第8話 包帯女と夢を弾く少女
次に会いに行く怪異は新校舎の方にいるらしくて、旧校舎と新校舎をつなぐ渡り廊下を私たちは通った。
新校舎の一階に着くと、廊下の奥の方から声が微かに聞こえてきた。
「だ、誰もいないよな……俺、怖がりなのに、学校の警備の仕事なんてやるんじゃなかった……」
と言いながら懐中電灯の光を左右に動かしている、警備員の男性。
こちらに向かってきていた。
このままだと見つかる。私、隠れたほうがいいんじゃ……と思ったのだけど、花子さんは平然とその警備員に向かって歩いていく。
「よぉ、ごくろうさん」
花子さんがそう言いながら手を挙げると、その警備員は絶叫した。
「ぎゃあああああ、スケバンとテケテケと首かない全裸のマッチョと、昨日変な踊りをしてた女の幽霊いいいい!」
と叫びながら、私たちに背を向けて走り去っていってしまった。
え、なに、変な踊りをしてた女の幽霊って、私のこと?
まさか噂になってたのって……。
私が真実に気付き、愕然としている中、テケテケの美津子さんと花子さんは楽しそうに会話していた。
「花子さん、また警備員がやめちゃうかもしれませんね」
「そうだなあ、あっはっはっ!」
「見た目だけで恐怖を与える花子さんとテケテケさんはやっぱすごいっすね、憧れます!」
と興奮している様子の赤﨑くん。
「いや、お前もけっこう恐怖を与えるような見た目してると思うぞ、なあ、美津子」
「そうですね、悪くないと思います」
「お、お二人にそう言ってもらえるなんて、か、感激です!」
私以外がこんな感じで談笑しながら歩いていると、花子さんは親校舎一階の家庭科室の前で立ち止まった。
たしか、この家庭科室では、冷蔵庫に入れていた食材がいつのまにかなくなっているということが度々起きていて、幽霊が夜中に料理を作っているんじゃないか、という噂があった。
実際にその幽霊を見た人がいるとか……。
そんなことを思い出していると、花子さんが引き戸をがらっと開けた。
中を見ると、いくつか設置されていたキッチンの一つに、体中に包帯を巻いた人がいて、ひたすら野菜を包丁で切っていた。
「よぉ、えりか」
と花子さんが声をかけると、その包帯まみれの人がこちらを向いた。
「あら、どうしたの? 花子さん、テケテケさん、えーと、そこの首のないマッチョは、最近幽霊になった人よね? そっちの女の子は?」
包帯まみれだからよくわからなかったけど、えりかという名前や口調から考えると、どうやら女性のようだった。
「あ、私は、まこりんです」
一瞬、鈴木って名乗ろうかと思ったけど、どうせもうまこりんってここにいる幽霊たちに呼ばれているしな……て思って、そう答えることにした。
「素敵な名前ね」
「そうでしょうか?」
「そうよ、とってもかわいい名前だわ」
そうは思えないけど、まぁそう言われて悪いはしない。
見た目はちょっと不気味だけど、優しそうな人っぽくて安心した。
赤崎君はというと、えりかさんの方へ歩み寄ったかと思うと、上半身を90度近く折り曲げた。
「あ、あの、挨拶遅れてすみません、新人の赤崎です、よろしくお願いします!」
「あら、いいのよ、こうして挨拶してきてくれたんだから。あと数日遅れたら私の方から会いに行こうと思っていたけどね」
と包丁を振り回しながら、彼女は言った。
会いに行くって、ただ会うだけだよね? 物騒なことをするつもりはなかったんですよね?
そう疑問に思っていると、赤崎君もその可能性を考えたのか、ぶるっと少し体を震わせていた。
「それで、今日は私に挨拶しに来ただけなの?」
「あ、ちがいます、その、私が訊きたいことがあって」
と私が言うと、えりかさんは柔和に微笑んで、
「どうぞ、何でも訊いてちょうだい」
「では、その、この学校に白装束を着た女の幽霊が出るってですけど、知っていますか?」
「え、うーん……ごめんなさい、聞いたこともないわね」
「そうですか……」
「ごめんなさい、力になれなくて」
「いえ、大丈夫です」
「それじゃあ、次のところ行くぞ」
と花子さんが出ていこうとしたので、私もついていこうとすると、包帯まみれの彼女が呼び止めてきた。
「ちょっと待って。ご飯食べていかない? ちょうど、できたばっかりなのよ」
「え、いいんですか」
「いいのよ、私、幽霊だから食べられないし、他のここにいる人たちもそうだから、是非食べていって」
「そういうことなら……」
と私が言うと、えりかさんが自分から一番近いところにあったテーブルの椅子を引いてくれた。
そこに座ると、すぐに彼女は料理を持ってきた。
「はい、野菜炒めよ」
と言って、切断された指が載った皿を見せてきた。
「きゃああああ、なにこれぇぇ」
「あらごめんなさい、間違えちゃった、それ、私の指を盛りつけたものだったわ、うふふ、ごめんなさい、私、生前はドジでね、よく料理中にこうやって指を切っていたわ。こんな姿になったのも、学校の調理実習中に火事を起こしちゃったせいなの、ふふふ」
なんて言いながら皿に置かれていた指を手にくっつけて包帯をぐるぐると巻いている。
絶対、わざと間違えて出してきた。
「それにしても、いいリアクションだったなぁ」
「うんうん」
花子さんの発言に、美津子さんが二回うなずく。
「幽霊になってから人を怖がらせるのが楽しくて楽しくてしょうがないの」
「わかるわーそれ」
「わかります!」
えりかさんが言うことに、美津子さん、次に赤崎くんが同意した。
「あたいは生前から好きだったけどな」
と腕を組みながら、にやりと微笑する花子さん。
まだ生きている私には、あの人たちの幽霊トークは全然理解できなかった。
「はい、本当に出そうとしていたのはこっちよ」
と野菜炒めが盛られた皿をえりかさんがテーブルに置いた。
恐る恐る、箸で少し摘まんで、口に入れてみると、普通に美味しかった。
「美味しいです」
と言うと、えりかさんは嬉しそうにしていた。
私が食べ終えると、ここを出て、次の幽霊に会いにいこうという話になる。
「待って、私もついていくわ」
とえりかさんもこの七不思議巡りに参加することになった。
家庭科室を出ると、私たちはまた次の怪異のところへ向かって歩きだし、廊下の端の方にある階段を上っていると、ピアノの演奏が上の階から微かに聴こえてきた。
「この曲、ゆうなだな」
花子さんが顔を少し上に向けて、そう言いました。
ゆうな……女性の人かな。
それに、この曲……よく聴いてみると、ドビュッシーの『夢』だ。
階段を上っていくにつれ、音も大きくなっていく。
四階に着くと、廊下を進んでいき、突き当たりにあった音楽室に、花子さんが入った。
私たちも続いて入室すると、ある女性が部屋の隅にあるグランドピアノで演奏していた。
私は彼女が演奏する姿に見とれてしまう。
横顔しか見えていないけど、カラスの濡れ羽色の髪と長い睫、高い鼻、透き通った白い肌で、正面から見ても美人だと確信できるような姿だった。
「なんの用かしら?」
彼女が私たちに気付き、演奏をストップする。
こちらを向いた彼女の顔は、やはりとてもきれいだった。幽霊なのでどこか存在が希薄で、それもまた儚い美しさを際立たせている。
「あ、今日は挨拶に来ました、来るのが遅れてすみません!」
と赤崎君が上半身を曲げながら言う。ゆうなというらしい女性はちらと彼の方を見て、またピアノに視線を向ける。
「べつにいいわ、わざわざ来てくれてありがとう、それで、用件はそれだけ?」
「あ、あと一つだけ訊きたいことが、その、白装束を着た女の幽霊がこの学校にいるらしいんですけど、見たことありませんか?」
私がそう言うと、ゆうなさんは私の方を見て、顎に手を添えた後、
「悪いけど、見たことないわね、そんな人」
「そうですか……」
「まぁ私はこの音楽室にいることが多いからね、他の人なら知ってるかもよ」
「ひとりで、いつもここで演奏しているんですか?」
と私が訊くと、ゆうなさんは寂しそうに微笑む。
「そうね、だいたい一人ね、花子さんとか、あと肝試しが目的の人がたまに来るくらい……」
そう言いながら、彼女はその細長い指で、鍵盤をツーとなぞった。
「そうだ、よかったら、帰る前に私の演奏、少し聴いていって」
と言った後、ゆうなさんはピアノを弾き出した。
曲は先ほどと同じく、ドビュッシーの『夢』。
「この『夢』を聴いたり弾いたりしている時、私いつも思うの、この曲を作った人は、きっと夢が叶わなかったんだろうなって」
儚げな顔でそう言いながら、彼女は鍵盤を叩く。
皆、彼女の演奏に聴き入っていた。
「私、小さいころからずっとピアノを弾いていてね、このままずっとピアノと共に生きていくんだと思ってた。でも、ある日、心臓病を患っていることがわかって、余命半年って言われて、演奏もできなくなって……私には夢があったんだけど叶わないまま、結局半年後くらいに死んじゃったの」
そう言いながらも、ゆうなさんは鍵盤の上で踊るように手を動かす。
流れてくる音から、彼女の苦悩や嘆きが伝わってくるような気がする。
演奏が終わると、彼女は私たちの方を向いた。
「聴いてくれてありがとう……あら、あなた、泣いているの?」
私は気づいたら涙を流していた。
「ごめんなさい、演奏を聴いていたら、なんだか、感動しちゃって……」
「いいのよ、なんで謝るの。礼を言うのはこちらの方よ、ありがとう。私、夢、叶っちゃった」
「え?」
涙を拭って、ゆうなさんを見つめると、彼女の体が消えかかっていた。
「私ね、人を泣かせるくらい、感動するような演奏をするのが夢だったの、だから、夢が叶っちゃった。ありがとう、私、どうやら満足しちゃったから成仏するみたい……最後にあなたに聴いてもらえてよかったわ」
そう言って涙を静かに流しながら、彼女は霧が晴れるように消えていった。
私が呆然としていると、花子さんが私の背中を叩いてくる。
「おい、なにしてくれてんだよ、お前のせいで七不思議が六不思議になったじゃねぇか」
「ご、ごめんなさい!」
「冗談だよ、お前のおかげでゆうなは幸せそうだった、ありがとな」
まさか花子さんに礼を言われるとは思わなかったので、少し驚いた。
でも、それよりも、気がかりなことが一つあって、私は今、そのことばかり考えていた。
曲の余韻に浸っていそうな赤崎君を見る。
彼も彼女のように、いつか自分の人生に満足して、成仏してしまうのだろうか?
そう考えると、少し寂しい気がした。




