある』

『でも』

『これ以上は譲歩しない』


 ピシャリと言われた一言にカインはぐっと言葉を呑み込んだ。

 扉の隙間から見えた背中は小刻みに揺れ、拳をぎゅっと握っている。

 その手をパッと開いた時、カインの明るくも決心したような声が響いた。


『分かった。けど絶対、約束破るなよ!』


 そして、走って部屋を出るカインと鉢合わせた。

 驚いたカインの瞳には涙が浮かんでいた。けれど不器用に笑って走り去る。

 それから数日後、カインは本当に城を出て行ってしまった。


『ちょっと勉強してくるよ。十年後、絶対魔王を振り向かせに来るから、そしたらまたよろしくな!』


 別れ際、城の皆には元気にそう言って、けれど彼女には


『へへ、あの時は変なとこ見せてごめんな。魔王の言うこともちょっと分かるなって、俺、世間知らずだし……魔王に認めて貰えるよう頑張るよ』


 と、少しバツが悪そうに頬を掻いて笑って言った。


 ――ティーカップを卓上に置いた時、執務室の窓からふわりと流れ込む秋の風に乗って、紙飛行機が飛んで来た。

 それはふらふらと揺れながら魔王が席に着く卓上にストンと落ちる。

 以前のように一日に五十通も届くことはなくなったが、こうしてたまにカインからの紙飛行機が届くのだ。

 それは魔王にだけではなく、城の者たちにも度々届く。

 その度に城のあちこちで、カインの話で盛り上がるのだ。


 魔王は紙飛行機を開いて一瞬動きを止めた。

 そして、彼女へ向き直ると「これの処分は任せる」と言って、何かを手渡す。

 黒い石に細い紐を通しただけのそれは魔王がカインに渡した魔晶石の首飾り。

 彼女はハッとして一緒に渡された紙に目を通す。

 元は紙飛行機だったそれを広げて書かれた文字を読めば〝これ預かってて〟と一言だけ。


「魔王さま……これは」

「もう必要ないだろう。任せたぞ」

「……」


 彼女は紙飛行機と魔晶石を持って静かに部屋を出た。


(カインはどうして)


 人間であるカインが魔晶石を返して来たということは、カインが自力で邪気のある魔族の領土に踏み入ることは出来ないということ。

 何よりカインは防御術や治癒術の魔力が効きづらく、魔王さまが渡したこの石を持っていないと長くはもたない。

 つまりカインは自力で魔王城に来られない。


(もう来ないつもりなの?)

 

『十年後、絶対魔王を振り向かせに来るから、そしたらまたよろしくな!』


 カインの紙飛行機には〝これ預かってて〟とだけ書かれている。とてもそうとは思えない。


(魔王さまはどうして……私に処分するようにだなんて)


 足を止めて、彼女は執務室の扉を振り返る。

 魔王の顔色を思い出してみても、いつも通りの姿にしか思えず。彼女には――魔王の気持ちは推し量れない。

 その日、どうしても捨てられなかった彼女は、自室の机の棚にその二つをそっとしまう。

 

 その後しばらくして、東の魔王の崩御と後継者の即位が行われ、隣国、そしてここ、北の国も騒がしくなり、その存在をすっかり忘れてしまった。


 ◇◇◇


 ――それからも、カインの紙飛行機は度々城の誰かへと届いた。

 年嵩の調理人のところには人間の領土で人気のあるお菓子のレシピ。

 女性の使用人には、今人間の女性の間で流行っている髪飾りや趣味の話。

 本好きの者には「珍しい花があったから」と押し花にした栞を添えて。

 庭師のお爺さんには「俺が行くまで元気でいてよ」と書かれていたらしい。


(そしてもちろん、魔王さまのところへも)

 

「おや、あれはカインの紙飛行機だね」


 天気の良い日だったので庭に出て井戸の近くで洗濯物を洗っていた。銀盥の中でシーツをジャブジャブと擦り洗いしていると、年配の使用人の女性が空を眩しそうに見上げている。

 同じように空を見上げると、確かに白い紙飛行機が青空を飛んでいる。

 城の上層階辺りをひらりと飛んで、そのまま開いている窓へと入って行った。


「魔王さまの部屋だね」


 洗濯物を小脇に抱えた女性が紙飛行機が入った窓を見上げながらこちらへ近付いて来る。


「今回も返事、書かないのかねぇ」


 城に飛んで来る紙飛行機は何度も見たけれど、城から飛んで行く紙飛行機はカインが城を出てからまだ一度も見ていない。


「魔王さまの魔力で飛んでるんだよね?」


 隣で黙々と洗っていた同僚達に声をかけた。


「そうだってね。前はよく城から飛んでるのも見たもんだけど」

「あぁそうねぇ。カインが来る前は一日に何度も飛び交っていたっけ」


 けれど今はその光景もめっきり見なくなった。

 

「なんで返事出さないんだろう……」

「さぁ……でもそうよね」

「カイン、きっと待ってるだろうに可哀想」

「私達が作った紙飛行機じゃ全然飛んでかないし」

「しょうがないわよ。魔力なんて、殆どないようなもんなんだから」

「そう考えると、魔王さまってちょっとずるくない?」

「確かに、いつでもカインと文通出来るのに」


 ◇◇◇

 

「――と言われておりますよ。魔王さま」


 彼女が執務室にティーセットとお茶菓子を下げに行った時だった。


「シュケル……」

「このままだと魔王さまの評判がどんどん下がる一方ですね」


 いつものようにフフフと微笑(びしょう)する。さすがなんでもお見通しと噂される魔王の腹心。城の者達の感情にも敏感だ。

 彼女はティーセットを片付ける振りをしながら二人の会話に耳を傾ける。


「だからなんだと言うんだ?」

「だからなんだと言うのでしょうね」

「……まったく、アイツがいたのはたった一年だぞ。一年でどうしてこんなに顔が広いんだ」

「フフフ、人徳でしょうか。カインは誰にでも話しかけていましたから」


 椅子に深く腰掛けた黒衣の偉丈夫は「はぁ」と深いため息をついて目を閉じた。

 そのまま暫し黙っていると思いきや、振り返ってシュケルを見る。


「まさか……意図して外堀から埋めて行ったのか。あれは」

「もしそうだとしたら、私の席はカインに譲りましょう」

 

 魔王はまた深いため息をつくと、その黒い短髪を参ったとばかりに、掻き上げる。


「しかし、魔王さまの判断に間違いはないと私は思いますよ」

「わかってくれるか」

「えぇ、息子のように見ていた者をいきなり性的に見ろと言われても」

「待て、言い方。もう少し言い方があるだろう」

「しかも歳の差が」

「もうやめてくれ、それだけはやめてくれ」

「フフフ、まぁ歳に関しては、千年以上も離れていれば、もはや無いも同然ですよ」

「そうもいかんだろ」


 屈強な偉丈夫が腹心の言葉にころころと弄ばれている。


(なるほど歳か……あまり考えていなかったわ)


 確かに彼女のような二十代の若い魔族からすればいざしらず、年長の魔族から見るとカインの歳はまだまだ子供にしか見えないだろう。何しろ魔族は長生きだ。

 ぐるぐると考えて行き着いたのは


(それでも、手紙くらい書けるはずだわ!)


「さて、それでは私はそろそろ。ね、貴女も」

「え!? は、はい」


 彼女はすっかり手を止めてしまっていた事に気付き、慌ててシュケルと一緒に部屋を後にした。

 部屋を出てワゴンを押しながら歩くが隣を歩く魔王の腹心が気になった。


(な、なんで隣を歩いて?)


 後ろに下がろうとしたとき


「フフフ、何か言いたそうですね」


 声をかけられた。


「うぇ?」


 思わず変な声を出してしまう。


「……魔族と人間では寿命も生き方も異なりますから、それに後継者が現れれば、魔王さまは明日にでも崩御される身。やはり彼のことを思うのであれば、人間の生活の中で生きる方が最も幸せなことでしょう。何よりあの子はまだ若い、もっと沢山のことを見聞きして経験し、成長して欲しいものです……そのうち子供の頃に憧れた想いも懐かしい思い出の一つとなるはずですよ」


 魔王の腹心はその穏やかに瞑った目を彼女へ向けて、微笑む。


「下手に返事などしてしまえば会いたくなってしまうでしょう」


 彼女は気付くと足を止めていた。


「それに、幼子だった頃から見守っていた子です。十年は、魔王さまには必要な時間なのですよ」


〝子離れという時間がね――〟


 魔王の腹心はやはり、どこまでも見透かしているようだ。



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