第9話 運動する幽霊たち
音楽室を出て、次に私たちが向かったのは、体育館だった。
新校舎の一階に降りて、そこから体育館へとつながる連絡通路を通っていく。
体育館の前へ着くと、中から、ダン、ダン、ダン、ダン――と音がした。
そういえば、夜、誰もいないはずの体育館で、ドリブルをしている音が聞こえる、そういう怪談話がこの学校にはあったっけ。
花子さんが体育館の扉を開く。
すると、その中で、片足しかない男の子がぴょんぴょんと足をバネのようにして飛び跳ねながら、バスケットボールでドリブルをしていた。
彼はこちらの方を見ると、ぴょんぴょんっとウサギのように駆け寄ってきた。
「ちっす、花子さん」
「おう、たかし、元気にしてたか」
「はい、テケテケさんも、お元気そうで」
「ええ、超元気よ、あなたも調子良さそうで安心したわ」
「はい、ところで、こいつが例の新人ですか?」
と鋭い目を赤崎君に向ける、たかしというらしい男の子。
花子さんが腕を組んで、神妙な顔をして頷く。
「ああ、そうだ」
「俺が教育しておきますか?」
「いや、いい、あたいがきつく言っておいたから、悪い奴じゃないし、お前ももう許してやってくれ」
「そうでしたか、失礼しました、花子さんがそう言うなら従います」
と花子さんに向かって、頭を下げる彼に、赤崎君が声をかけた。
「あ、あの、先輩、俺、赤崎っす、挨拶が遅れて、すみません!」
「今回は許すが、次はないぞ、俺はともかく、花子さんやテケテケさんには失礼のないようにな」
「はい!」
と赤崎君が姿勢を正して言う
包帯女のえりかさんが私の隣で、「私には失礼があってもいいの……?」と不満げな顔でつぶやいていた。
なんていうか、幽霊の界隈も大変なんだなぁ……。
「ところで、たかし、訊きたいことがあるんだが」
花子さんがそう言うと、彼はキラキラした顔を彼女に近づけた。
「はい、何でも聞いてください!」
「白装束の幽霊が出るって噂があるらしいんだが、お前、見たことあるか?」
「たまにドリブルしながら校舎を歩き回ってるけど、そんなやつ見たことないっすね」
この人も知らないのか。
残る七不思議はあと一つだけど、その人は知っているだろうか。
と私が不安に思っていると、たかしという人が赤崎君を見て、
「おい、赤崎、俺とバスケで勝負しないか」
と言い出した。
花子さんがたかしさんを見て、あきれたような顔をする。
「おまえ、さてはあたいが暴力を止めたから、代わりにバスケで痛い目にあわせようとしてるな?」
「ち、違いますよ……」
と言いながら、目が泳いでいた。
「俺はいいっすよ、やりましょう」
「よし、そうこなくちゃな」
と嬉しそうに手をぽきぽきと鳴らすたかしさん。
たかしさんは見た感じ、身長は160センチくらい。それに対して赤崎君は180は越えていそうで、ムキムキだ。
見た目だけなら、赤崎君が勝ちそうだけど……。
「たかしを舐めるな、あいつは背は低いけど、一年からレギュラーだった奴なんだぞ、幽霊になってから霊力でパワーアップしてるしな」
私の表情から何を考えているのか見抜いたようで、花子さんがそう言ってきた。
たかしさんと赤崎君がバスケットコートに入る。
たかしさんがセンターラインの中心に立ち、赤崎君はそこから5メートルくらい離れたところに立つ。
たかしさんがオフェンス、赤崎君がディフェンスのようだ。
静寂が場を支配する。
バスケットコートの外で、私たちが固唾を飲んで二人を見守っていると、たかしさんが動き出した。
その瞬間。赤崎君が腰を落として、腕を広げる。
たかしさんは片足だけなのに軽やかにステップしながら、華麗にドリブルをしていく。
赤崎君はそんな彼の動きについてこうとするが、たかしさんはスッと赤崎君の横を抜けていく。
慌てて追いかけようとする赤崎君だが、追いつけない。
たかしさんはそのままレイアップシュート――かと思いきやなんと、片足をバネのようにして高くジャンプし、ダンクシュートを決めてしまった。
小柄なのにすごい跳躍力だ。
ていうか片足であのジャンプは人間業じゃない、たぶん幽霊パワーによるものなんだろう。
「すごいっすね」
赤崎君が邪魔だからとコートの外に置いていたスマホを手に取ると、音声読み上げソフトを使ってそう言った。
たかしさんはクールな表情で、
「まあな、次はお前がオフェンスだ」
攻守交代。先ほどとは逆側に二人は立った。
赤崎君はドリブルをしながら、相手の隙を窺う。
そのまま十秒くらい過ぎたが、突然、赤崎君が前へ進みだした。
たかしさんの横を抜けようとするが、彼は軽やかなステップで赤崎君に追いつき、進路をふさいでしまう。
しかし、赤崎君はロールターン――体を回転させ、方向転換し、たかしさんを抜き去った。
やったっと私は思ったのだけど、助走なしで驚異的な跳躍をして、たかしさんは赤崎君の前にやってきて、再び彼の前に立ちはだかってしまう。
いやいや、おかしいでしょ、そのジャンプの距離……。
と私が思ってると、赤崎君は抜き去るのを諦めて、その場で膝を折り曲げて、シュートの体勢に入った。
そのままジャンプしてシュート――しかし、たかしさんが人間離れした高さの跳躍をし、放たれたボールをはじいてしまう。
そして、たかしさんは着地した後、はじいたボールを拾って、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「俺の勝ちだな」
「くっ、参りました」
悔しそうな赤崎君を見て、満足げに頷くたかしさんの頭を花子さんが叩く。
「調子に乗るな、経験者に勝ったくらいで」
「いでぇつ、す、すみません」
頭を押さえながら、たかしさんは赤崎君を見て、言う。
「なぁ、赤崎、また俺と勝負してくれるか?」
「もちろんです、先輩」
そして、握手を交わし合うたかしさんと赤崎君。
この二人、仲良くなれそうだな……。
それにしても、私はここで一体何をしているんだろうか?
疑問に思いながらも、私はこの幽霊たちと行動を共にしていく。
体育館を出て、私たちが次の怪異のところへ向かおうとすると、たかしさんもついてきた。
彼もこの七不思議巡りに同行するらしい。
といっても、残るはあと一つだけど。
次の怪異は外にいるらしく、私は下駄箱で靴を履き替えて、昇降口を抜けて、校庭に出ると、花子さんがきょろきょろと辺りを見回していた。
「どうしたんですか?」
と私が訊くと、
「いや、あいつがいないなと」
「花子さん、あいつなら、グラウンドにいますよ」
と美津子さんが言うので、彼女が指し示した方向を見ると、グラウンドの周りを飛び跳ねながら移動している、初代校長の像があった。
なにあれ……。初代校長の像の位置、日によって微妙に変わってないか? なんて噂があったけど、まさかあんなことになってるなんて……。
私たちはあの像の元へ向かうと、花子さんが声をかけた。
「よぉ、初代校長」
「あ、花子さん、お世話になってます!」
と初代校長の像が頭を下げる。
花子さんの方が偉いんだ……。
「今日はこいつに挨拶させるために来たんだ」
と花子さんが赤崎君の肩を叩く。
「挨拶遅れて申し訳ありません、これからよろしくお願いいたします!」
「遅くないかね、私のもとに来るのが?」
「許してやってくれ、あたいがすでに説教しておいたから」
「花子さんがそう言うのでしたら……」
と渋々と言った感じで彼は了承した。
「あと、訊きたいことがあるんだが、白装束の女の幽霊って見たことあるか?」
と花子さんが言ったのだけど、初代校長は首を少し傾けて、
「いや、知りませんな、そんな幽霊がいるなんて、聞いたこともない」
この人も知らないのか。そんな幽霊、本当にいるのかな?
もしかして、幽霊じゃなくて、生きている人間だったりする?
だとしたら、なんのためにそんな恰好をしているんだろう?
「もういいでしょうか? ランニングの途中なんです、最近運動不足でね」
とうずうずしている初代校長。
幽霊も運動不足になるんだ……。
「俺もちょっとひとっ走りしようかな」
とたかしさんが言うと、赤崎君もそれに続く。
「いいっすね、俺も走ります」
「あたいも最近走ってないし、いい機会だから走るか」
「花子さんが走るなら、私も走ります!」
と美津子さんが言うと、包帯女のえりかさんもそんなに乗り気じゃなさそうだったけど、手を軽く挙げた。
「みんなが走るなら、私も……」
「まこりんも走るよな? 君は体力がないから持久力をつけたほうがいいぞ?」
と赤崎君に言われる。
え、私も? 正直嫌なんだけど……。
私の内心を表情から見抜いたのか、花子さんが私の肩を掴んで、怖い笑みを向けてきた。
「お前も走るよな?」
「はい……」
拒否できる空気じゃなかった。
まったくなんでこんなことに……。
幽霊たちと一緒に、グラウンドの周りを走る。
私、運動苦手なのに。体力全然ないのに!
「ぜーはーぜーぜー……こひゅー、こひゅー」
「大丈夫か、まこりん? 死にそうな顔してるけど……まだ一周しか走っていないぞ?」
と赤崎君が私の隣で、声をかけてくる。
「だだ、大丈夫じゃない、かも……」
「たくっ、情けねぇな、もっと気合い入れろ」
「そうよ、根性見せなさい」
と花子さん、その次に、美津子さんから言われる。
彼女たちは余裕そうだった。
包帯女のえりかさんも足を軽やかに動かしているし、たかしさんと初代校長も元気そうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
なんだか私だけ仲間はずれな気分……。
疎外感を覚えながら必死に走っている時、グラウンドと学校の外を隔てるフェンスの向こうに通行人がいて、こちらを見ていた。
「ひっ」
私と目が合うと、彼女は悲鳴を上げた。
他にも人がいて、スマホをこちらに向けている者もいた。
どうやら動画を撮っているみたいだ。
……これ、まずいのでは?
今更気づいたんだけど、首がない全裸のマッチョとスケバンとテケテケと全身が包帯に包まれた女と片足の男子と初代校長の像が一緒に走っているこの絵面って相当やばくないか?
なんて思いながらも必死に走っていたが、五周目で限界を迎え、私はギブアップした。
赤崎君以外の幽霊から冷ややかな目で見られたけど、私の死にそうな様子を見て、さすがにもう無理だと判断してくれたようで、花子さんがランニングの終了を告げてくれた。




